2話:レイムンドだと思ったらレイムンドじゃなかった! えっ、おにーさん誰!?・前編
「“レイムンド”! ねぇ!? なんで、そんな意地悪するの!? 私、めっちゃ困ってる! 助けてくれたっていいじゃん! だから好きな人に嫌われるんだよ!?」
そう必死に糾弾の皮を被せた懇願をしたところで、背後の男がまたもレイの腕を掴み、彼女は再び逃げ場を失ってしまった。
そんな男たちの空気の読めなさに、レイは苛立ちと恐怖をごちゃまぜにしながらも、「あー、もう!」そう投げやりな態度で持っていた革製の地図ケースを“レイムンド”へと向かって思いきり投げつける。
その渾身の投げやりが功を奏したのか。レイがブンッと投げた革製の地図ケースは極悪非道の“レイムンド”の背中にぶつかってしまう。
流石の彼もまさか物を投げつけられるとは思わず。苛立ちを含んだ声で振り返る。
「……はあ? なんなんだよ」
そして、背中にぶつけられた物が地図ケースだと理解するや否や彼は、それを気怠げに拾い上げ――瞬間。
以前もどっかで、こんなことがあったような気が……。朧気な既視感を覚えてしまう。
しかし、それ以上のことは思い出せない。
彼はそんな不可解な感覚に眉根を寄せながらも、なんだこれ? と革製の地図ケースを見つめ、中身を確認しようと真鍮の留め金を外し、フラップを開いた。
とはいえ、依然として男たちはレイを取り囲んだまま。
その温度差はかなりのもので、彼がレイを助ける気が全くないのが窺える。
そんな彼の行動にレイは、焦燥を募らせ言い放つ。
「あ、ちょっと、返して! それ、私が大事にしてる地図なの!」
そう必死に腕を伸ばして見るものの、彼はかなりのマイペースらしい。ケースから地図を取り出し眺めたかと思えば、顎に手を添え熟考し始めてしまう。
(ちょ、待って!? えっ、もしかしたらレイムンドじゃないかもしんない! え、誰!? 私、レイムンドじゃない人に地図投げちゃった!? えっ、器物破損じゃん! うわ……)
レイはそんなレイムンドじゃないかもしれない誰かの存在に気がつくと、内心で後悔を露わにする。
だが、よくよく考えてみれば、多分悪いのはレイムンドに似た誰か。彼が面倒くさがらずに助けてくれれば、こんな事態に陥っていなかったはず。レイはそう考え直しながらも、どうやってこの不審者たちから逃げるか――次なる策を講じ始めた。
(これ、絶対助けてくれないパターンなのはもう私理解した! だから最悪、この臭い不審者の玉蹴れば良いんだよね!? なんか昔、不審者に出会ったらそうしなさいってママに言われた気がする!)
レイはそう内心で次善策を発案すると、すぐさまそれを実行しようとした。
一方のレイムンドと誤認されていた誰かはと言うと――
(これが地図だと? ただの理解不能な文字の羅列じゃ……)
彼は、内心で訝しみながらもぽつりと呟いていた。
そんな彼の態度に男らは、苛立ちを募らせ排除しようと試みる。
「おいそこの兄ちゃん、俺らは“商談中”だっつてんだろ? とっととどっか行けよ」
しかし、そんな男たちの声に耳を貸すなど無駄なことでしかない。そもそも彼は、今、野蛮童女から投げつけられた物が、本当に地図かどうか精査しているところ。
ゆえに、その声を何度か聞き流していたのだが――
「おい聞いてんのか!?」
弱い犬のようにワンキャンと吠える男たちの気配が、殺意に変わると同時。
彼は熟考するのを一旦止め、地図をケースに戻すとフラップを閉じ口を開いた。
「勝手にやっとけよ? それとも俺が近くにいたら困るのか?」
そんな彼の言葉に反応したのは、男たち――ではなく野蛮童女。
「困る! 非常に困るよ! ねぇ、レームンドに似たそこのおにーさん! お願いだから地図返して! 私のことはもういいから、それ返して!」
そうどこかズレたことを言いながら喚き散らしてくる。
彼はそんな野蛮童女の態度に深く溜め息をつくと、気怠げに頭を搔いて言葉を継ぐ。
「あんま騒がれると、俺まで巻き込まれるんだよな。はあ……面倒だが、仕方ねえ」
そして次の瞬間、彼は革製の地図ケースを天高く投げると、男たちの前へスッと歩みを進める。
それを認めた男たちは、彼が自身らに危害を加えようとしていることに勘づいたのだろう。
「俺たちの邪魔をするって言うのか? やってやろうじゃねえか!」
男たちは彼を牽制するようにナイフをちらつかせ、攻撃魔法だろうか。炎を凝縮したような玉を放ち、襲い掛かってきた。
だが見たところ、男たちの攻撃力などたかが知れている。
「ほんと、めんどくせえな」
彼はボソリと呟くと、武器を片手に、襲いかかろうとする男たちの攻撃を軽くいなすと、滑らかな動作で間合いに入り込み、肩を支点に放物線を描くように投げ上げてやる。
「ぐっ……」
石畳に叩きつけられた下品な顔のおっさんは、呻き声を上げる間もなく、地面に伏し顔を顰めながらも彼を睨みつける。
とはいえ、おっさんは数分は動くことができないだろう。彼は内心でそう判断すると、次は炎の玉や凝縮された水を放つひょろっこいおっさんへと間合いを詰めていく。
そして、軽くおっさんらのみぞおちに蹴りを決め込んだところで、ほとんどのおっさんらが石畳に伏した。
とはいえ、仲間思いの連中なのだろう。まだ動けるおっさんの数人が、仇討ちと言わんばかりにどこで拾ってきたのか。棍を勢いよく振り下ろそうとする。
彼はそれをチラリと確認すると、そんなおっさんらの腕を掴んで重心を崩していく。
「まだやんのか? だが、やるだけ無駄だと思うがな」
重心が崩された男らは、彼が手を下すことなく、自らの勢いに任せて前のめりに倒れ込んでいってしまう。
それに恐怖でも覚えたのか。それとも、勝てないと悟ったのか。
「な、なんなんだよ。逃げるぞ!」
おっさんらは、動けなくなった仲間を回収した後路地の奥へと逃げていってしまった。
その様子を認めたレイ。彼女は、そんなレイムンドだと思っていた誰かの圧倒的な強さに、へたりこむように膝を抑え、小さく安堵の息と文句を吐いた。
「はあ……助かった……のかな? どっちかというと、すっごく嫌々助けられた感じだけど……」
そんな野蛮童女を見遣りながらも彼は、おっさんらが逃げたと同時に降ってきた地図を掴むと、そのまま野蛮童女へと地図を投げ返し、踵を返す。
そんな彼の内心は、実に鬱々としたものだった。
(はあ……。何が嬉しくて、面倒ごとに首突っ込まされなきゃいけねぇんだよ)
とはいえ、もうこれ以上、この野蛮童女と関わることはないだろう。今回はタイミングが悪かったと考え、すぐに忘れるのが吉。
ゆえに彼は、大きく伸びをしながらも路地裏を後にしようとした。
しかし――
レイは、レイムンドだと思っていた誰かから、投げ返された地図を落としそうになりながらも何とかキャッチすると、満面な笑みを浮かべ声をかけた。
「あっ、おにーさんありがとう! って、ちょっと待って!?」
「は? なんだよめんどくせえな。お前、さっきまで攫われそうになってたってのに、随分元気だな?」
「え、普通じゃない? というか、お礼! お礼させて! ほら、こんな路地で突っ立ってるのも危ないし! 一緒にお茶か何か……!」
レイが懇願の眼差しを向けると、青年は「はあ……」と露骨な溜め息を漏らす。
その様子は呆れたとようにも見えるが、ただただ怠惰なだけなようにも思える。
だが、助けてもらったならば、お礼をするのが常識。レイは、「まぁまぁ〜」と言いながらも、レイムンドだと思っていた誰かの服の袖をチョンッ、と摘みながらもにこり。
「何かしてもらったら、ちゃんとお礼しなきゃなんだよ!」
そう言って、レイムンドだと思っていた誰かの後を追った。
そんなレイに根負けしたのか。それとも、お腹でも空いていたのか。レイムンドだと思っていた誰かは、深い息を吐き出したかと思えば一拍。何かを考えるような間を設けると、肩を竦めて提案してきた。
「じゃあ、そこの角曲がった辺りに、カフェ・サロンがあったろ? そこなら俺もよく知っている。一杯くらいなら、付き合ってやる」
その返答に満足したレイは、「ほんと!? わーい!」と喜色満面の笑みを浮かべると、店の場所も知らぬまま、レイムンドだと思っていた誰かの手を引き、路地裏を後にするのだった。




