2話:え、待って!? 私ドナドナするの!? えっ、違う? 良かっ――って、生贄になるのぉぉぉぉ!?・後編
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冷たく寂しげな廊下に、タッタッタという軽快な音のみが響き渡る。
(あれ? こっちだと思ったんだけど……お化けだから消えちゃったのかな?)
そう内心で呟きながらもレイは、キョロキョロと辺りを見渡し――金髪で少しウェーブがかった猫っ毛の少年が目に留まった。
(あれは……お化け?)
僅かに訝しむも、見た感じ生きている人間のようにしか思えない。
そんな金の髪を持つ多分人間は、彼女より一つ二つ歳上と言ったところだろうか。子供特有の幼さを残しつつも、将来有望そうな顔の造形が印象に残る。
(……誰?)
そう思いつつも記憶の糸を辿り――1秒。
レイ・ヴァーティンの記憶が、“第三王子のシリウス・ガリウス(10歳) レイの婚約者。※婚約の儀を行っていない為、内定(暫定)※”という情報を提示する。
(……はあ。お化けじゃなくて、人間かぁ。ちょっと期待してたのに、裏切るのってなしじゃない?)
その情報にほんの少し肩を落としながらも、お化けと友達になるという目的を変更し、すぐさまシリウスへと接触を試みた。
どう接触しようかと悩むように、じっとシリウスを見つめるレイ。けれどその視線は、彼ではなく手に持たれている本へ向いている。
そんなレイの視線に煩わしさを覚えてしまったのだろう。シリウスは、疫病神を見るかのような視線を投じながら一言。冷たく突き放す。
「何か用?」
その反応から察するに、好感度は恐らく――脅威の-100といったところ。
けれど彼女は気づかない。いや、この年頃の少年は思春期である。ゆえに、考えるまでもなく当てはまることなどただ一つ。レイは、天才的な頭脳で即座に答えを導き出してしまった。
(あ〜、これきっと照れてるやつだ! 多分この子、女の子に免疫ないんだよ!)
そこまでわかれば、動じることなど何もない。そのためレイは、内心の勢いのまま、少年との交流に踏み切った。
「シリウス様は、いっつも難しそうな本を読んでらっしゃいますよね? それはどんな――」
しかし結果は惨敗。話も言い終わらぬうちにシリウスは、視線を本へ落とし、レイが近づけば遠ざかり、遠ざかればさりげなく先に進む。
それでも負けじと声をかけ続け――そんな板挟みがしばらく続いたのち、とうとう彼が冷ややかに言い放つ。
「今日のお前は普段より百倍鬱陶しい。どうせ形式上の婚約関係。あんなことをしておいて今更、どの面下げて僕に関わろうとしているんだ?」
一方的な拒絶。彼は“あんなこと”と言うが、レイには具体的な記憶がない。
(……あんなこと?)
そう首を傾げ考えてみるが、いくら考えてもわからない。
心当たりがあるといえば、少年のおねしょをレイがバラしたとか、蛇が嫌いなことを知って、平然と持って行ったりはしていたらしいが――それは幼いがゆえの可愛らしい失態。特に引きずるようなことでもない。
とはいえ、未だにそれを根に持っている可能性も否めない。彼女は“あんなこと”の意図が分からないまま、謝罪を口にした。
「ごめん、なさい。えっと……あれはわざとじゃないというか……」
だが、それは曖昧な謝罪。何に対しての謝罪なのかがまるで見えてこない。そんな上辺だけの言葉だからか、シリウスの苛立ちは増すばかり。怒りに満ちた瞳でレイを睨みつけながら怒号する。
「……っ。お前に何がわかるって言うんだ! 今更謝罪したところでなんの意味もない!」
「でもあれは……わざとじゃなくて……」
「わざとじゃないなら何をしてもいいのか!?
お前が今更謝罪したところで、クローウィンは二度と帰ってこない!」
突然、発された“クローウィン”という単語。そこから推測できる情報などほとんど皆無。
(クローウィン……? それは人間なの? それとも犬? いや、猫? いや、えっと……そもそもここまで怒るって、結構なことをしでかしたってこと……だよね? 何やらかしたんだろ?)
レイは必死に心当たりを探ろうとした。けれどいくら考えたところで、わからない。ただ、カラスのような――違うような。どこか不気味な悲壮を孕む、奇妙な鳴き声が脳裏に響き続けるばかり。
「えっと……ごめん、なさい……」
彼女は、心当たりがないままに、再び上辺だけの謝罪を告げる。それが引き金になってしまったのだろう。少年は、レイを鋭く睨みつけながらも、ギュッ。微かに唇を噛み締めると、怒りを内包した声で吐き捨てる。
「……もし本当に悪いと思ってるなら、当分ここに足を踏み入れないで」
そして、レイが言葉を返すよりも前にくるりと背を向けると、そのまま踵を返しどこかへと消えてしまうのだった。
ポツンと一人、取り残されたレイ。彼女は瞳を揺らしながらも、廊下に立ち尽くす。
(……はあ。クローウィンって、誰だったんだろ?)
ぽそりと内心で呟きながらも、ここで立ち尽くしていたところで答えなど出ることはない。レイは思考を切り替えると、遠くの方で控えていたメイドたちの方へと走り寄り声をかけた。
「あっ、ねえ!」
その声音は、害意もなくただ愛想の良い8歳の子供のようにしか思えない。
しかし、メイドたちはビクリと肩を跳ね上げ、「どうなさいましたか?」と一歩後退し眉を下げるばかり。そんな露骨な反応をされては、流石のレイとてその続きを口にするなど躊躇ってしまうというもの。
(なんでそんなに怖がられてるんだろ?)
内心で疑念を投じながらも、「うんん、なんでもない」と寂しげな笑みを浮かべると、彼女はそっとメイドたちから離れることにした。
トボトボと寂しげに去っていくレイの背中。それはどこか哀愁が漂い、決して“今日のご飯なんだろ〜?”などと、楽観的なことを考えているようには思えない。
そんな寂しげな彼女を認めたメイドの一人が、その背を追おうと一歩、踏み出した。
しかし――
「お嬢様とは関わらない方がいいわ」
そう言って、別のメイドからピシャリと止められてしまう。
「ですが……」
言葉に詰るメイド。多分だが、最近配属された新入りなのだろう。困惑気味に眉を下げるばかりで、レイ同様になんの理解も得られていない様子。
そんな彼女に先輩メイドは、呆れた様子で口を開く。
「あなた、名前は? いつからこちらの屋敷で働いているのかしら?」
「えっと……AliSと申します。勤務は今日が初日です」
「そう。今日からなのに王宮に連れてきてもらえるなんて、光栄ね。ところで配属先は?」
「まだ決まっておりません」
「あらそう。ならこれだけは覚えておいて頂戴。私たちヴァーティン邸に仕える者たちはみな、お嬢様と適切な距離を保たなければいけないの」
「えっと……どうしてでしょうか?」
「はあ――まず、私たち使用人は旦那様やお嬢様と違い、身分が低い。それくらいはわかるわよね? それに加え、お嬢様はかなり繊細で神経質なの。だからちょっとしたことで、私たち使用人に当たり散らし暇を言い渡してくるの」
そう言って先輩メイドは、どれだけレイ・ヴァーティンという令嬢が悪質か。それはそれは顔が青ざめてしまうほど、熱く語った。
それを聞いたアリスは、寂しげな彼女の背中を見つめることしかできず……。
(あのハゲの人、なんの用事って、結局なんだったんだろ?
ていうか、お腹空いたなぁ〜。今日はバーガー食べたい! コーラと、ポテトとチーズバーガー!)
彼女は数時間、王宮の窓から外の景色を眺め、一人黄昏れるのだった――
本日は、この後3話の前半を20:00以降にもう1話だけ投稿予定です。どうぞよろしくお願いします。
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