1話:レイムンドのバカ! 変態! ロリコン! このろくでなし!・後編
「おやぁ? こんな路地裏に、一人で入ってくるなんて珍しいねぇ〜」
ニヤニヤとした薄気味悪い笑みが、ぬるりとレイの方へ向けられる。そんな彼らの視線は、どこか獲物の品定めをする獣のよう。
その視線にレイは思わず足を止め、身をギュッと縮ませた。
そんなレイの態度を認めた男たち。彼らは、お互いにアイコンタクトを取り合うように、こくりと軽く頷くと、じりりと彼女へと接近し始める。
それは、確実に危険の前触れ。
「えっ……あ、すみません。通りますね〜?」
レイはそう言って、自然な様子で男たちの横を通り抜けようとした。
だが、狙いは十中八九、レイ・ヴァーティン。ゆえに、男の一人が立ちはだかり逃げ道を塞いでしまう。
「はは、そんなに急いでどこへ行くんだ? ちょっと俺たちと遊んでいけよ」
「いや〜。私、そんなに暇じゃないし〜? 急いでるから、うん! 私、急いでる! だからバイバイッ!」
強行突破する為、急ぎ足で男たちの隙間をくぐり抜けようとした。
だが――
(いや待って!? これ、無理じゃない!? これ、多分無理ゲーなんだけど!?)
まだ8歳児のレイは、平均より少し小さい125センチ。体重は23.5キロほど。そんなレイとは打って代わり、彼女を包囲しようとしている男たちは、一人を除いてぶよぶよのでぶでぶ。多分、ハゲ男よりも太っている。
(うぅ……あの時、大丈夫〜! って言ったの誰!? 全然大丈夫じゃないじゃん!)
そんな後悔を内心で叫んだところで、時間を巻き戻すなど、多分不可能。
ここは逃げるか、戦うか。
必死に打開策を講じようとするものの、こんな場面に出くわしたことがない。
(どうする? どうすればいい?)
瞳をふるふると揺らしながらもレイは、必死に考えを巡らせ続けた。
だが、考えたところで何も良策など思いつかない。それどころか、男たちがじりりとにじり寄ってきている。
レイはそんな男たちに抗うべく、ゴクリと唾を飲み込んだ後、大きく息を吸い言い放つ。
「ちょっとどいて! 私急いでるんだから!」
気の強そうな子供を演じてみるものの、男たちは全く動じない。
「なぁに、そんなに怖がらなくてもいいさ。ちょっと付き合ってくれりゃいいんだ。いい店も知ってるし、なあ?」
垢に汚れた薄汚い手。ニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべる不審者。それにめちゃくちゃ臭い。多分、お風呂に1ヶ月は入っていない。
そんな男たちを眼前に、レイの心臓はどんどん音を立てて跳ね上がる。
(やばい……どうすればいい!? いや、私が悪い。これ、完璧私が悪い! でも、どうしたらいいの!?)
そう内心で焦燥を募らせ――
今に至る。
こんな裏通りでは人が通る気配もなく、助けを呼んで来てくれる保証はない。しかし、やらずに後悔する道など選びたくない。ゆえにレイは、声を震わせながらも、全身全霊大きく息を吸いこみ声を張り上げ叫んだ。
「ロリコン! ロリコン誘拐犯! 誰か助けて!」
絶叫じみた声は路地の壁にぶつかって、甲高い反響を返すのみ。それに応えてくれるものなど存在しない。
(どうしよ……このままじゃ私、シリウスに首刎ねられる前に、私死んじゃう!? そんなの絶対嫌! もう、誰でもいいから助けてよ!)
「おいおい、お嬢ちゃん。ここに人なんて滅多に来ねえんだよ。とっとと諦めて、俺らと遊ぼうや」
男が腕を伸ばし、レイの肩を掴みかけた、瞬間――カツンッ。
「はあ……変な路地に入り込んじまったと思ったら、いきなり面倒ごとかよ」
横合いから低い声が聞こえ、レイの視界にぼんやりと青年の姿が映った。
彼は路地裏の暗がりにしれっと紛れていて、どうにも面倒くさそうな態度を隠そうとしない。
だが、その一言で男たちの意識がわずかに逸れ、レイは一瞬、息をつく。
(よかった、誰か来てくれた! ていうかこの声――)
そこまで思考を巡らせると同時、レイの心にわずかな希望の光が灯る。
(もしかして、“レイムンド”が助けに来てくれた!? めっちゃ良いタイミング! これなら逃げれるかも!)
だが、ここで悲劇のお姫様に落ち着くレイではない。ゆえに彼女は、“レイムンド”らしき誰かの登場で少しばかり意識が自身から逸れたことを良いことに、すぐさま逃げようと足を前へと踏み出し、石畳を蹴り上げようとした。
しかし、男たちのうちの一人がすぐさまそんなレイの動きに勘づいてしまったらしい。彼女の近くにいる男へと何やら怪しげなアイコンタクトを取ったかと思えば、すぐさま肩をガシッと掴まれ取り押さえられてしまう。
そして、悪役さながらのニマニマ笑いを添え、レイムンドへと、男の一人が噛み付いてしまう。
「なんだお前? 口を挟むな。こっちは今、上玉と商談中なんだよ」
けれど“レイムンド”は、男たちに興味がないらしい。軽く肩を竦めると、軽く鼻を鳴らして言い捨てる。
「生憎、あんたらの仕事を邪魔するつもりなんてない。そもそも迷子になっちまっただけだ。だからそいつは煮るなり焼くなり好きにしろ」
そして、特に何事もなかったかのように踵を返してしまう。
それは、レイの予定にはなかった結末。ゆえに彼女は、顔を青々とさせながらも、“レイムンド”へと吐き捨てた。
「ちょっ、ちゃんと助けて! 中途半端に横槍入れるなら最後まで責任取って……!」
だが、どういうことなのだろうか。“レイムンド”は、そんなレイの言葉に取り合う気がないらしい。
「うっせえな……」
そう言って面倒くさそうに髪を掻くばかり。
(え、なんでなんでなんで!? “レイムンド”! 私! 私だよ!? ねぇ、数ヶ月会わないうちになんかめっちゃ冷徹無道になってない!?)
頭を思いっきり鈍器で殴られるような衝撃を覚えるものの、第三者に助けを求めようとしたのがそもそもの間違い。
それがいくら“レイムンド”だとはいえ、彼が助けてくれると信じた自分が悪い。
レイは、そんな“レイムンド”への恨み辛みをぶつけるように、男の腕へと思いっきり噛み付いてやる。
「いっ――こんのクソガキ、何しやがる!」
だが、その行動は結果的に良かったらしい。まさか反撃を受けるとは思っていなかったらしい、レイを捕まえていた男の力がふっと弱くなる。
彼女は、その隙をついて飛び出し、一目散に“レイムンド”の後を追いかけ――




