3話:ねぇお願い! お願いだから私の言うこと聞いて!? 言うこと聞いてくれたら、私のデザート分けてあげるから! だからお願い!・後編
直後、サムソンの脚が僅かに動き――ピシャリ。
「サムソン、動いちゃダメだからね! 絶対、ぜぇぇったい! 今、動いちゃダメだからね!?」
そう注意を促しつつ、レイはようやくサムソンの背に跨ることに成功した。
(ふう、良かった。今回はちゃんと乗れた!)
そう安堵の息を吐き、次の準備をしようとした次の瞬間。
「あ、ちょ、サムソン!? まだ準備が……」
サムソンが意地悪するかのようにトコトコと軽く動き始めてしまうのだから、たまったものではない。
レイがいくら声をあげようともサムソンは、知らんぷりの何処吹く風。
『ん? 玩具がなんか言うとるな〜』
くらいの感覚で、一切のブレなく我が道を突き進んでしまう。
だが、馬に乗れたということはレッスンを開始することができる。マクベル・ゴーディスは、レイがサムソンの背に乗ったことを確認するなり、無駄にしてしまった時間を取り戻すようにして、速やかに次の指示を告げた。
「はい、背筋を伸ばして! その姿勢では馬があなたを信用しませんよ! 背筋を伸ばして、踵を下げ、膝を締めること……そう、同時に手綱を穏やかに扱わねばなりません」
「えっ、ムリムリムリムリ!」
そんなレイを見遣りながらも、マクベル・ゴーディスは、内心でポツリ。将来の懸念と、愁いを吐き出した。
(乗馬のレッスンを始めて早、1ヶ月。とはいえ、サムソンの自由すぎる態度に、何度もレッスンを中止せざるを得なくなってしまった為、期間的には2週間程度ではありますが――それにしても、センスの欠片がありません。このままでは、10年後もサムソンや他の馬に振り回され、素人同然の乗馬をしていることでしょう)
しかし、センスがなくとも可愛い生徒なのは間違いない。ゆえにマクベル・ゴーディスは、外面だけはポーカーフェイスを貫き、次の指示を飛ばした。
「落ち着いてくださいませ。まずは常歩です。ゆっくりで構いません。ですが、手綱を固く握りすぎず。強く締めるとサムソンが嫌がりますから」
(えっと……? 同時にかかとを下げ、膝を締め、手綱を緩めて歩く……そんなことできるの!?)
そんな焦りを抱えながらも、なんとなしでこなそうとしたのだが――不安や焦りが姿勢にも表れ、サムソンが思わず首を振り、耳をピクリと軽く動かしてしまう。
それは、何かが起こる前触れ。
けれどミス・ゴーディスは、そんなサムソンのちょっとした“怪しい”動きに気づくこともなく。
「はい、では次。速歩に移りますので、軽く脚で合図を――」
そう言って、先へ先へと進めようとしてしまう。
だが、そんなに詰め詰めでやらなくて良いのではないか。レイは、そう抗議するようにして声を上げる。
「ちょ、ちょっと待って! まだ座るので精一杯なんだってば……!」
だが、ミス・ゴーディスは血も涙もない鬼である。ゆえに彼女は、レイが無理ならばというように、当たり前な態度でサムソンへと合図を送ってしまう。
瞬間。
普段ならば絶対、ミス・ゴーディスの合図などには目もくれないサムソンが、何かを企むようにしてパカッと小走りへ切り替え――軽くレイの体が跳ねると同時。
「ひゃ、あ、ああ! 待って待ってまって、痛、痛いって……! めっちゃお尻痛い! 死んじゃう! お尻真っ二つに割れちゃう!」
レイは思わず絶叫した。
こういう時は、まだお嬢様には早かったですかね? ではまず乗り降りからやりましょう。と言って、軽いものからするべきところ。なのにミス・ゴーディスとくれば、まるで『次はいつできるか分かりませんので』と言わんばかりの態度を貫いている。
そして――
「お嬢様! 淑女の乗馬とは思えません! もっと優雅にお淑やかに……」
褒めることなくビシバシと指導を続けようとした――矢先。
もしかすると、これが狙いだったのかもしれない。サムソンがつま先で軽やかなステップを踏み始める。それはまるでワルツを踊るような動きで、再びレイは悲鳴を上げた。
「うわっ! え、待って!? これって、サムソンダンス!? 馬って求婚する時ダンスするの!?」
そんな彼女の言葉に、ゴーディスは呆れたように肩をすくめ鼻を鳴らす。
「......まさか、サムソンが舞踏会の練習を手伝ってくれているとでも?」
とはいえ、彼女が落馬せずに耐えられているのは、サムソンがギリギリのところでスピードを緩め、わざと振り落とさないようにしているからというのは、レイには秘密である。
そんなドタバタのまったく優雅ではない乗馬レッスンはその後も続き――
「次は、方向転換をしてみましょうか」
ミス・ゴーディスは右に方向転換するように指示した。
その指示に従い、レイもサムソンに“右”に行くよう手綱を引っ張り合図するのだが――この馬はどう転んでも一筋縄ではいかない。
「ちょ、ちょっと! 右って言ったのになんで左行くの!?」
レッスンの終わる頃には日も沈みかけ、レイの足腰はもうパンパン。
「はあ……ようやく終わった……」
そう言いながらもサムソンを馬小屋へと戻し、彼の鼻先をなで、「ありがとね」と微笑むところでレッスンは終了である。
そんなレイのレッスン終了の合図にサムソンは、「ようやく終わったか」と言いたげに低い鼻息をふっと返すと、まるで「お疲れ様でした」と言わんばかりの優雅な一礼のような仕草を取ってみせる。
それを認めたレイ。彼女はポカーンと口を半開きにし、一拍。
「……まさか、さっきまでの暴れん坊は演技だったってこと!?」
自身が馬であるサムソンに弄ばれていたことに気づいてしまう。
だが、その真意を気づかれたところで人と馬。言葉を交わせるわけもなく。
サムソンは、レイの肩に鼻筋をコツンと寄せると、意味ありげな鼻息を立てると、「もう終わったさかい、ほな行くわ〜」と言うように、そそくさと馬小屋の奥の方へ行ってしまうのだった。
◇◆◇
こんな感じで乗馬のレッスンを終えたレイ。けれどそれは序の口。彼女には、乗馬以外にも、テーブルマナーやダンスの再確認。カーテシーの見直しや、歩き方など。ありとあらゆる礼儀作法をパーティ当日まで叩き込まれ――




