4話:初めてのデート! えへへ。私、初めてのデートしちゃったよ!・3
◇◆◇
露店が並ぶ道沿いのベンチに腰掛け休息を取るレイ。その傍らでアリスが、眉を八の字にしたまま簡易カップを差し出してきた。
「蜂蜜水でございます。甘みがあるので少し、落ち着くかと」
変わった呼び名の蜂蜜水。それは昔、何かの呪いを解くため、特別なハーブを混ぜた蜂蜜水が使われたという伝承があるからという由来なのだが――そんな歴史をレイは知らない。
「ん、ありがとう……」
レイはそれを受け取ると、ぽつり。
(はあ……気を遣わせちゃったな……)
内省しながらも蜂蜜水と呼ばれる液体を見つめた。
(これ、メデューサって言ってたっけ? これ飲むと、私石になっちゃう感じ……? でも、蛇っぽい要素ない、よね……?)
内心でボソリと呟きながら、怪訝するレイ。
とはいえ、これを飲めば石になるか否かなど興味はない。そもそも、今は何かを飲みたい気分でもない。レイは、蜂蜜水を両手で優しく包み込みながらも、どうすべきか――ほんの少しだけ検討した。
しかし、自身が上手く隠せなかったせいで、アリスに迷惑をかけた挙句、飲み物まで購入させてしまった。しかも、自腹で。
後でハゲ男にその料金を請求してもらえば良いという解決策はあるのだが――これはアリスの完全無害な好意。ゆえに、それを無下にするわけにもいかない。
(……私、石になっちゃうのかな?)
レイは若干戸惑いを覚えながらも、アリスがそんなことをするわけがない。もし、アリスが自身に危害を加えようとするのならば、恐らく他のメイドたちのように自身を避けるような行動を取るはず。レイはそんな結論を導き出すと、スッと息を吸い込み、蜂蜜水の入った簡易カップへと口をつけた。
(あっ、なんか蜂蜜の味がする。後、ちょっとだけレモンも入ってるのかな? さっぱりしてて美味しいかも……。でもこれ、蜂蜜とレモンってことは、牛乳入れたら、はちみつレモンミルク? レモンラッシー? になるじゃん!)
仄かな甘みと、酸味が口の中に広がり、気分が幾分マシになる感覚。レイはふぅと息を吐き出すと、悪い記憶を振り払うように残った蜂蜜水を一気に飲み干し、口を開いた。
「アリス、ありがとう! よし、なんか元気出た! 露店巡りしよ!」
そんなレイお嬢様の唐突な発言に、アリスは思わず目をぱちくりと瞬かせながらも、一瞬だけ絶句しかけてしまう。
だが、ここで何も口にしなければ、レイお嬢様のこと。絶対に突っ走ってしまう恐れがある。それに……。
アリスは、僅かに考えを巡らせながらも、レイお嬢様を諭しにかかった。
「先ほどまで、顔を青々とされていたんですよ? 体調の方が優れない訳ですし、別の機会の方がよろしいのでは?」
尤もな意見を口にするアリス。そんなことくらい、レイも理解している。しかし、この世界では初めての誰かとのお出かけ。
自身の体調不良のせいで、その“初めて”をこのような形で終わらせるなど、後悔が残ってしまう。
「だって、アリスとのお出かけって今回が初めてでしょ? 次、どのタイミングで行けるかわかんないじゃん? それにさ、初めてって1回しかないんだよ? 次の機会は2回目であって、1回目のやり直しはできないじゃん?」
レイは、しゅんっと眉を下げながらも、続きざまに「体調もマシになったし!」と笑顔を見せ、アリスへと情に訴えかけた。
そんなレイお嬢様を認めたアリス。彼女は、お嬢様の言い分に、ほんのりと戸惑いを覚えながらも、言いたいとすることがわからないわけではない。
こういう時はどうすべきか。アリスは軽く思考の水車を半回させながらも、はぁ……。条件付きで、レイお嬢様の提案を飲むことにした。
「……では、くれぐれも無理はなさらない。少しでも体調が悪くなればおんぶしてでも連れ帰ります。この条件を飲んでくださるのでしたら、お供します」
「うん、全然それでいいよ〜!」
◇◆◇
様々なものが並ぶ露店。そこには、野菜や果物はもちろん。デザートや肉・魚系の串焼き店のようなものまで、なんでも揃っていた。
「うわぁー美味しそう!」
レイはそんな露店に目をきらりと輝かせながらも、チラリ、きょろりと忙しなく視線を動かし続ける。
そんなレイお嬢様を見守るアリス。彼女は、まるでお嬢様の保護者にでもなったような気分を味わいながらも、朗らかな笑みを湛えていた。
だが、レイお嬢様はかなり好奇心旺盛の令嬢。
ゆえに、「ね、アリス! あそこ気になる!」そう言って、いかにも怪しそうな露店を指さしアリスを道連れにずんずん進み始めてしまう。
そんなレイお嬢様の直情径行さに、アリスは嫌な予感を覚え、咄嗟に口を開いた。
「お、お嬢様!? あそこは多分ですが……」
しかし、レイお嬢様は暴れ馬。否、暴れ馬というより猪と言った方が角が立ちにくいかもしれない。
アリスの制止など気に留めることなく、ずんずんぐいぐい。猪突猛進な態度で突き進んでいく。
レイお嬢様が気になると言った露店前。アリスの嫌な予感は的中する。
「え、この白いのなに!? 変な形!」
迷路のような溝が刻まれた白い物体を指差す、レイお嬢様。アリスは眉を下げながらも、お嬢様が指差すその物体の正体を告げる。
「それは羊の脳みそですかね」
瞬間、レイお嬢様の目が飛び出しそうなほど大きく見開かれる。だが、好奇心は耐えないのだろう。
「ぎゃっ!」
と短く悲鳴を上げながらも、次々に気になる物を指差していく。
「え、じゃあこの変な形のやつは?」
次にレイお嬢様が指差したのは、黄金色の扇にも似たナニカ。
「……それは、カエルの足を揚げたもの、ですかね?」
「ひえええ……。えっ、ならこれは……?」
徐々に顔を引きつらせていくレイお嬢様。そんなお嬢様に呆れながらもアリスは、あえて圧を出すような表情で、わざとゆっくりと答えを提示する。
「それは……蜂の子、ですね」
その答えを受けたレイお嬢様。お嬢様は、アリスの圧を滲ませた表情に怯えてしまったのか。それとも、“蜂”という言葉に拒絶反応を示してしまったのか。
蜂蜜水を飲む前のように、顔を青々と染め、「いやあ……っ!」と言いながらも足早に怪しげな露店を後にしてしまう。
その態度は、露店の主からすれば営業妨害も甚だしいところだろう。しかし、店主はその素直なレイお嬢様の反応に、どこか愉快げな笑みを零し許してくれた。
そんな店主の優しさに、ホッと胸を撫で下ろすアリス。
(お嬢様、可能ならばもう少しだけ落ち着いてくださいませ)
彼女はそう内心で祈りながらも、レイお嬢様の後を追った。しかし、お嬢様の興味が薄れることは決してなく。
変わった店を見つけては、足を止め、アリスがそれを牽制するということを繰り返し――小一時間。
特に食べ歩きというものはせず、本当に露店を見て楽しむだけという、なんとも庶民的なお出かけを楽しむ2人。
流石に見て回るだけじゃ退屈だろうと考えたアリスは、にこりと微笑み提案した。
「お嬢様、なにか食べますか?」
しかし、レイお嬢様はその提案を棄却する。
「え〜私、財布持ってきてないから、後でハゲ――じゃなくてえっと……お父、様……に、申請すれば返してもらえると思うけど……立替してもらうことになるじゃん?」
だが別に、高級な装飾品などを買おうとしているわけではない。そもそも公爵家の給金は思いの外、羽振りが良く。露店の食材を全部食べ尽くさなければ、破産することは決してない。
ゆえにアリスは、にこやかな笑みを頬に添え、ゴリ押しする。
「先ほどお嬢様が気になっていた、羊の脳ミソや蜂の子は高級食材の部類に入るため、少々難しいですが、それ以外でしたらさほどお気になさらなくても問題ないですよ?」
だが、それでも奢ってもらうのは非常に居た堪れない。
そもそも、レイには前科がある。
(……嫌々とはいえ私、セレスティアに助けてもらった挙句、お礼したかったのにお金忘れて奢って貰っちゃったからなぁ〜。うん、ここは、甘えちゃいけない気がする!)
彼女は内心でセレスティアとの出会いを思い出しながらも、小さく首を横に振って拒絶を続けた。
だが、アリスは諦めるつもりなど毛頭ないのだろう。
「ほら、お嬢様も先ほど仰っていたじゃないですか? 私との初めてのお出かけは、それが最初で最後なんだって。ですから、初めてのお出かけの思い出に、何か食べませんか?」
そう言って、来るのだから仕方ない。
(はあ……なんか申し訳ないけど……)
レイは内心で眉を寄せながらも、最終的にはアリスの提案を受け入れるのだった。




