デビュタント編・1話:目が覚めたら……って、えっここどこっ!?
◇◆◇
電灯も何もない暗闇の中、かぐやは冷たい石畳を裸足で歩いていた。妙にリアルなその感覚に“これは夢だ”と断じるには、少し現実的すぎる気も。
「ここ、どこ……!?」
そう声を荒らげたところで、返事などありもしない。不気味な静寂が、彼女の心をますます孤独へと誘う。けれど、次の瞬間、突然光が溢れ――
「レイ! いつまで寝ているんだ!」
怒声が耳を突き抜けると同時、かぐやは意識を取り戻した。
「ふぇ!? え、なに!? (ていうか、レイって誰!?)」
しかし、寝覚めは最悪そのもの。眉をひそめながらかぐやは辺りを見渡し――
「……へっ?」
自然と小さな声が洩れ出る。
彼女の視界に映るのは、見慣れない天蓋付きベッドや、赤と金で統一された重厚な室内。
(うわっ。なにこれ目がチカチカするし、趣味悪っ!)
内心で毒づきながらも目の前の人物――中肉中背のハゲ男と視線がぶつかる。着用している衣服は、細やかな刺繍や装飾の施されたフロックコートにパンタロン。光沢のある紺色のベストからは金の鎖が覗いている。
そんな男の隣にいるのは、クラシカルなメイド服に身を包んだ、これまた陳腐な女性陣。
(これ、どういう状況……?)
かぐやは必死に考える。けれど、コスプレイベントに参加する予定もなければ、誘われた記憶すらない。
というより――
(そもそも私って、車に轢かなかった? なんかドンッ! パタッみたいな? 呆気なく死んだ気がするんだよね〜。でもさ、こうやって生きてるってことは……あれは夢?)
そこまで思考すると、かぐやはひとつの結論を導き出した。
「あっ、これ、夢ね。りょーかい! おやすみ〜!」
そう言って、再び高級感漂うシルク製の布団に潜り込み──1・2・3……すやあ〜。
「だーー! お前は何をしているんだ!」
血も涙もない中年ハゲ男に、布団を剥ぎ取られドヤされてしまう。
「はあ……なにこのおじさん……ていうか夢のくせに本当、顔も声も何から何までうるさいって終わってるよね」
そんな不満を口にしながら、なんとなく窓の外を一瞥し──理解不能なことに巻き込まれたことを理解した。
(……はにゃ?)
窓から見えるのは、尖塔やロゼット模様の窓。
恐らくだが、18世紀後半から19世紀前半の近世(代)ヨーロッパを彷彿とさせる、ネオゴシック建築の家々とでもいえば良いのだろうか。もちろん歩道は石畳で出来ていて、車なんかは一切走っていない。
遠くから馬の嘶くような声が聴こえるあたり、どう考えても現代日本ではないことが伺える。
しかし、急に見知らぬ地に来ることなど現実的に有り得ない。
かぐやは一瞬きょとんと小首を傾げ――
“テッテレ〜ン”
脳内でその音が響くと同時に納得する。
「あっ、わかった! これドッキリだ!」
「は?
……何を言っているのかは知らないが、時間がないんだ! バカなことは言ってないで、早く用意しなさい!」
大声で確信を叫ぶかぐや。それについていけず、絶句した挙句、青筋を浮かべ怒号するハゲ男。その落差はかなりのものではあるものの――彼女にはなぜ、ハゲが怒っているのかわからない。
ゆえに、内心で至極真っ当(?)な結論を呟き落としてしまう。
(なんでこのおじさん怒ってるんだろ? 鉄分不足? ストレスでハゲて太ったのかな? なんか可哀想〜)
そして、“はーい”と普段着のままの言葉を発したが最後。ハゲ男の逆鱗を撫で回してしまったらしい。
「レイ! なんだその口の利き方は! 父親に向かってそんな態度を示す娘がどこにいる!? 今度は何を企んでいるのかは知らんが、それでは社交界デビューもできん!」
そう言って、ヴァーティン家の歴史はどうのこうのと、早口で捲し立てる。
とはいえ、彼女はその設定を知らない。そのため、理解できないことなど右から左へさようなら〜! 既にかぐやの中では“ドッキリ被害者”という思考に切り替わっているせいか、綺麗さっぱり聞き流してしまう。
けれどハゲ男は、薀蓄を語りたくて仕方ないのだろう。尚も、かぐやにとって興味のないことを延々と話し続ける。
そんなハゲ男に彼女はコテッ。軽く首を傾げながらも、無害な態度でバッサリと切り捨てた。
「いやいや、ハゲがお父さんとか有り得ないでしょ!? え、今、何歳なの!?」
「は? 34だが……ってちが──っ!」
「マ!? 30代でその体型? メタボすぎでしょ、ジム行こジム! こんなのがお父さんだったら、私、全力で他人のフリすると思う!」
思わず真顔で正論(?)を並べてしまうかぐや。それを受け、一瞬唖然とする周囲。
0.5拍の沈黙が流れ、場の温度はゆっくりと低下していく。そんな中――
「はああああああ!?」
火を噴き出すような剣幕を見せるハゲ男。この流れからして、説教されるのは回避不能。しかし、そんなかぐやと彼を見兼ねたのだろう。白髪混じりのおばあさんが小声で何かを伝えると、フンッと鼻息き荒く父と名乗るハゲ男――否、不審者は出ていってしまった。
バタンッ! と大きな音を立て閉ざされた扉。それを見計らうようにしてメイド服を着たコスプレイヤーたちが、ぞろぞろと部屋へとやってくる。
「お嬢様、どちらのお召し物がよろしいでしょうか?」
しかし、かぐやからすればちんぷんかんぷん。ドレスを着てどこ行くの? という感想しか沸かず。
そのままメイドが示すドレスに視線を向け――思わず目を点にして固まってしまった。
提示された二種類のドレスは、装飾過多で毒々しい青のドレスと、サテンで目がチカチカする赤色のドレス。
(……これ、私が着るの? えっ、待って。えっ、マ!?)
かぐやは内心で苦笑しつつも、取り敢えずドッキリの延長線を考慮し問いかける。
「えっと……この二着以外ないの?」
そんな彼女の発言に、メイドは若干眉を八の字に下げると、恐る恐る言葉を絞り出す。
「えっと……昨晩、レイお嬢様がお選びになった衣装なのですが……」
だが、昨日の夜はリビングで、コーラを片手に晩酌だー! などと抜かし、テレビを見ていた記憶しかない。それが実際、昨日のことかは覚えていないが、ドレス選びをした記憶がないことだけは明らかである。
そのため彼女は口を開く。
「――ん〜、でもさ〜」
けれどその言葉が終わらぬうちにメイドたちは、瞬時に顔を青ざめさせながらもかぐやへと告げる。
「しょ、少々お待ちくださいませ。ただいま新しいドレスをお持ちいたします」
そして、彼女からの返事を待たずして、そそくさと部屋を出ていってしまった。それは、唐突のことで理解のしようがないこと。
(えっ、私、何か地雷踏んだ? NGワード!? なんか、めっちゃ怯えられてた気がするんだけど!?)
内心でメイドたちの様子に戸惑いを覚えながらも、かぐやはポカーンと口を半開きにしたまま、コンマ数秒。沈黙の間を設け、ぽそりと独り言を漏らしてしまう。
「ドッキリ被害者も大変なんだな〜」
とはいえ進行役がいなければ、彼女は何をすればいいのかわからない。ゆえに、ベッドの上で足をパタパタさせたり、ゴロンゴロンとマットレスの上で寝転がったりしながらも、メイドたちが帰ってくるのを大人しく待つことにした。
しかし――いくら待てど暮らせどメイドたちが帰ってくる気配が感じられない。これは俗に言う、二重ドッキリなのではないか。一瞬だけ、かぐやの脳裏にそんな陳腐な確信が広がる。
やがて、ベッドの上でゴロゴロすることにも飽き飽きしてきた頃。彼女は内心で再び疑念のような確信を投じる。
(なんかつまんない〜このままお昼寝する? でもな〜あのハゲがまた怒って来そうだよね〜)
そして、このままベッドの上にいたところで何も解決しないとようやく判断すると、かぐやはふと隠しカメラでも探そうと、壁に備え付けられた鏡へと移動し――
「へ?」
絶句した。
目に飛び込んできたのは、真っ赤な瞳の少女。
肌は陶器のように白く滑らかで、日焼けの痕一つない。それどころか、現実では到底手に入れられないような、美しい黒髪が波のように揺れ、ほのかに光を帯びている。
「え、誰これ……?」
動揺気味に手を伸ばしてみると、鏡に映る少女も真似るように同じような仕草を見せてくる。
「えっと……」
思考を停止させながら、鏡の少女と見つめ合うこと5秒。
「えっ……ええええええええええええ!?」
かぐやは思わず絶叫した。
同時。顔を青ざめさせて出ていったきり、戻ることのなかったメイドたちが、慌てた様子で彼女の安否を確認する。
「レイお嬢様、どうなさいましたか!?」
けれど、かぐやの脳内はキャパオーバー。そのため彼女は、咄嗟にメイドの肩を鷲掴むと、パニックに陥った様子で声を荒らげ問い質す。
「ねえ、私の姿が変わってるんだけど、これってドッキリだよね!? ドッキリっていつ終わるの!? “大成功~”ってプレート持った人、どこから出てくるの!?」
だがメイドは、ドッキリ……? とまるで意味が分からない様子。
(えっ、ちょっと待って!? なんか話噛み合ってなくない!? え、ほんとここ、どこ!?)
メイドの困惑、知らない街並み。それに加え、見覚えのない少女の姿――
(もしかして、これドッキリじゃない!?
いや、いやいやいやいや! これはドッキリ! ドッキリじゃなかったら説明つかない! だからこれはドッキリ!)
かぐやは内心でそうあって欲しいと願いながらも、反射的に頭を抱えしゃがみこんでしまう。
瞬間、脳裏で知らない少年の声が響く。
『ふふっ、キミの名前はレイ・ヴァーティン』
刹那、知らないはずの少女の記憶と大雑把な世界知識が流れ込んできた。
星暦:1760年 ♣の四週目
※♣=春 ◇=夏 ♡=秋 ♠=冬※
アビスグーフル王国 王都:ロヴィーナ
『ほら、思い出してきた――』
名前:レイ・ヴァーティン 歳:8歳
家族構成:父:バルドフ・ヴァーティン。母:死去 兄弟の有無:一人っ子につき無。 魔法特性:低
(なんかゲームみたいな感じだな……。ていうか、なんでトランプのマークがカレンダーなんだろ? まあ、なんでもいいけど……)
しかし、流れてくる記憶を理解した瞬間、かぐやは内心で歓声を上げた。
(えっ、待って!? 魔法! 魔法あるの!? え、ファンタジーみたいで面白そ!)
子犬のように心踊らせるかぐや。けれど、残念ながらこの記憶は完全ではないらしい。頭の中にはまるで、意図的に遮断されているような、不自然な空白があり、“かぐや”の記憶も“レイ”の記憶も、所々月食のように覆い隠されるような違和感が残り続ける。
彼女は、ほんの少しの綻びのような違和感に、若干首を斜めに捻るものの――
(……? まあどうにかなるでしょ!)
かぐや改めレイは、鼻息荒くこの世界を楽観的に受け入れてしまうのだった。
『ふふっ、僕からのプレゼント、喜んでくれたかな? でも、まだ全部は教えてあげない。今度こそ逃がさないから』
子犬のようなあどけなくも、どこか不穏を孕んだ少年が、一瞬だけかぐやを映していた鏡に映り込み、くすりと笑みを浮かべ消え去ってしまったことも知らずに。
読んでくださってありがとうございます!
次回は12:00-13:00頃に1話。夜以降にもう1話掲載予定です。
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