3話:ねぇお願い! お願いだから私の言うこと聞いて!? 言うこと聞いてくれたら、私のデザート分けてあげるから! だからお願い!・前編
そんなセレスティアと出会ってから更に数ヶ月が過ぎ――
本来ならば、デビュタントまでの契約だったはずのマクベル・ゴーディスが、再びヴァーティン家の敷地を跨いだ。
理由は至極簡単。半年後に控える王家経由の社交パーティへの参加が決まり、その準備に伴う礼儀作法の再確認やダンスレッスンの見直しが必要になったから、である。
だが、あれほどまでにレイを嫌っているシリウスが、なぜ婚約を破棄せずパートナーとして呼んだのか――疑問が残るばかり。しかし、彼なりに何か思うところがあるのだろう。
いずれにせよ、この数ヶ月でマクベル・ゴーディスのレッスンはさらに厳しさを増していた。
◇◆◇
「さて、レイお嬢様。本日は趣向を変えて乗馬のレッスンをいたしましょうか」
「へっ?」
「お嬢様何か問題でもございますか?」
「い、いや……特に」
そう言いながらも視線をソッ……。緩やかにミス・ゴーディスから逸らすと、レイはボソリと内心に呟き落とす。
(あれ、めちゃくちゃおしり痛くなるから苦手なんだよね……それに――)
だが、ここでやりたくない! と言えば、プリンにマカロン、パウンドケーキ……それらのデザートが、お化け大魔王女であるミス・ゴーディスから奪われてしまう恐れがある。
レイは、そんなの絶対ヤダ! と、内心で絶叫すると、肩を落とし、とぼとぼと馬小屋へ向かった。
そんな馬小屋で待っていたのは、気性の荒さで有名な白馬のサムソン。
人間が近づけば、二足歩行の体制で大きく威嚇したり、後ろ足で蹴りを入れにかかったり――まあ、馬版のレイ・ヴァーティンである。
しかし、同族愛のような親近感でも持たれているのか。サムソンは、レイにだけは大人しく従う傾向を見せた。
その為、彼女と一緒にいるサムソンを見たものはみな、この白馬が暴れ馬などとは毛頭思わず近づき、そして――“致命傷”には“至らぬ程度の重症”を負わすという凶暴性を露見させてしまう。
レイは、サムソンの問題行動を思い返しながらも、小さく不安げな息をひとつ。
「サムソン、今日はちゃんと協力してよね?」
そう苦言を呈しながらも、サムソンの額を優しく撫でた後、手綱を引いて、馬小屋から出してやる。
そんなサムソンの態度は優雅そのもの。特に嫌がる素振りを見せることはなく、レイの散歩に付き従う従者のような足取りで、素直にマネージュへと向かってくれた。
しかし、それは2人っきりの時だけ。
「お嬢様、では早速……」
ミス・ゴーディスがそう言い、一歩、レイ並びにサムソンへと近づいた瞬間――
“ヒヒーンッ!”
サムソンは瞬時に目付きを鋭いものへと変えると、鼻息を荒らげ、ミス・ゴーディスを“不審者”として威嚇してしまう。
それを認めたレイ。彼女は、「はあ――」と嘆息をひとつ。
「ミス・ゴーディス、大変申し訳ございません」
サムソンの代わりにペコペコ謝罪をし、苦い息をつきながらもマネージュの柵を解放する。
しかしサムソンの狙いは別にあったのだろう。サムソンは、マネージュに足を踏み入れた途端、再び「ヒヒーン!」と嘶き、するりとレイの手を振り切って駆け回り始めてしまう。
「ちょ、マ!? えっ、サムソン!? 戻ってきてよ! まだレッスンすら始まってないよ!?」
そう必死に声をかけるも、サムソンは完全に遊びモード。レイの声など意に介さない。
どこから生えてきたのか。マネージュにちょろっと生えてしまっていた草を目敏く見つけだし食み、寝転がって身体をこすりつけ、時には尻尾を大きく振り、闊歩する自由奔放さ。
それを認めたミス・ゴーディス。彼女は、額に手をやり呆れを孕んだ息を漏らし告げる。
「……このままでは日が暮れてしまいますよ」
「ですよね〜」
レイは、そんなミス・ゴーディスのぼやきも同然な言葉に、苦笑を浮かべながらも、内心で絶叫する他なく……。
(ねぇ、お願い! サムソン、言うこと聞いて!? いや、戻ってきて!? お願い! 一生のお願い! もし、“戻ってきてくれたら”、私の好きなファッジおすそ分けしてあげるから! だからお願い〜!!!!)
瞬間、彼女の悲痛な胸の内に気づいたのか。それとも、ゴーディスのぼやきに反省の色を示したのか。サムソンは
優雅な足取りでレイの元へ戻ってきてくれた。
まるで、「お、ファッジくれるんか? せやけどわいは、人参とか生牧草の方がええんやけど」と直談判するようにして。
だが、レイにはそれが直談判なのか、素直に従ってくれただけなのか――渋々なのか。それが一切わからない。
ゆえに、これでレッスンができる! と大喜び。
しかし――
サムソンは、そんな彼女の胸中を読み取ってしまったのか。それとも、最初からそれが狙いだったのか。大人しく戻ってきてくれたかと思えば、レイが装備していたオシャレ用の髪飾りを器用に強奪し、そのまま咥え再び駆け出してしまう。
そんな唐突なできごとに、レイは目をまん丸に見開き抗議を示す。
「えっ、ちょ、それ返して! もう! 今日のレッスン、絶対終わらないでしょ!?」
けれど、彼女らの眼前を悠然と駆けるサムソンは、完璧お遊びモード。
ゆえに、レイの嘆きなどサシバエを追い払うようにペちょんっ。叩き落として、蹄鉄のついた足で踏んづけてしまう。
そんなサムソンの奔放さと、それに翻弄されるレイを見ながらゴーディスは、はぁ……。と何度目か。もう数えきれんばかりの嘆息を漏らすと、マネージュの柵の外で頭を抱えてしまうのだった。
結局はサムソンが満足するまで放牧状態。ようやくサムソンが満足し、落ち着いた頃。マクベル・ゴーディスはこの機を逃せば夜になると危惧し、レイお嬢様へと素早くサムソンに乗るよう促した。
「レイお嬢様、乗ってください」
「えっ、」
「乗ってくださいませお嬢様」
「あっ……はい」
圧をたっぷりと滲ませるミス・ゴーディス。彼女は表面上、優雅で上品な笑みを浮かべている。
しかし、どうにもその笑みが恐ろしい。
(めっちゃ怒ってる。これ、私、知ってるよ!? このホラー・スマイルマスクみたいな笑み、これ内心でちょー怒ってるって知ってる!)
レイはミス・ゴーディスの圧全開の笑みにドギマギした気持ちを抱えながらも、ここで逆らえば本気でヤバい。そんな気がすると直感的に理解すると、サムソンの背につけられた鞍に手をかけ、鐙に足をかけようとした。
同時、サムソンがゆるりとした歩調で――パカリ。再び駆け出してしまう。
そのタイミングでレイはズルリ。まだ鐙に足をかける前だったこともあってか、レイは、数メートルほど引き摺られるだけで済んだ。
(これ、絶対私、おちょくられてると思う! もう! サムソンのあんぽんたん! 今日のご褒美激辛唐辛子にしてあげるんだからね! って、それだとサムソン死んじゃうか……。それはダメ……! 悪い子だから、ファッジ分けてあげないんだから!)
無様に彼女はムスッと膨れっ面で恨み辛みの念を込めて、サムソンを半目で睨みつける。
けれどサムソンからすれば、遊んでもらっている感覚でしかないのだろう。その証拠に、レイがミス・ゴーディスから「お嬢様!」と短く叱責されしょぼんとしていると、ぶるるんと鼻を鳴らしながらも「どうしたん? 話聞こか?」と言いたげに戻ってくるのだから。
とはいえ、その憎めない素直さがゆえに、戻ってきたところを必死に取り押さえ、レイは再び鐙に足を駆け、レッスンを再開させようとする。




