シリウス編・1話:レイムンドのバカ! 変態! ロリコン! このろくでなし!・前編
「誰か助けて! 痴漢です! この人たち変態です! あっ、違う、ロリコンです! ロリコン誘拐犯です!」
寂れた路地裏で、甲高い声が苔むした壁へとぶつかり反響する。
しかし、助けを呼ぼうにも人が来る気配など皆無。ただいま、レイ・ヴァーティンは絶賛ピンチ中である。
こうなった経緯は、遡ること数時間前――
大成功とは言い難いデビュタントを終え、数ヶ月が経ったとある昼下がり。
ハゲ男――改めバルドフ・ヴァーティンは、ブドワール事件のことを未だに引きずっているらしい。レイが何かしでかす度にそれを棚に上げ、問答無用で叱責し続けた。
そんな彼の態度に、流石のレイも我慢の限界。半ば家出同然に屋敷から飛び出してしまった。
(ほんと、ムカつく! だからつるぴかぴんになるんだよ! もう! 亜鉛取りなよ亜鉛! 後ビタミンも取るべきだと思う! アーモンドとかさ、牡蠣とか!)
そんな不満を抱えながらもレイは、行く宛てなどなくふらりふわわわと足を進め――ピタリッ。
ふと辺りを見渡し、首を傾げてしまう。
(えっと……ここ、どこだっけ?)
レイの眼前には、大きなお城が建っており確実にどこかで見たような景色。
そして、城を守るようにしてドデーンッと佇立する門も見覚えが――
彼女はじーっと、その城を眺めること数秒。ポンッと手を打ち閃いた。
「あ〜! ここシリウスの家じゃん!」
なぜ、シリウスの屋敷に来たのか――わからない。そもそも、ずっと馬車で移動しており、多分……いや、十中八九、シリウスの屋敷に歩いて行ったことはない、はず。
(なんで私、シリウスの家来れたんだろ?)
レイは、自身の行動に疑問を覚えながらもチラリ、さらり。
どうせならば、シリウスに会っていこう! と、彼の姿を探してみる。
だが見た感じ、彼の姿は見当たらない。
(シリウスお仕事中かな? それだったら会えないか〜。はぁ……でもなんで私、こんなとこ来ちゃったんだろ?)
レイは軽く軽く息を吐き出すと、会えそうにもないシリウスのことなど即座に諦め、シリウスの屋敷――王宮に背を向けると、王都の街ロヴィーナへと踵を返した。
そんな彼女を窓から見下ろすひとつ影。
「……何しに来たんだあいつ?」
影は、少しばかし苛立ちのようなものを覚えながらも、僕には関係ないと毒づくと一拍。カーテンをピシャリと閉めてしまうのだった――
◇◆◇
そんな誰かの存在など気づくことなく街に着いたレイは、目を丸く見開き、佇んでいた。
石畳の上を馬車がパカラと蹄を鳴らし、そこらで露店の呼び込みの声が溢れ活気づいている。
そんな賑わいを見ているだけで、ハゲ男に叱責された嫌な記憶も、多少は薄れるというもの。
(そー言えば、ここって確かレイムンドのお店あったとこの近くだよね? あの時はドレス作らなきゃ! って焦ってたからこういうのあんまり眺めれなかったけど、やっぱこういう雰囲気っていいよね〜)
そう思いながらも、一拍。
「……っ! レイムンド! そーだ! レイムンドにレビュタント成功したよって報告しなきゃなんだった! 前は地図なくて店見つけれなかったけど、今日はなんか持ってきちゃってたし、会えるかも!」
レイはそう言うと、久しぶりのレイムンドとの再会を胸に、街道のメインストリートから外れた脇道へと足を踏み入れる。
もちろん、革製の地図ケースを片手に持って。
メインストリートから外れた路地へと続く道は、道幅は一気に狭くなり、石畳の隙間からは灰色の汚水のような液が染み出し、鼻をつくような腐敗臭が漂っている。
そんな寂れた路地裏内。レイはあまりにも強烈な臭さに、思わず顔を顰め不満を漏らす。
「うえっ、なんかワキガの臭いみたい……」
とはいえ、こんな場所だっただろうか。記憶の中ではもう少しマシな雰囲気だったような気もするが……。
そう思いながらも周囲をキョロキョロ見渡していると、どういうことだろうか。いや、道を間違えたのか。
(……こんな暗かったっけ?)
どう考えても、違う道のような気がする。
だが、絶対に間違っているという根拠もない。レイはほんの少しだけ考えながらも――
(いや、でもまあ……大丈夫な気がする! だって地図あるし! それに、数ヶ月前のことだからちょっと曖昧になってるだけかもだし! きっとこの奥にレイムンドの店あると思う!)
レイはそう自身に言い聞かせながらも、ほんのちょっぴり不安を胸に、ゆっくりと路地裏の奥へと足を進める。
「大丈夫、大丈夫」
そう何度も口に出しながら路地の角を曲がると、何やら数人の男たちが、ひそひそと話し込んでいるのが見えた。
その様子は酔っ払いの集会にも見えるし、物取りの略取者にも見えなくない。
(なんかヤバそうな人たちだな……。関わらないでおこっ)
そう思いながら早足に通り過ぎようとするが、それほど広くない路地裏。
つまり――




