3話:油性ペンって、頭に塗るとどうなるの?・前編
◇◆◇
その日の夜。帰りの馬車でネチネチと小言を言われ続けたレイは、食欲よりも疲労が勝り、そのままご飯にありつくことなく眠ってしまった。
そんな夢で――
『レイ・ヴァーティン、死んでくれ』
顔も見えない誰かが、冷たくも憎しみを込めた声でレイの首を刎ねる。
それと同時に視界が朱く染まり――彼女は目を覚ました。
ドッドと早まる心臓に、べたりと張り付く気持ち悪い汗。
「――どういうこと?」
どうして死を望まれているのか。どうして急にそんな夢を見たのか……。まったく理解が追いつかない。
(レイ・ヴァーティンって私のこと、だよね?)
顔色を悪くしながらも息を整え自問する。
しかしその答えはやはりわからないまま、不快感だけが色濃く残り、なんとも言えない胸騒ぎや心細さが押し寄せてくる。
だが、考えれば考えるほどに心当たりが一切ない。
(死を望まれるほど、恨まれるようなことをしたってこと? なにをしたの……?)
震える手をギュッと握りしめながらも、レイは数回深呼吸を繰り返し、再び眠ろうと目を閉じた。
しかし、先ほどの悪夢が瞼にこびりつき離れてくれず――
翌日。
ボーッとする頭の中で繰り返されるのは、昨晩見た謎の悪夢。
(……あの夢はなんだったんだろ?)
深く呼吸を整えながらも、昨日のハゲ男たちの態度を思い返してみる。
そう言えばシリウスはもちろんのこと、メイドらからも一歩距離を置かれていたような気が。
(もしかして……本来のレイ……ヴァーティン? には、えっと……認めたくない何かがあって、それをぐわん! って曲解してるとか……?)
そんな疑念さえ覚える。だが、それを調べる術を持ち合わせていない。レイは当たり前のように身の回りの世話をするためやってきたメイドを観察しながら、気持ちを切り替えようと部屋を見渡した。
(うーん……もしかして、この毒々しい部屋のせいで悪夢を見たとか……?)
何度観ても派手さが際立ち、センスが悪すぎるその室内。
レイは、苦笑を浮かべながらも、内心でぽつりと呟いた。
「……模様替えとかできないのかな?」
――つもりだった。
しかし、どうやらそれが意図せず言葉として零れ落ちてしまったらしい。彼女の黒くも艶やかな髪に櫛を通しながらもメイドは、微かに眉根を寄せ復唱する。
「模様替え……ですか?」
「えっ……? あっ、うん。ちょっと派手すぎて目がチカチカするというか……」
「左様ですか。どういった内装にされたいなど、ご希望はありますか?」
レイは天井を仰ぎながらも、下唇に人差し指を添え一拍。横目でメイドを捕えながらも、談笑の延長線のように軽やかな声で告げた。
「うーん? えっとね〜白を基調にして、青系の装飾を入れるってどうかな? なんかこの部屋、ほんっっっっとダサくない!?」
そんなレイの発言に、メイドは目を丸く見開きながらも、急な嗜好の変化は一体……? と訝しむ。
とはいえ、決してそれを口にすることはない。なんせ、レイ・ヴァーティンには前科がある。ゆえに、あくまで自然体を装いつつも、当たり障りのない無難な提案を示した。
「かしこまりました。もし白と青を基調とされた内装に替えるのであれば、まずは小物や壁飾りなどの色合いを揃えてみるのはいかがでしょうか」
「うーん。そうだね! でも家具とかも……変えたいかも?」
「大がかりな家具の入れ替えは後ほどでも構いません。昼前までのご予定が終わり次第、商人や内装の手配業者を屋敷へ呼び、ご希望の品を直接ご覧いただけるよう手配いたします。もし追加でご要望などございましたら、いつでもお申し付けくださいませ」
そんな会話のバドミントンを何度かした後、レイの身の回りの世話を終えたメイドは、そそくさと部屋を後にしてしまう。
まるで、猛獣から逃げる草食動物のように。
それと同時に静まり返る室内。
(あの夢、ほんと……なんだったんだろ?)
レイは、メイドの様子など気に留めることなく。再び、昨晩の夢のことをすぐさま思考する。
けれど、考えてもやはり雲の中。ふわふわの綿あめに包まれ、食べきれない。
(うーん。わかんないこと考えても意味ないし? まっ、いっか!)
彼女はそう内心で呟くと、うーんと大きく伸びをし立ち上がる。
瞬間――
バサバサッ。本棚付近に積まれてあった本が、まるで見計らったようなタイミングで崩れ落ちた。
そんな積み本の崩壊と共に立ち上がる埃たち。それをもろに吸い込んでしまったレイは――
「ケホッ……。え……なんで急に……? ていうかこの部屋いつから掃除してないの!?」
驚きながらも周囲を見渡した。
レイの眼前。崩落した本たちがあちらこちらに散乱し、なぜこうなったのか……。彼女の周囲だけ足の踏み場が消失してしまっている。
「はあ……なにこれ。ていうか、掃除……うん。私、何もしてないけど片付けしなきゃ、トイレ行きたくなっても行けない……漏らしちゃうじゃん……」
大量に積まれた本は、どれも元は高価そうな装丁だが、大切に扱われていないせいかほとんどが剥げたり虫食いの後で無惨な姿に。
(高そーな本ばっかっぽいけど、こんな適当な扱いされてるってことはひゃく……いや、10円くらいの価値しかない感じ?
本って1500円くらいしなかったっけ? あれ、800円? なんか程よく手に取りやすい値段と、なんか高っ! って奴あった気がするんだけど?)
そう思いながら一冊、一冊軽く汚れを払い本棚のわずかに空いたスペースに、無理やり押し込んでいく。
本のジャンルは様々で、恋愛小説のようなものもあれば、戯曲や宗教本、哲学書など多種多様。なんとなくノリでその本たちをパラパラとめくってみるものの、書いてあるのは基本的に難しいものばかり。
そんな中、レイは一冊の絵本を手に取った。
「……竜の巫女と孤独な神様? なんか変なタイトル」
そう思いながらパラリと本を開いてみると、そこには神話をモチーフとしたであろう、物語が。
“むかし、むかし、まだ世界に“竜”と呼ばれる不思議な生き物がいたころのおはなし。
ヴェレリウスという、銀色の髪と金色の瞳を持った寂しい神さまがいました――”
そこまで読むとレイは、パタンッとその絵本を閉じぼそり。
「ふむふむ、竜と神様の恋愛ね。りょーかーい! 興味ないし、まっ、ここら辺に仕舞っとけばいいかな?」
適当に埃を拭いてやると、すぐさま空いたスペースへと押し込んだ。
そんな作業を延々と続け――
読んでくださってありがとうございます。
3話後半は、明日の12:00-13:00頃に投稿予定です。
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