5話:やばい、セレスティアの服汚した挙句、なんか私、シリウスまでカンカンに怒らせちゃったぽいんだけど、なんで!? えっ、今回は私、なんも悪くないよ!?・後編
◇◆◇
「では、そちらのお召し物を拝借してもよろしいでしょうか?」
部屋に着くなり、そう言ってセレスティアのアビを受け取ろうとする給仕係。
そんな給仕係に、「ああ」と一言。セレスティアは、アビを脱いで手渡そうとした。
しかし――
「え、私がやっちゃったから、セレスティアの服、私が染み抜きするよ!?」
突然、野蛮童女が意図不明のことを言って、ヒョイッと給仕係に渡そうとしていたアビを奪い取ってしまう。
そんな野蛮童女の奇行に、思わず呆気に取られるセレスティアと給仕係。
けれど、相手はガキ。それも貴族の子供ではなく平民と考えれば、この好奇心旺盛さと意味のわからない言動を繰り返すのも腑に落ちるというもの。
ゆえにセレスティアは、給仕係へと一言。
「こいつがやりたいと言っているんなら、やらせればいい」
そう言って、近くにあったソファーへと腰を下ろした。
「か、かしこまりました」
そんなセレスティアの言動に、困惑を覚えているような態度を示す給仕係。男は、彼に軽く一礼すると、すぐさま野蛮童女へと問いかける。
「こちらが布巾になります。それから、医師の手配は必要でしょうか?」
だが、野蛮童女はやはり貴族の出ではないらしい。
「ん? ありがと! でもなんでお医者さんの手配なんてするの?」
そう言うと、当たり前なことを給仕係の男へ問いを返してしまう。そんな野蛮童女の言葉に、よけい戸惑いを覚えるような素振りを見せる給仕係。男は、僅かに口篭りながらも、眉を八の字にしながら応じた。
「えっと……そう、です……ね。布に薬品をつけるとなると、どれほど保護しても、手荒れやアレルギーが出てしまう方もおられますので……」
「ふ〜ん。大丈夫だと思う!」
野蛮童女はそう答えると、すぐさま石灰水の入ったボトルを開け、作業を始めようとする。
しかし――
(あいつはバカなのか? いや、バカなんだろうな)
セレスティアは、野蛮童女の常識外れな行動に、一瞬唖然としながらも、その状況は非常にまずい。ゆえに、すぐさまソファーから立ち上がると、野蛮童女へと問いかけた。
「おい、お前は何をしようとしている?」
「えっ? この薬品をハンカチにつけて拭こうかなって?」
「素手でか?」
「えっ? まあ、うん。そうだけど?」
「はあ……お前、バカだろ? 明日からどうするつもりだ」
何も理解できていないような口振りの、童女。恐らく野蛮童女は、本気で石灰水の取り扱いに心得がないのだろう。
「なんで?」
そう言って、キョトンッと首を傾げ問いを投げ返してくる始末。その反応にセレスティアは、長嘆息をひとつ。常識を常識だと認識できていない野蛮童女に、絶句してしまった。
とはいえ、困るのは野蛮童女ただ一人。そのため、別にセレスティアが理由を告げる義務などない。加え、悪戯の一環という可能性さえ有り得るこの状況。
ゆえに、野蛮童女への説明を放棄しようと考えた。
しかし、どうにもこの野蛮童女は、本気で知らないようにしか見えない。
(……困るのはこいつだけではあるが――石灰水は強力な薬品だ。この程度のガキには負荷が強すぎる。最悪、ぱっくりと肌が裂けてよけいに服が汚れる可能性もあるということか)
セレスティアは内心で考え直すと、すぐさまその理由を野蛮童女へ告げてやった。
「その薬品は石灰水だ。手が荒れるぞ」
「石灰水って手荒れするの? どれくらい?」
「……お前、一応“貴族”なんだろ? ならばごっこ遊びをするにしても、最低限の調査くらいしろ。最悪、肌がぱっくりと割れて血が出るぞ」
それを聞いた野蛮童女は、顔をみるみるうちに青くさせ、近くに控えていた給仕係へと懇願する。
「ひぇっ! えっ、給仕係さんやっぱこれ変わって!」
その態度は本当に無知な子供同然で、あまりにもな阿呆さに、セレスティアは思わず、野蛮童女の身を案じてしまった。
(こいつ、いつかやばいことに巻き込まれて、そのまま死んじまうぞ……。大丈夫なのか?)
とはいえ、今回はそうなる前に阻止することができた。セレスティアは、ホッと安堵の息を吐き出すと、野蛮童女が余計なことをしないよう、彼女の手を引き大人しくソファーでシミ抜きが終わるのを待つのだった――
◇◆◇
アビのシミ抜きを終えたレイとセレスティア。彼女は、パーティ会場へ戻った後もセレスティアと談笑の花を咲かせていた。
「――でね〜!」
レイがそう笑顔でセレスティアに話している最中。
(どうせレイのことだ。きっと、デビュタントの時のように、そのまま会場に入ってしまったんだろう。なぜ、誰もあいつの手綱を握らず放置しているんだ)
いつまで経っても控え室に来ないレイ・ヴァーティンに苛立ちを覚えながらもシリウスは、会場内で彼女を探していた。
そして――
(はぁ……ようやく見つけた)
シリウスは、ほんの少しだけ安堵の息を吐き出すと、レイ・ヴァーティンへと声をかけようとした。
しかし、彼女は“何処の馬の骨かも知らぬ不審な男”と楽しげに話している最中。
その笑顔は、どこか自身に向けるものとは違うような気がして――シリウスの胸に、わずかなモヤモヤが広がっていく。
(……なんだ、あの男……? 何故、僕のレイと親しげにしているんだ?)
原因のわからないムカムカ。まるで、ケトルに入れていたお湯が、グラグラと煮え立つような腹立たしさを覚えてしまう。
だが、恐らくこれは、役目をまっとうしないレイ・ヴァーティンへの怒り。
控え室に来ることなく、勝手に会場へ入り誰かもわからぬ男を引っ掛け、談笑するなど言語道断。一応、シリウス・ガリウスの内定(暫定)婚約者という立場さえ疎かにする愚行でしかない。
ゆえに、彼の怒りは真っ当なもの。
シリウスは、怒りのままにレイ・ヴァーティンの元へと歩を進め、語気を強め問いかける。
一応、言い訳ぐらいならば聞いてやろうという温情で。
「おい、レイ・ヴァーティン。今までどこにいた?」
しかし、レイ・ヴァーティンは、シラを切るつもりらしい。
「あっ! シリウス、えっと……様、だ! なんか怒ってる?」
そう言いながら、ニマニマと腹立たしい笑みを浮かべ、彼の顔を覗き込む。
そんなシリウスの口はへの字に曲がり、かなり不満げたっぷりな様子。
レイはそんな彼の表情に若干訝しみながらも、ぽつり。
(シリウス、なんで怒ってるんだろ?)
僅かに考えを巡らせた。
だが、今回ばかりは何をしでかしたかわからない。いや、毎度なにをしでかしたのかわからないのだが……セレスティアの服を汚してしまったから洗浄していただけ。その延長線で、談笑していたのはまあ、ダメなのかもしれないが、シリウスはレイのことを好きではない。だから、これは怒られるようなことでもない。
彼女はそう考え、キョトリと小首を傾げてしまった。
しかし、その態度が良くなかったのかもしれない。シリウスは、まるで体に火をつけられてしまったかの如く、声を低く問いを続けてきた。
「隣の男は誰だ?」
「えっ? セレスティアのこと?」
「なぜ一緒にいる?」
「何故って知り合いだから?」
「私という婚約者がいるにもかかわらず、他の男をたぶらかすとは。いい身分だな貴様」
シリウスは、公の場ということもあってか、“僕”という一人称を使わずどこかかしこまった言い方でレイへと詰め寄る。
その姿はまさに憤怒に駆られし者のそれ。
(なんでセレスティアと話してただけで、シリウスこんなに怒るんだろ?)
レイは、眉を八の字に下げながらも、セレスティアと話していた経緯をつたえようとした。
「なにをそんなに怒ってるのか知らないけど、セレスティアは──」
だが、頭に血が上ってしまった人間は、聞く耳が持てない状況に陥りやすいのかもしれない。
「まだ言い訳をする気か!? お前は何様のつもりだ! お前なんか――」




