3話:油性ペンって、頭に塗るとどうなるの?・後編
1時間弱が過ぎた頃。ようやく、最後の一冊を手に取った瞬間、レイはなんとも言えない胸騒ぎを覚えた。
(……? なんかこの本、どっかで見たよーな気が……なんだっけ?)
コテンッと首を傾げながらも、じっくりと本を観察する。
ところどころ虫食いの跡があり、部分的に掠れて非常に読みにくいそのタイトル。
(étoile prince……? なんだっけこれ? プリンスは王子様でしょ? えと……干支? 十二支でも出てくる話?)
それをどうにか頑張って解読しようと試みるも、そもそもそのタイトルがまともに読むことが叶わない。
そのため彼女は、奇妙な違和感を自身の杞憂だと考え直し、他の本同様に棚へと押し込もうとした。
だが、その手が本棚へと向かったと同時、ピタッ。どうしてだかわからないが、その手が自然と止まってしまう。
(うーん……ま、これで最後だし……ちょっとくらいなら読書しててもいいよね?)
そう思いながらもレイは、まるで吸い寄せられるように適当なページを開く。
“それは、あまりにも無垢な羽色だった。”
(無垢な羽色? なしあかなはねいろってなに!? どーいう言葉!? 赤い羽ってこと?)
彼女は、 最初の一文から躓きつつも、むしろその読めなさが興味を惹いてしまったらしい。キラキラと目を輝かせ、先ほどの絵本とは異なり前のめりで目を滑らせていく。
“神聖なる鳥の象徴と謳われた“白いカラス”のクローウィンは、シリウスが心を許せる数少ない存在。
彼は第三王子という立場だったからか、両親や周囲から愛情を注がれることは決してなかった。
それどころか、兄であるベテルギウスとプロキオンの王位継承争いに巻き込まれ、何度か両名を支持する過激派に命を狙われたことも。
そのせいか、クローウィンだけが心の支えになっていた。にもかかわらずその婚約者であったレイ・ヴァーティンが、クローウィンを手にかけた。
王家が所有していた森で放鳥されていたクローウィン。彼女はそんなカラスの羽を毟り、息途絶えるまで、執拗なまでに白き身体を傷つけた。
シリウスは、空にクローウィンの姿が見えないことを不審に思い探していたところ――”
彼女は、そこまで読み進めると顔を青々と染め上げる。
(うわあ……これはないわぁ……。ていうか、なんでここでレイ・ヴァーティンが出てくるの? これ私のこと?)
一瞬だけ過ぎる疑念。しかしすぐさまその可能性を一蹴してしまう。
「いや、それはないでしょ〜! さすがにこんなことしてたら、ちゃんと記憶に残ってるはずだもん! それよりこれ、どっかで見たことのある内容なんだよね〜」
そしてお得意の疑念逸らしをしながら考えること数――3分ほど。
「ああぁぁぁぁぁ! そうだ!
これ、なんか学校で流行ってた異世界恋愛? なんかよくわかんないけど、めちゃくちゃ流行ってたライトノベルだ! なんか絵がめっちゃ可愛くて、そこだけ見た記憶ある!」
レイは大きく声を上げながらも目を丸く見開いた。そして、再び天才的な頭脳が閃いた。
(つまり、やっぱりここって日本だったんだ! だから、これはドッキリなんだよ絶対!)
けれど何故だろうか。以前とは異なり、どうにも嫌な予感が拭えない。それどころか、不穏な予兆と言いたげに、軽く背筋に悪寒が走る。
(え、ドッキリじゃないの? え、でもここが別の世界とか有り得ない訳じゃん? え、え、え、えっと……。まあ……と、とりあえず続き確認しとく?)
レイは何とも形容し難い不安に苛まれると同時。その不安を払拭するべく、本へと視線を戻した。
瞬間――トントンッ。
と誰かが部屋の扉を軽く叩く音が響いた。
(ふぁっ!? えっ、びっくりしたぁ……タイミング完璧すぎない!? どっかで見てた!? 隠しカメラどこ!?)
レイはびくりと肩を跳ね上げながらも、取り敢えず本を床へと置くと、念の為、訪問者を確認する。
扉の前。身支度をしてくれたメイドとは違う、白髪混じりのおばあメイドの姿が。
その佇まいは身支度を手伝ってくれた若いメイドとは異なり、背筋がピンッと伸ばされ、どこか威厳のようなものを醸し出している。
そんなおばあメイドにドギマギとした感情を覚えながらも、レイは一言。困惑を示す。
「えっと……?」
それを認めたであろう、おばあメイドは、僅かに目を細めながらも、コホンッ。
「申し訳ございませんお嬢様。本日予定されていたデッサンのレッスンは、ムッシュー・ド・アルファンの体調不良により、取りやめとなりました。その件で、坊っちゃまがお呼びです」
淡々とした態度でそう言うと、レイをハゲ男の元へと案内した。
◇◆◇
広々として塵ひとつ落ちていない部屋に案内されたレイ。そこはどうやら、ハゲ男の執務室だったらしい。
(えっ、なんでこんなに綺麗なの!?)
彼女は内心でそんな不満を抱えながらも、チョンっと重厚な趣のある革製のソファーに浅く腰掛ける。
刹那――
「お前はまた、何をやらかしたんだ!? 今回で既に十五人目だぞ!?」
唐突に。なんの前触れもなく、ハゲ男が全身全霊、怒りの咆哮を繰り出した。
けれど、レイにはその全力の怒りなど通用しない。
(……なんでこのハゲの人、急に怒り出したんだろ? やっぱり鉄分不足? 野菜食べてないのかな? それとも、カルシウム? お肉ばっかり食べてるから、カッカして結果的にハゲたんだよね?
うん、なんか自業自得っぽいけど可哀想〜)
そもそも、ハゲ男の言葉には主語が省略され、何に対しての怒りなのか明確ではないため、レイの反応も致し方ないのかもしれない。けれどそんなことよりも、驚くべき部分はそこではない。
身支度を手伝ってくれた若いメイドが言っていた、昼前までの予定とは、どうやら“デッサンのレッスン”だったという事実。
けれど、レイはその情報など右から左へと聞き流し、どうしてこのハゲ男はそんなにぷんすかしているのか、その謎を解き明かすため。脳内で生み出したアマゾンの奥深くへと思考を沈めていた。
だが、ハゲ男は気づかない。いや、もしかすると気づいているのかもしれない。しかし、特に彼女の態度など気に留めることなく、ぐちぐちネチネチと小言を連ね続けた。
「前回はひと月前、前々回はその半月以内。多少はマシになったのかと思えば、いつまで家庭教師を泣かせ続けるつもりだ!」
そう怒号されるが、まるで他人ごと。脳内で浮かんできたピラニアやノーザン・グリーン・アナコンダなどを浮かべながら、美味しいのかな? などと空想に耽っている。
けれど、角度を変えただけの小言など、ただの雑音にしかなり得ない。そのためさすがのレイも、脳内で広げられたアマゾンの奥地から身を浮上させ――
(油性ペンって頭に塗ったらどうなるんだろ? 髪の毛になるかな? 育毛剤なんで買わないんだろ?)
すぐさま別の疑問を内心で投じはじめてしまう。
そんなハゲ男の説教は、まさかの二時間コース。
そんなくどくどを続けるハゲ男の発言に、レイは辟易とした気持ちを募らせながらも、すぐさま休憩! などとは行かず。
身支度を手伝ってくれたメイドが手配をしてくれたであろう商人から、部屋の模様替え用の装飾を選ぶ羽目に。
(はあ……なんかめっちゃ疲れた。
あっ、これなんか使うかも。これは……なんかモアイみたいでキモカワかも?)
商人から勧められるがままに、ガラクタのような装飾を適当に選びに勤しむのだった。
読んでくださってありがとうございます。
本日は19:00以降に4話前半投稿予定です。
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