プロローグ:私、どうやら死んだっぽい……?
キィィィィィ――――ッ!
乾いた悲鳴のようなブレーキ音が、のどかな夕暮れを切り裂いていく。
低く構えた漆黒のボディと、丸みを帯びた前灯が視界に映った瞬間。神代かぐやは、横断歩道の真ん中で弾き飛ばされた。
消えかかった白線の上。じわじわと朱い液体が広がり、背後ではスマホを向けている人々の姿が。その顔は黒く塗りつぶされ、白い笑顔を貼り付けたように薄気味悪い。
かぐやは、人々の視線を肌で感じながらも内心で問いかける。
(……私、死んじゃうの?)
灼熱のような熱と、猛吹雪の中に晒されるような、対極した寒さが襲い来る。
加えて、なんとも形容し難い痛みまでやってくる。
徐々に白んでいく視界。喉からは掠れた息だけが漏れ、周りの喧騒がゆっくりと遠のいていく。
(ああ……私、死んじゃうんだ)
頬に一雫の涙が伝う。けれど、泣いているのかはわからない。
ただ、頬に雫が伝い落ちたような気がしただけ。
同時。かぐやの脳裏で、走馬灯のような記憶が駆け巡った。
家族との食卓、友人と笑い合った放課後――18年分の日々が、一瞬で流れていく。
しかし――
……ふと、その流れの中に、異物のように影が混じる。
古びた絵画のような、どこか懐かしさを孕む青年の後ろ姿。
けれど、その後ろ姿に心当たりなど皆無。
(……だ、れ?)
彼女は朧の望に包まれる青年に問いかけようとした。だが、言葉は既に音にならず。
そんなかぐやの疑念を汲み取ってくれたのか。背を向けていた青年が、ゆっくりと振り返ったかと思えば、ノイズ混じりに微笑み口を開く。
『何度だって巡り会う。今度こそ、お前と――』
ハッキリと見えないその瞳。けれど、深い哀しみが宿っているように感じられた。
彼の姿を見つめながら、かぐやは訝しげに思う。
(今度こそ、私と……?)
いくら記憶を辿ってみても、脳裏に巡る青年と出会った覚えなど一度もない。それでもどうしてだか、何度も出会ったような気がする。
広場で、路地で、そして古びた鉱山の前で――
消えゆく灯火の中、かぐやは必死に思い出そうと記憶の糸を手繰り寄せる。
けれど彼女は、既に死の間際。ゆえにかぐやの意志とは裏腹に、意識は次第に遠のき――プツン。
真っ暗闇の視界の中、神代かぐやは18年間の思い出とともに深い闇の中へと沈んでいく。
これが神代かぐやという少女の最期。そんな彼女を悲しげに、だがどこか嬉しそうに見つめるのは、ひとつの視線。
それは、この世の存在ではないと言いたげに、不穏な黒で塗りつぶされている。その影はどこか、翼を広げた異形を思わせる不気味な不快感を孕んでいるよう。
その不穏な影は、スマホを向ける群衆には気を留めることなく、くすり。
「ふふっ、君を迎えにきたよ。僕のために死んでくれてありがとう」
軽やかに指を鳴らした。
瞬間、かぐやの死体も"異怪"の姿も、最初から存在していなかったように、その場から消失してしまうのだった――
読んでいただきありがとうございます。1話は本日(2026/06/01)夜以降に投稿を予定しております。




