デビュタント編・完 23話:ふぅ……疲れた! レビュタント終わったー! これで私死なない!? 大丈夫かな?・後編
「お前は何を言っている? 手紙にも行くことは書いただろ? それに勘違いするな。これは王家に泥を塗らないためだ。決してレイ・ヴァーティン、お前のためではない」
しかし、手紙が彼女の元に届けられた形跡はない。
レイはポカンと口を半開きにし、首を斜めに問いかけた。
「手紙……ってなんのこと?」
その言葉にシリウスは、深く刻んでいた眉間の皺をより一層、深く刻み、レイへと疑いの眼差しを向ける。
「は? 僕は“行く”旨の手紙を速達で返したぞ!?」
だがそんな事実、彼女は知らない。
「えっ、でも実際届いてないよ? 会場に来る前にも確認したけど、手紙入れになんも入ってなかったけど……」
それを受けたシリウスは、不可解な事象に当惑するような態度で髪をくしゃり。苛立ちを吐き出すように小言を漏らす。
「はあ……。なんなんだよ」
しかし、届いていないものは届いていない。それに加え、お互い返信した、届いてないと言ったところで水掛け論の平行線。
(ちゃんと手紙の返事書いてくれてたんだ! 今回は届かなかったけど、郵送事故とかまあ、よくある話だろうし……うん、仕方ない!)
レイは内心で少しだけ考えを巡らせながらも、ずっと気になっていた疑問を口にした。
「まあ、返信してくれたんでしょ? ならシリウスのこと信じる! もしかすると、帰ったら届いてるかもしれないし! それよりもさ、どうしてあんなに息切らしてたの?」
そんな唐突な話題変更をするレイ・ヴァーティンを前に、シリウスは思わず目をぱちくりと瞬かせ、口をあんぐりと開きそうになる。
だが、そのような端ない真似などできるわけもなく。シリウスは、グッと理性で押さえ込みながらも、淡々とした声音で苦言を呈した。
「は? 話変わりすぎでしょ…………」
そんなシリウスの発言に、キョトンと小首を傾げるレイ・ヴァーティン。
「だって気になるし?」
彼女はそう言うと、上目遣いで「答えたくない感じ?」と言葉を続ける。
その姿はどこか子犬のようで――
(ああ、もうやりにくい。なんなんだよこいつ!)
シリウスは若干、耳が熱くなるのを感じながらも、はあ……。経緯を口にしてやった。
「お前のデビュタントに間に合うように、開始時間の30分前に着くよう、王宮を出たんだ。にもかかわらず、突然馬が暴れだして車が横転しそうになったり、危うく見知らぬ馬車と接触しかけたり……色々不可解なことがあったんだよ」
その説明を受けたレイ・ヴァーティンは、満月のように目を丸くさせながらも、シリウスには理解できない言葉を口にし始める。
「えっと、シリウスって今日、厄日だったりする……?」
だが、厄日などと言われてもそんな言葉、この世に存在しない。シリウスは、レイ・ヴァーティンの不可解な言動に肩を竦めながらも、微苦笑をひとつ。指摘した。
「は? なにそれ、意味わかんないんだけど?」
「えっとね、なんか災難が槍のようにバババッて降ってくる感じ!」
「いや、その例えも意味わかんないから」
感覚主導で、説明になっていないレイ・ヴァーティンの説明。だが、シリウスは別に理解できなかったわけではなかった。
(例えが下手すぎるけど、レイの言う通りかもしれないな。だって、まるでレイの元には行かせないって誰かに阻止されるみたいに、今日は色んな災難に見舞われた日だったから)
内心で疑念を吐き出すも、今回の件は偶然か第三者の介入かわからないのが現状。
「少し、調べてみるか……」
シリウスは小さく呟くと、レイのことなど無視を決め込み、足早にブドワールを退出するのだった。
◇◆◇
そんなこんなで波乱はあったものの、無事デビュタントを終え、馬車に乗り込んだレイ。
しかし、そこに待ち受けていたのは鬼の形相をしたハゲ男だった。
どこから洩れたのか、彼はすでにレイが引き起こした“ブドワール事件”の内容を知っており、「お前は何をしているんだ!」と、屋敷に着いたあとも、日を跨ぐほどにくどくど叱られる羽目に。
ようやく解放され、自室に戻って柱時計に視線を向ければ、夜中の1時を優に超えている。
「はあ……別にそんなに怒んなくてもいいじゃん! シリウスの足折れてたらどうしてたの!? もっと私のことわかってくれてもいいじゃん!」
そんな怒りを吐き出しながらも、ペシペシ、ペシペシ。枕をハゲ男に見立て、軽く叩きつけるものの――
「……なんか、ごめん」
次第に枕が可哀想に思え……思わず謝罪を口にした後、仲直りのなでなでをしてやる。
しかし、なぜ自身は枕のご機嫌取りを行っているのか。
「はあ……私なにしてるんだろ」
途中で正常な判断を取り戻したレイは、そっと窓際へと歩み寄り、静かにカーテンを開き外を眺めた。
真っ暗な空に星々が浮かび、どこかムカムカしていた心を落ち着かせてくれる。
レイはそんな夜空を見上げながらも、アリスがサプライズ的に登場し、背中を押してくれたこと。シリウスがギリギリながらもちゃんと来てくれたこと。そして、ゴーディスのアドバイスが的確だったことや、ちょっとしたアクシデント……。今日のレビュタントのことを振り返った。
「ちょっと失敗しちゃったところもあるけど、これで汚名返上できたかな? 処刑まっしぐらにはならないよね?」
そんな不安を胸に抱えながらも、レイはカーテンをシャッと閉め、ベッドにごろんと寝転がる。そして、余韻に浸るように目を閉じると、ぽつり。
「大丈夫。私、めっちゃ頑張ったし」
ここ1ヶ月の疲労や、緊張の糸が解けたこともあり、レイはそのまま瞼の裏側。暗闇の世界へと沈み込むのだった――
◇◆◇
そんな彼女の就寝と同時。
キィィィ――
誰かがレイの部屋へと訪れたらしい。蝶番の軋む音が、微かに部屋に響き渡る。
しかし、疲労困憊で深い眠りについたばかりのレイは、その音に気づかず夢の中。
そんな無防備な彼女の姿を認めた訪問者は、コツンッ。ほんのりと足音を立たせ、レイが眠るベッドへと忍び寄ると、くすり。あどけなくも無邪気な音色を奏でる。
「おねーさん、今日はよく頑張ったね? 楽しかった?」
だが、眠っている彼女が答えるはずもなく。ただ聞こえるのは、穏やかな寝息と柱時計が刻む機械音のみ。
訪問者は、その静寂に零れる小さな調べに耳を傾けながらも、優しくレイの頬を撫でると、ぽつり。更に言葉を継いだ。
「まっ、あのまま失敗して孤立無援状態になってくれた方が、僕的には楽だったんだけど、ね? でも、キミもキミで頑張ってたもんね? だから、ご褒美を用意してあげたよ。そのご褒美を貰って、レイがどんな顔をするのか、とても楽しみだな〜。
ふふっ、今度は僕の期待に応えてね?」
そして、チュッ。
「おやすみレイ。いい夢を」
レイの白くも柔らかな頬に唇を落とすと訪問者は、満足気な様子でレイの部屋を後にするのだった――
これにてデビュタント編・完となります。
明日(2026/06/21)からはシリウス真相編を掲載予定となります。
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