2話:え、待って!? 私ドナドナするの!? えっ、違う? 良かっ――って、生贄になるのぉぉぉぉ!?・前編
「いや! もうさ? ドッキリじゃなくてもいい! この流れやめよ? 正直このドレスダサいし、ドッキリ拗らせすぎて飽きた!」
レイの眼前。どれも趣味の合わないドレスがズラリと提示されている。そんなドレスたちを半目で見遣りながらも、レイはとっておきの駄々捏ねモードで立ち向かう。
だがその悲痛の叫びを受けたメイドたちは、ヒソヒソ、コソコソ。
「なにか様子がおかしいですね……」
「また難癖をおつけになられて暴言や酷い仕打ちをするのでは……?」
と、疑念を抱いた様子で耳打ちしあっている。
とはいえ、それはメイドたちの間で交わされる秘密の話。ゆえにレイの耳に入ることはなく……。
そのせいか彼女は、ケロッとした態度で「ダサいからヤダ!」と駄々を捏ね続けた。
しかし、延々と続いた「ダサい」攻撃も、ハゲ男の襲来であえなく終了する。
「レイの準備はまだか!」
頭部をキラリと光らせ、ノックもなしにズカズカと淑女の部屋へと入ってくるハゲ男。それを認めたメイドの一人は、ひぃっと喉を萎めながらも声を震わせる。
「旦那様、もう少々お待ち頂けますでしょうか?」
怒声と、ヘコヘコ頭を下げるメイド。間抜けな光景の元凶は、当然レイ自身。ゆえに不憫なメイドの姿を見せられては、さすがのレイも音を上げざるを得ない。
結果、当の本人は不満顔ではあるものの、幾分落ち着いた桃色のドレスを選択し、ようやくドレス選びは幕を閉じた。
その後は、ドレス選びという激務を終え一休み。さて、美味しいお茶でも頂きましょうか。などいう、優雅な休息など彼女に与えられるわけもなく。
"父"と名乗るハゲ男――バルドフ・ヴァーティンに拉致されるかの如し、レイは強制的に馬車へと連行されてしまう。
◇◆◇
馬車の中、バルドフはしつこく注意を繰り返す。
「いいか、今度こそヴァーティン家に泥を塗るような真似だけはやめてくれよ」
けれど、当の本人であるレイは、それを真剣に受け止めることはなく。むしろ、ズレた考えを示していた。
(このハゲどうやったら黙るんだろ? 私、別にお金入れてないよ? お金入れてないのによく喋るおもちゃだよね〜。ていうかキテ〇ーちゃんのポップコーンマシーンみたいに、ポップコーンくれるわけでもないし、全然面白くないんだけど)
内心で鬱々とした感情を吐き出す彼女。けれど、このくどくどモードを強制終了させることが叶わなければ、待つのは精神疲労。ゆえに、彼女は考える。どうすれば、このハゲ男を物理的に黙らせることができるのか、と。
(うーん、どうすればこのハゲた人黙る? 海に落とす? うーん泳げなかったら死んじゃうか〜。それはなしね、ポイッ。じゃあどーするかぁ〜うーん)
そんな若干、物騒なことを考えながらも、すぐさまその案を棄却するとハゲ男の言葉など右から左へと聞き流し、熟考する。
とはいえ、すぐには良い案など思いつくこともない。レイは数分、うーんと唸りながらもチラリと車窓へと視線を逸らし――ハッ!
世紀の閃きを思いついてしまう。
(そうだ! 猫用意しよ! 猫! 猫って癒されるし、言葉遣いも変わるからこのハゲの人が猫にでちゅでちゅ♡ とか言わせればいいんじゃん!)
そして、この考えに一片の不備などないと盲信するように、発言する。
「はい、お父様♡
ところで、猫います?」
しかし――
「は?」
返ってきたのは、間の抜けた乾いた一言のみ。
そして、それが引き金となるように、馬車内は一瞬の静寂に包まれていく。
そんな馬車の静寂さに、レイは僅かに首をコテンッ。脳を一瞬だけフリーズさせながらも、歓喜を示す。
(あ、れ? なんか思ってたのと違うけど黙ってくれた?
え、私ってめちゃくちゃ天才じゃない!? なんか違う方法で黙らせちゃったんだけど!)
しかし、その静寂は長く続くことはなかった。
「レイ! お前は何をバカなことを言っている!? これから向かう先でお前は、決して粗相のないようにと言っているんだ。ちゃんと人の話を最後まで聞きなさい!」
むしろ、ハゲ男のくどくどモードはよけいに拍車が掛かり、熱が一段高くなってしまう。
それを受けたレイは、若干頬を引き攣らせながらもボソリ。
(うわ……この人猫嫌いだったかぁ。犬派だったかぁ。
逆効果じゃん……はあ……ほんと、オウムみたい。喋ていないと死ぬのかな? 鮫? あっ、フカヒレって美味しいって聞くよね〜、うん死ぬ前に食べたかったなぁ〜)
ハゲ男の注意を尽く聞き流しながら、口腔内でドバドバと涎を垂らし、完全に自分の世界へと入り込んでしまうのだった。
◇◆◇
やがて、涎を垂らし自身の世界に入り込んでいた彼女へと、ハゲ男は若干不安を孕んだ声で最後のくどくどを告げる。
「着いたぞ。くれぐれも粗相のないようにな」
そして、レイの返事を待たずして、そそくさと馬車を降りてしまった。
彼女は、そんなハゲ男の背中をじっと見つめながらも、一拍。
(いや、ほうれん草? ちゃんとほうれん草しよ!
私、ここで何するか聞いてないし、勝手に先に行かれてもわけわかんないんだけど!?)
内心で、理解不能を呟き落としながらも、ずっと馬車の中に居ても意味がない。
「はあ……。ほんと、野菜大事。ほうれん草大事……」
レイは小声でボヤキながらも、仕方なく馬車を降り――目を丸くした。
ひときわ目を引く斜めに傾いた尖塔が空へと突き出し、重厚な威圧感を与えてくる。それに加え、塔の縁には怪物像が四方を睨むように据えられ、石畳の中庭を見下ろしている。
そんなガーゴイルに目を点にしたまま立ち止まるレイ。彼女は内心でうるさいくらい怯えきっていた。
(え、なにこの変な石像! めっちゃラスボスの城みたいなんだけど!? なになに、ここで生贄? の儀式みたいなことでもする感じ!? 私、また死ぬ感じ!?)
とはいえ、ラスボス感があるのは4匹のガーゴイルのみ。建物の壁面には優美な曲線を描くアーチが連なり、そこに刻まれた彫刻などからは、邪悪というより神聖ささえ漂ってくる。
けれど、レイの中では既にこの城は魔王城も同然。ゆえに彼女は、足を止めたまま、ただ呆然と立ち尽くし続けてしまった。
そんなレイの態度に疑念を覚えたのか。はたまたただの我儘と切り捨てたのか。ハゲ男は彼女に背を向けたまま告げる。
「何をぼさっとしているんだ。早く来なさい」
「えっ、あっ、は〜い!」
その声にハッとしながらもレイはそう一言。未だにここで何が行われるのか……不安を胸に、建物内へと足を踏み入れた。
だが足を踏み入れたが最後。またしても驚きの連続を味わうことに。城内は驚くほど広々としており、曲線美の柱が幾本も伸び、床には豪華な大理石が敷かれている。
そんな場内を見渡してみれば、廊下の壁には立派なタペストリーが数本、飾られている。真ん中には堂々とした男性の姿が描かれ、その左側にはやや現代風の女性の肖像が。そして右には鳥の紋章のようなものが描き出されている。
なぜ、現代風の女性が描かれているのか。そこがとても気になるが、それを考える余裕など、今のレイにはまるでなく。ただハゲ男の背を追うのに精一杯。奥へと進むだけで冷や汗が浮かび上がり、心がソワソワと落ち着かなくなっていく。
(これ、うっかり何か壊したら一生かけても弁償できなくない……!?)
チラリ、サラリと周囲を見渡しながらも、この壺はダサいけど高そう。こっちはなんかもっと高そう。これは、なんか美味しそうなどと気後れを感じながらも、挙動不審な態度を示し続けるレイ。けれどバルドフは、彼女のことなど気に留めることなく。当然のように奥へと歩を進める。
そんなハゲ男の無関心な態度に不安を覚えながらも、レイは内心で弱音を吐き出した。
(うう……もう帰りたい! おうち! おうちに帰りたい!)
けれど、彼女は腐っても楽観的が根本的に染み付いているのだろう。余所見しながらハゲ男の後を追っていたせいか、何度か重厚で厳かな柱と接触しそうになりながらも、ドンッ!
「あっ、痛っ。えっと、ごめんなさい」
柱にペコペコと頭を下げながらも意識は尚も、別の場所へと向き続け――
(ん? なんか通んなかった? え、お化けとか!? 昼にお化けって出るの? いや、わかんないけど……お化け!? なんか面白そ! 昼に出るお化けは怖くなさそうだし、友達になれたら、これ自慢できるじゃん!)
レイは目を輝かせながらハゲ男へと声を弾ませ告げた。
「お父様、ちょっとあちらを見てきます!」
「は? え、大人しく――」
しかし、今のレイは猪突猛進。興味を惹いたものに一直線。ゆえに、彼の返事も待たぬまま、好奇心に突き動かされるようにして反対の廊下へと駆けてしまうのだった。
2話後半は、本日(2026/06/02)の18:00頃に更新予定です。また、本日は、3話前半も掲載予定です。
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