10話:え、なんでいるの!? えっ、食べていいの? ありがとう! へへへっ!・前編
「お前、一人でなにをしている?」
不意に生まれた声に、レイは驚いて振り返る。そこには、どこかで見たような――やる気のなさそうな青い瞳と、銀の髪を持つ青年の姿が。
「えっと……?」
一瞬きょとん、と首を傾げるレイ。けれどすぐさま理解する。
「あっ、セレスティアじゃん! なんでここにいるの?」
さっきまで胸中に渦巻いていたモヤモヤを隠すように、彼女はにこやかな笑みを浮かべ問いかけた。
けれど野蛮童女の表情は、空元気そのもの。少し赤くなった目元に、疲れきった笑み。恐らくだが、王家主催の社交場で、第3王子が公の面前で、『お前なんか大っ嫌いだ』と怒りを発露したことが起因しているのだろう。
そして、そうなった原因のひとつに、セレスティア本人も間接的にだが、関わっている。といったところ。
普段、リゲルからの招待がない限り、社交界に姿を出さないセレスティア。そんな彼でも“レイ・ヴァーティン”の名は知っていた。
なんせ“レイ・ヴァーティン”という令嬢は、貴族界では超がつくほどの有名人。
どれだけ貴族と接点を持たぬようにしていても、完全に断絶することなど叶わない。そのため、人伝に自然と噂が耳に入ってくるというもの。
とはいえ彼は、そんな“レイ・ヴァーティン”の容姿を何も知らなかった。と言うよりも、知っている情報といえば、何人もの人間を虐殺しただとか、男を淑女の聖域に連れ込んだとか、気に入らない使用人を虐げ、挙句の果てには屋敷から追い出しただとか、真偽不明なものばかり。
そのためセレスティアは、眼前の野蛮童女が悪名を轟かせる、あのレイ・ヴァーティンだとは思いもよらなかった。
(こいつに名前を聞かれた時。俺自身、名前を聞かなかったのが悪いのかもしれないが……まさかこの危機感0のバカがレイ・ヴァーティンだと、誰が思う? 普通に、どっかの平民としか思えねぇだろ。ていうか、どんだけ好き勝手に脚色されてんだよこいつ。はぁ……ツッコミどころが多すぎてめんどくせぇ……)
セレスティアは、内心で悪罵しながらも、軽く息をつくと、ベンチにドカッと腰を下ろし問いかけた。
「んで、ここで何してたんだ?」
そんな彼の問いかけに、どこかバツが悪そうに目を逸らす野蛮童女――いや、底なしのバカ。だが、本音を吐き出すのが苦手なのだろう。
「あ〜! んとね〜。ちょっと、疲れたから休憩してただけ! それよりセレスティアこそ、なんでここにいんの?」
そう言って、ブッサイクで全然笑えていない笑みを浮かべ答えてきた。
そんな底なしのバカを見遣りながらもセレスティアは、小さく呆れを吐き出した。
(まるで、ひび割れた仮面のようだな。何をそんなに抱え込んでいる?)
とはいえ、この手の人間は、下手に聞いても素直になることはほとんどない。彼はベンチの背に両腕を乗せ、空を仰ぎながらもボソリと応じた。
「……俺はこの近くに用があっただけだ」
だが、底なしのバカは本当にバカなのだろう。悪怯れる様子など一切見せず、平然とした態度で煽ってきた。
「えっ、用事? 待って!? それって仕事じゃないよね? セレスティアって仕事できないでしょ!?」
とはいえ、流石に仕事ができないと思われるのは心外でしかない。ただ、社交の場に出ずとも問題のない役割を担っているだけ。
「はあ? お前喧嘩売ってんのか?」
「いやあ〜! そんなことないよ? ただ、セレスティアって面倒くさがりっぽいし、なんか仕事できないタイプなんだろうな〜って!」
「なんだそれ。俺のことをなんだと思ってるんだ」
「え、ふつうーにヒモ生活してそうなダメ男!」
「ヒモ? なんだそれ。お前、俺に対して偏見持ちすぎだろ」
悪意なき態度で、「ヘヘッ」と笑いながら舌を出す底なしのバカ。その様子は、元気そのもの。
(はあ……普通に元気じゃねえかよ。いや、元気そうに見えるのは見た目だけか? あ〜めんどくせぇ)
セレスティアは内心でそう呟くも、底なしのバカが先ほど見せた不細工な顔は、どう見ても嘘には思えなかった。いや、それどころか、誰かに助けを求めている風にさえ見えてしまった。
彼は、そんな底なしのバカが見せた、あの不器用な笑みを思い出しながらも一拍。
(……面倒だが、構っちまったもんはしょうがねぇ。どうして、このバカを構っちまったのか)
内心で悪たれながらも、チラリと底なしのバカへと視線を投じ、予定の確認をした。
「ま、なんでもいい。それよりもお前、時間あるか?」
突然、意味不明な問いかけをしてきたセレスティア。レイはなんで、急に? と、思わず目を瞬かせながらも、ぐるん。僅かに思考を巡らせる。
けれどセレスティアの発言には、主語がない。いや、レイいう主語はある。だから主語がないわけではないのだが――理由が今ひとつピンとこない。
そのためレイは、0.5秒ほど考えた結果。放棄するという選択をすると、コテッと首を傾げながら問い返した。
「ん? 別に全然あるけど。なんで?」
だが、彼は何をするのか答える気は毛頭ないらしい。無言のまま立ち上がったかと思えば、大きく伸びをし始める。
同時。ウエストコートから、男性用のシュミーズがチラリ。
それを認めたレイは、一瞬だけ、ん? なんで肌が見えないんだろう……? と首を捻り――ハッ!
(そういえば、アリスがなんか前言ってた気がする……。なんだっけ? なんか男の人も女の人も、パンツがないから、ワンピースみたいな下着つけてるってなんか言ってた気がする…………ん? ワンピース……?)
彼女は、そんなことを思い出しながらも、じーっとセレスティアを見つめ……。
(プッ、この顔でワンピース着てんの!? なんかちょー面白いんだけど!? え、どんな感じになってるのか、見せて欲しいかも!)
キラリと瞳を光らせながらも、セレスティアへとシュミーズを見せてと頼もうとした。
しかし、レイが口を開くよりも先に、「そうか、なら付き合え」と一言。彼はどこかへと歩き出し始めてしまう。
それは唐突な行動。流石の彼女も「えっ!?」と驚きの声を上げるが、セレスティアは振り返ることなくスタスタと歩を進めてしまった後。
「え、ちょっ。待って、待って!? えっ、どこ行くの!?」
レイは戸惑いを覚えながらも、ベンチに置いていた鞄のショルダーストラップを勢いよく掴み、後を追いかけた。




