5話:やばい、セレスティアの服汚した挙句、なんか私、シリウスまでカンカンに怒らせちゃったぽいんだけど、なんで!? えっ、今回は私、なんも悪くないよ!?・前編
そしてさらに月日は経ち――王家主催社交会当日。
この時既に、レイは9歳になっていた。
とはいえ、中身は18歳。少女とは思えぬアグレッシブさがあるため、最近では本当にレイ・ヴァーティンは8(9)歳児なのかと、バルドフやアリスを含むメイドたちに訝しまれていた。
しかし。そんな彼らの不審など彼女は知らぬまま、あまり気乗りしない様子で新調したてのドレスに身を包むと、あれからもっと仲良くなったアリスに連れられ、会場内へと足を踏み入れた。
「お嬢様、普段通り毅然とした姿で!」
アリスがそうアドバイスすると、レイは小さくこくん。ドリンクを零せば、クリーニング代で高額請求されそうな、重厚なカシミヤっぽい絨毯の上を慎重な足取りで歩き始めた。
デビュタント以降、何度か社交パーティに招かれ参加したことはあったものの、王家が主催するとあって他の会場が見劣りするレベルで、その全てが一級品で揃えられている。
何十もの水晶のシャンデリアが天井を彩り、繊細な模様が刻まれた大理石の床面に反射し、まるで星空のような輝きを放っている。
そんな会場の天井を見上げてみれば、優美なフレスコ画が描かれ、その下では宮廷楽団による優雅な調べが奏でられている。
そんな煌びやかな会場でも、レイは例によって注目の的。
「今度はいったいどんな騒動をしでかすのか」と、どこか退屈しのぎのような視線が向けられている。
だがレイ自身は悪名はまだ消えないんだな〜と笑って受け流し、特に気に病む様子もない。
しかし、だだっ広い会場内。あっ! なんかあっち気になる! おっ、なんか美味しいものみっけ! そんな感じでウロウロしていると、いつの間にかアリスとはぐれてしまったらしい。
どこを探しても彼女は見つからなかった。
そんなアリスの“迷子”に、レイは小さく息を吐くと、ぽつり。
「はあ……。つまんないな。ずっと知らない人たちに挨拶させられるし、アリス行方不明になっちゃうし、美味しそうな料理も落ち着いて食べれないし……最悪っ!」
優雅であろう所作でシャンパングラス(中身はジュース)を手に取り――ハッ!
小声とはいえ、声が漏れてしまったことに気付くや否や、レイは内心で小言を続けた。
(はあ……、本気でつまんない。早く帰りたい……。ていうかたこ焼き食べたい。お腹空いた。お肉食べたい。ラーメンも食べたい。なんでここにはラーメンとかさ、たこ焼きとかさ、ないわけ!? あんなに美味しいもの置いてないって、めちゃくちゃ損してるよね。しかも、なんでか刺身とかないし)
そして、うんざりしきった息をひとつ。どうやってここから抜け出そうかと、画策しはじめた――直後。
「お前、なぜいる?」
どこかやる気のない、聞き覚えのありそうな声が背中にぶつけられた。
「へ?」
その声に思わず振り返ったレイ。彼女は、勢い余って手元のシャンパングラスを振り回してしまい――バシャンッ。
声の主にドリンクを盛大にぶっかけてしまった。
「わ、わっと、ご、ごめんなさい……!」
そのやらかしをすぐさま理解したレイ。彼女は、慌てながらもすぐさま謝罪をひとつ。恐る恐る声の主を確認した。
そんなレイの眼前には、暫定婚約者であるシリウス――ではなく、セレスティアが。
彼は、どこか呆れた様子で半目になり、じっとレイを見下ろすと、ぐさり。
「はあ……、お前はもう少し落ち着け。どうすんだよこれ」
セレスティアはそう言うと、レイの落ち着きのなさが原因で出来てしまった、大きなシミへと視線を落とし苦言を呈した。
ロイヤルブルーとシルバーのアビ・ア・ラ・フランセーズを着用するセレスティア。
「ほんっとごめんなさい!」
レイはそう言うと、慌ててハンカチを取り出し、膝丈のアビにでかでかと描かれたシミを拭き始める。
しかし、拭けば拭くほどにシミは広がり――
「もういい。それよりもお前、貴族だったんだな」
「えっ、あ、うん! 一応貴族やってるよ? じゃなくて! ダメだよ! 早く漂白しなきゃシミが残っちゃうじゃん!」
レイは慌ててアビについた汚れをゴシゴシ拭き取りながら、よりによってこんな公の場で再会するとか……と、胸中で驚いていた。
一方のセレスティアは、そんな野蛮童女の態度に呆れを覚えながらも、ぼそり。野蛮童女の馬鹿げた妄言に、思わずツッコミを入れてしまった。
「漂白って……。ここは社交会場だ。そんな魔法でもあるのか?」
だがそれが悪かったのかもしれない。野蛮童女は、ハンカチを手に持ったまま、両手を上下に激しく振り否定し始める。
「違う違う! 魔法じゃなくて、しみ抜き剤! それがあればパパッのちょんで、真っ白ツルピカ! 後光拝めるよ!」
「それは色まで抜いてんじゃねぇか。止めろ、バカ」
「ハッ! そっか、それダメだ! えっ、じゃあどうしよう……うーん。あっ! ならさ、私が屋敷に持って帰――」
「はぁ……結構、面倒だ」
そんな二人のやり取りに、周囲の貴族たちが「なにごと?」と興味半分に視線を寄せ始める。
とはいえ、野蛮童女は目の前の事柄に一直線のタイプなのだろう。一切気づく気配はなかった。
セレスティアは、そんな野蛮童女に再び呆れを覚えながらも、言葉を続けた。
「で、それよりも。お前……このパーティに何の用だ?」
そんな彼の問いかけに、野蛮童女は小さく首を傾げ、ん? 数回瞬きを繰り返したかと思えば、あっけらかんとした態度で応じる。
「え、シリウスに呼ばれたから来ただけだよ?」
(……シリウスとは、第3王子であるシリウス・ガリウスのことか? あいつは確か、極悪非道で何人もの人を殺めたと噂の“レイ・ヴァーティン”という公爵令嬢の婚約者だったはずだ。まさかこのちんちくりんのバカが、そんな悪名高きレイ・ヴァーティンだとは思えねぇ。ということは――)
セレスティアは、野蛮童女の言葉を分析しながらも軽く鼻を鳴らすと、皮肉を告げてやった。
「“王族”に呼ばれた、ね。まぁ、わざわざ“貴族ごっこ”をしに来るとは物好きなヤツだ」
しかし、それを認めたくはないのだろう。何故か、ムキになるように頬を膨らませ、セレスティアの発言を否定する。
「ごっこって……一応、正真正銘の貴族なんだけど! そっちこそ、貴族なの? それとも参加資格を何かを手に入れたわけ!?」
だが、眼前の野蛮童女は、平然と人を殺めれるほど、図太い神経を持っているとは思えない。いや、思考回路が変な方向に飛躍し、意味不明な言葉を吐き出すことは多いのは事実。しかし、もしこの野蛮童女が巷で噂される悪嬢だったとすれば、あまりにもかけ離れすぎている。
セレスティアは、何故すぐにバレる嘘をつくのか。そんな呆れを覚えながらも、言葉を返した。
「俺は昔のよしみでリゲル――国王陛下から、直々に招待を受けたからな。流石に、王族からの招待に、参加しないという選択肢はできない」
「え、セレスティアって王様と友達なの!? 嘘だぁ〜! そんなやる気ない感じなのに、めちゃくちゃ偉い人と仲良く出来るわけないじゃん! 私でもそんな嘘に騙されないよ!?」
少しずつヒートアップ(?)していく2人のやり取り。そんな彼女らのやり取りを生暖かくも、面白半分で眺め続ける招待客たち。
彼ら或いは彼女らは、コソコソ、ヒソヒソと何かを囁きあったり、扇で秘密の会話を嗜んでいる。
そんな2人のやり取りは、一種の娯楽になり得てしまったのだろう。今度はどのようなことが起こるのかと、好奇の眼差しがギラリと光り、ホラー・スマイルマスクのような、不気味さが滲んでいる。
その陰湿とも呼べそうな気配が漂う中。不意に通りかかった1人の給仕係が、若干戸惑い気味に声をかけてきた。
「お話のところ失礼致します。お召し物のシミでしたら、洗い場か奥の部屋で軽く対応できますが……」
それを聞いたレイは、グイッとセレスティアの服の袖を軽く引っ張ると、「ほら、セレスティア! こっちで対応してもらお! すぐ拭けるかも!」そう言って、問答無用で彼を連れていこうとする。
しかし、汚れてしまったのは運の良いことにアビのみ。あまり体裁はよろしくはないが、それを脱げば一先ずは解決できるもの。ゆえにセレスティアは「いや、もう十分面倒だ」と野蛮童女の提案を拒否したのだが――
最初から仕組まれていた罠だったのか。給仕係が「よろしければこちらへ……」と勧めてきたため、セレスティアは嫌々ながらも、部屋へ案内してもらうことにした。




