2話:レイムンドだと思ったらレイムンドじゃなかった! えっ、おにーさん誰!?・後編
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路地を出ると同時。太陽の光がぴかりと、暗がりに慣れた目を問答無用に攻撃し始める。
そのあまりの眩しさに、レイは思わず目をギュッと閉じながらも、何度か瞬きを繰り返し――チラリ。
レイムンドだと思っていた誰かへと視線を向けた。
明るい陽射しの下。路地裏にいた時にはよくわからなかったが、レイムンドだと思っていた誰かの容姿がよくわかるようになった。
というよりも、どこからどう見てもレイムンドではなかった。
ロングスパイラルヘアっぽいうねうねとした銀の髪に、空のような――海のような、青の瞳。そして、何よりも顔が良い。どこぞのアイドルか!? と聞きたくなるほどの美男子。
とはいえ、それは顔面だけ。態度は相変わらず面倒くさそうで、どちらかと言うと無気力型。
僅かに開けた通りの小さなカフェ・サロンに入るまで、どれだけレイが声をかけようとも「ああ」「うん」「そうだな」しか返してくれなかった。
そんな名前も知らない男の一人と店内に入り、テーブルを挟んで向かい合い、適当に飲み物を注文する。
それと同時。奥から弦楽器の優しい音色が流れ始める。どうやら午後の演奏が始まる時間らしい。
そんな優雅な音色に耳をうっとりとさせながらも、レイは名も知らぬ男の人に、にこりと微笑みかけた。
「さっきはほんとありがとう! ものすんごく嫌そうだったけど、結果的には助けて貰えたことには変わりないし!」
しかし、名も知らぬ男の人は、レイへと一瞥すらくれることなく。
「別に」
そうぶっきらぼうに答えて会話終了。
その後も必死に会話を試みるが、まったく弾むことはなく。
店員が珈琲と 正山小種をテーブルに届けるまで、レイは一人で一方的に喋り続けた。
しかし――
正山小種が届くと同時に、レイは物理的に言葉を失ってしまう。
このカフェ・サロンで人気だと、名も知らぬ男の人から教えてもらった、正山小種。
それは、松の木で燻製された、最古のフレーバードティーとも評される紅茶。
だが、これは本当に飲めるものなのだろうか? レイは手元のカップに両手を添えながらも、まじまじとその紅茶を見つめ――ぽつり。
(うぅ……めっちゃ変な匂い……。なんかこれ、正○丸みたいな臭いがする……いや、正○丸というかウィンナー? なんか、ウヘッ……。ってなる臭いがする……)
本当に飲めるものなのかと確認するべく、名も知らぬ男の人を無言で見つめた。
だが、名も知らぬ男の人は、そんなレイの無言の訴えに臆することなく、マイペースに珈琲を飲むばかり。
レイは名も知らぬ男の人の自由奔放な態度に、若干眉を下げながらもゴクリ。せっかく勧められたものを飲まないなど、失礼にも等しい愚行でしかない。
彼女は3シュガーほど正山小種の中へと投入すると、くるりとかき混ぜ――腹を括る。
息を止め、えいや! っと正山小種を飲んでみるものの……。
(ん!? なんか普通!)
意外なことに、味は無難。というよりも、香りがこれほどまでに臭くなければ、もう一度注文してもいいと思えるほど。
しかし飲んだ後も、正○丸のような匂いが鼻に居座り続け、なんとも言えない不快感が離れてくれない。
そんな香りに顔を顰めそうになりながらも、レイがあっ! と思い出したように革製ケースのフラップを開き、地図に汚れがないかの確認を始める。
すると、さっきまで興味なさげだった名も知らぬ男の人の視線が、引き寄せられるように自然と地図へと向く。
「その地図、どこで手に入れたんだ?」
「ん? レイムンドっていうおにーさんに貰った!」
「そうか」
野蛮童女が広げるその地図。見れば見るほど、何かを思い出せそうな気がしてくる。しかし、靄に包まれたように何も思い出せはしない。
(なんだ、この奇妙で不快な感覚は……)
彼は内心で不満を吐き出しながらも、微かに眉間を寄せると、軽く顎に触れ思考を巡らせようとした。
しかし、野蛮童女は空気が読めないのだろう。
「そう言えば、おにーさんってそのレイムンドになんか似てるの!」
そう言って、誰かもわからない名前を口にする。だが、彼はそのレイムンドという人物を知らない。
ゆえに、「そうか」と一言。会話を終わらせようとした。
だが、それほどまでに野蛮童女は、そのレイムンドという誰かのことを話したいのだろう。
「うん! あっ、でも容姿は全然違うよ? レイムンドは栗色の髪と瞳してたから!」
そう言って、再び会話を続けようとしてきた。
だが、誰かも知らない人物のことを口にされても興味を示せるわけもなく。
「そうか」
彼はそう相槌を打つだけに留め――はぁ……。
「でも喋り方がちょー似てるの!」
嬉しそうに、レイムンドとここが似ているだとか、ここが違うだのとか、誰も聞いていないことを嬉々として話続けてくれた。
ぺちゃくちゃとレイムンドのことを名も知らぬ男の人へと話し続けるレイ。そんな彼女とは対照的に、つまらなそうに頬杖をつき適当な相槌を打つ名無しさん。
そこには兄弟と言えるほどの親しみはなく、かと言って婚約関係のよう関係性も見えてこない。
その為、周囲の視線はかなり刺々しく。あの二人はどういった関係なんだ? と好奇の目に晒されていた。
その視線が煩わしいと感じてしまったのかもしれない。名も知らぬ男の人は、不意に立ち上がったかと思うと、
「……で、もう行っていいか?」
そう言って、そそくさと店を後にしようとする。
そんな名も知らぬ男の人のコーヒーカップは既にあと一口ほどしか残っていない。
つまり、『1杯だけなら付き合ってやる』という言葉通りの行動を取ろうとしているのが窺える。
それを認めたレイ。彼女は大きく目を見開きながらも、慌てて待ったをかける。
「えっ、もう行くの? せっかく会ったんだし、もう少し――」
だが、名も知らぬ男の人は、この後予定でもあるのだろうか。それとも言葉通りなのか。
「お前に付き合う義理はない。それに飽きた」
そう言って、残っていた珈琲をグイッと一飲み、「お前、金は持ってるのか?」と確認してきた。
とはいえ、お金を持っていないにもかかわらず、誰がお礼をさせてというものか。
「もちろん! そうじゃなかったらお礼したいなんて言わないでしょ? ほら!」
レイは誇らしげにそう言うと、持っていた小さな鞄を開けて見せてあげた。
しかし、野蛮童女が見せてきた鞄の中から出てくるのは、糸くずとくしゃくしゃに丸め込まれた紙切れのみ。
それを認めた野蛮童女は、ヤバッ! と言いたげに顔を青ざめさせ、何度も鞄の中身を確認する。
しかし、やはり出てくるのはただの紙切れ一枚と、糸くずのみ。その事実に気づいた野蛮童女は、困り顔で彼を見つめ――
「えっと……あ、れ? おかしいな……ははははっ……」
乾いた笑い声を漏らす始末。
それを認めてしまった彼は、「はあ……」と呆れを孕んだ息をひとつ。
上着の内ポケットからレザータイプの財布を取り出すと、会計を済ませ店内を後にする。
そんな彼の後を慌てて追いかける野蛮童女。彼女は、悪気があったわけではなかったのだろう。
「ほんっとごめん! 次はちゃんと持ってくるから!」
そう言って、何度も何度も鬱陶しいほどに謝罪を続けてきた。
「別に。大した額でもなかったしな。じゃあな」
彼はそう言うと、もう関わることもないであろう、野蛮童女に背を向けた。
しかし、まだ野蛮童女は何か用があったのか。
「え、あっ、ちょ、ちょっと待って!?」
そう言って、再び彼を引き止めてきた。
「は? まだなんかあんのか?」
そして、どんな重要な内容かと思えば、
「えっとね! 最後に名前くらい教えてよ!」
ただの名前確認。もう会うこともないにもかかわらず、なぜ名前を聞いてきたのか。
彼は僅かに訝しみながらも、一拍。どうすべきか、軽く思考を巡らせた。
しかし、野蛮童女のキラキラとした瞳が煩わしい。
彼はそんな野蛮童女をじっと見つめながらも、嘆息をひとつ。
「……セレスティア・ラヴィウスだ」
そう名乗った後、今度こそはと踵を返した。
レイはそんな彼の背中を見つめながら、
「セレスティア、かぁ〜。なんか、天空人みたいな名前だな〜」
そう復唱した後、父親への怒りも忘れ、ヴァーティン家へと戻るのだった――




