7話:あー、もう! 妖怪火吹きハゲ太郎うるさすぎ! こんなんだから、レイ・ヴァーティンがへそ曲げてお茶っ葉沸かしちゃったんじゃないの!?
◇◆◇
「……っ!」
――レイはベッドの上で目を覚ました。
どうやって帰ったのか覚えていない。だがベッドの上にいるということは、アリス辺りが連れて帰ってきてくれたのだろう。
(どうしてシリウスはあんなに怒ってたの?)
そう自問自答してみても答えは闇の中。深い霧に包まれるようにして、何も理解など叶わない。
けれど、理解できないというのはただただ苦しい。
ゆえに、なんで? どうして? がつきまとい、それ以上思考の滑車が正常に動いてくれない。
それでも彼女は考える。
自分の為。自身が死なない未来の為に。
それが自己正当化だとしても構わない。だって……死ぬのは怖いから。
一度死んで、また死ぬなんて……もう懲り懲りだから……。
そんな傷心中の彼女が横たわる自室内。
突然、バーンッ! と、ノックもなしに、部屋の扉が勢いよく開け放たれる。
そこに現れたのは、怒り狂ったハゲ男。彼は、ツルピカな頭を茹でダコのように赤々と染め、まるで妖怪のように炎を吐く。
「レイ! お前、シリウス第3王子に何をしでかした!?」
昨日、レイが何をしでかしたのか。シリウス第3王子と婚約破棄間際などと、既に貴族間では密やかに囁かれ始めている。
本来ならば、話を聞いてやることが大切なのかもしれない。だが、いくら過去にあんなことがあり、シリウス第3王子に王位継承権がほぼないとはいえ、彼は王族の一員。レイが結婚すれば、権力も財力もあり、没落することなど非常に稀。それが娘の幸せになると考えるバルドフからすれば、どうにかレイとの婚約関係を継続してもらわなければいけない。
だから、彼は焦っていた。
しかし、レイの口から発されるのは――
「私もよくわからなくて……」
言い訳も甚だしい逃げの言葉。
ゆえにバルドフは、頭ごなしに否定する。
「わからないだと? 会場で『大嫌いだ』と言われた癖にか? くだらない言い訳などせず、何をしでかしたか答えなさい!」
けれど、心当たりがないから“わからない”と答えたまでのこと。理解していれば、そんな言葉、誰が使うと言うのか。
レイは、話をまともに聞こうともしないハゲ男に、初めて冷めた瞳を送り付けてしまった。
けれど……。
(あぁ……そうか。もしかして……本来のレイは、これが原因だったのかも……)
そんなハゲ男をじっと見つめ、ふと真理の扉を開いてしまった。
本来のレイ・ヴァーティンが、悪嬢のような振る舞いをしていた理由は恐らく、この父親が関係しているのではないのか? そんな真理の扉を。
それを理解すると同時、そういえば――
(私、このハゲの人から、一度も褒められたことがない気がする。いっつも、『シリウス第3王子を怒らせるな』とか、『シリウス第3王子のご機嫌を取れ』とか、後は『家の顔に泥を塗るような行為はするな』とか? 口を開けばシリウス第3王子が〜! ヴァーティン家が〜! って、自分のことばっか! そんで、ちょっとでも自分の思い通りにならなかったら、ぐわぁーってめっちゃ長い時間ぷんすかぴんし続けるんだよね)
そう思えば、本来のレイの性格が歪んでしまうのも必然的だったのかもしれない。
そもそも、〜7歳までなんて、まだまだ知らないことばかりで精神も脆い。ほんの少し圧されるだけで、ぺしゃんこに潰れるい○はすのペットボトルのようになってしまう。
そして、ぺしゃんこになったペットボトルは、丸めた紙のように、元の綺麗な状態に戻ることもなく、広げてもくしゃくしゃのしわしわ。その上からアイロンをかけても、その皺が伸びることはない。
つまり、眼前の妖怪火吹きハゲ太郎に、何を言っても無意味ということ。
レイは、そんな妖怪火吹きハゲ太郎へと怒りをグッと耐えるように、一拍。
「ごめんなさい」
と、無感情な謝罪を口にした。
けれど、やはり妖怪火吹きハゲ太郎は、自分や家のことばかり考えているのだろう。
「私に謝らなくていい。シリウス第三王子に謝罪に行け! どんな手を使ってもいい。彼の機嫌を取ってこい!」
そう言って、9歳児のレイに、平然と圧をかけ続ける。
しかし、それで終われば良かった。そんな小言だけで終わるのならば、まだ何も気にせずにいられたかもしれない。
だが、妖怪火吹きハゲ太郎は、まるで圧をかけることが快感だとでも言うように、その後も「家の地位が危うくなる」だの「婚約破棄になればお前は勘当だ!」など言って、半ば脅迫のように釘を刺してきた。
とはいえ、いつもならば3時間コースのグチグチタイム。
けれど、今回はレイが先に謝罪をしたからか。それとも、単に用事があったのか――いや、多分王様に直談判するつもりでもあるのだろう。1時間半ほどで、妖怪火吹きハゲ太郎は、自室を後にしてくれた。
しかし、妖怪火吹きハゲ太郎が部屋を後にしたからと言って、心に安泰が戻るわけもなく。
レイは瞳に薄らと涙を溜め込みながらもぽつり。
「どうせ、シリウスは会ってくれないよ……」
小さく不満を口にした。
だが、シリウスに理不尽な怒りをぶつけられた時のように、決してその雫を流してやらない。
なんせ、ここで雫を零してしまえば、あの妖怪火吹きハゲ太郎に屈したことになってしまうから。
あんな毒親同然の妖怪火吹きハゲ太郎の思い通りになるなど、真っ平ごめんだ。
ゆえにレイは、目に溜まった“汗”を拭うと、沈考する。
(……また、シリウスに手紙送ってみる?)
しかし、デビュタント前日まで、彼は手紙の封を開けなかったと言う。
そして返事を送ったと言っていたものの、手紙は実際届いていない。
とはいえ、別にシリウスを疑っているわけではない。そもそも適当なことを言っていれば、何度も話を聞いているうちに、話が一転二転する。
が、彼の説明は一貫して同じだった。その観点から見ても、シリウスが嘘をついていないと言い切れる。
そんな前例があることを踏まえれば、手紙を送っても再び“郵送事故”が起こらないとも限らない。それに、万一郵送事故が起こらなくとも、シリウスが手紙を返してくれる保証などどこにもない。
いや、そもそものところ……。あれほどまでに怒らせてしまったのだ。手紙で彼の気を引くことはほとんど無に等しいだろう。
レイはそんな熟考の末、ぽつり。
「会いに行くしかないよね……」
どうせ、会えるわけがない。そんな諦めを胸に抱きながらも、シリウスの屋敷へと向かう準備を始めるのだった。




