22話:ヤバい、野菜の魔法が切れちゃったって思ったら、シリウスの足踏んづけちゃった! どうしよ、骨にヒビ入ってるかも!?
そんな不穏な影の消失に気づかないまま、二人は調和の取れたステップを踏みながら、優雅にワルツを踊っていた。
(最初はどうなるか焦ったけど、普通に踊れて安心した)
シリウスは、内心でレイ・ヴァーティンを再評価しながらもじっと見つめ、ぽつり。
「……意外と踊れるじゃん?」
つい本音を洩らすように小さく呟いた。
瞬間、何が起こったのか。ダンスも終盤。だというにもかかわらず、嫌がらせでも思いついてしまったのか。レイ・ヴァーティンの行動に、怪しい雲が浮かび上がる。
「あっ……」
シリウスから声をかけられ解けてしまった野菜の魔法。レイは、微かに焦りを含む声を洩らしつつも、思わず頭を真っ白に染めてしまい――ぐにっ。
レイはバランスを崩してしまったと同時。誤ってシリウスの足を思いっきり踏んづけてしまう。
突然、走り抜ける鈍い痛み。それは、中指の付け根辺りからじんわりと侵食するように、上ってくる。
その予想だにしていなかった唐突な痛みに、シリウスは小さく声を漏らしてしまう。
「いっ……!」
しかし、ダンスで足を踏まれることなど日常茶飯事だと聞く。いや、実際に踏まれたことはないのだが――王家お抱えの家庭教師に、そう教えてもらったことがある。
ゆえに、その可能性を考慮しておくべきだったのだが――
(……くそっ。僕としたことが、そこを失念していたなんて)
レイ・ヴァーティンが、そんな地味な嫌がらせをしてくるわけがない。やるならもっと大胆な方法を取ってくる。あの時のクローウィンのように。
そんな考えがあったからか、自身の考えの甘さに反吐が出そうになる。だが、ここでダンスを止めるなど、王家の人間として顔が立たなくなってしまう。
ゆえにシリウスは、グッと痛みを耐え忍ぶように奥歯を噛み締めると、そのままダンスを続行しようとした。
だというにもかかわらず。
(こいつはどこまで僕に恥をかかせれば済むんだ)
レイ・ヴァーティンは、シリウスの考えなど意に介さないというように動きを止め、足元を覗き込もうとし始める。
「ご、ごめんなさい! 大丈夫……じゃないよね? 痛いよね……」
その行動は理由を知らぬ周りからすれば、恐らく怪しさ満載といったところだろう。
ゆえに、レイ・ヴァーティンの不可解な行動を見た貴族連中は、顔をあからさまに顰め、音楽が止むと同時に非難の声を小さくも上げる。
「いったい何をしでかすつもりなのかしら?」
「曲も終わっていない段階で、寸劇でもおやりになられるのでしょうか?」
「ここまで常識を弁えないとは、ヴァーティン家はどんな教育をしているんだ!?」
だが、レイからすれば今はそんな言葉に耳を傾ける余裕などない。
なんせ、自身の首を刎ねる予定のある、シリウスの足を思いっきり踏んづけてしまったのだ。そんな周囲の騒音に耳を傾ける余裕がある方がおかしいというもの。
「私がミスしちゃったせいで、シリウスに痛い思いをさせちゃって、本当にごめんね……」
レイは、必死に謝罪を続けながらもシリウスの足を撫で続けた。
そんなレイ・ヴァーティンの言動に困惑を覚えるシリウス。
(急に、どうして僕の足なんか摩り始めたんだ? クローウィンを殺した時だって、お前は冷めた瞳で僕を突き放したじゃないか。なのに……なんで急にそんな変な行動をするんだ? これもお前の計画のうちか?)
彼は内心で疑念を投じながらも、あの時のレイ・ヴァーティン同様に、冷たい言葉を放った。
「……なにその態度。前みたいに開き直って暴言のひとつやふたつ吐けばいいだろ」
だというのにレイ・ヴァーティンは……。
「だ、だって、ヒールのピンって結構鋭利なんだよ!? もしかすると、骨にヒビ入ってるかもだし、すぐ休憩室に行って診てもらった方がいいと思うの!」
そう言って、彼の腕を引っ張りどこかへ連れて行こうとする。
その行動は考え無しのようにも思えるほどに唐突。ゆえにシリウスは、思わず目を見開き拒絶を示す。
「は? ……大した怪我じゃないし大袈裟すぎ」
しかし、レイ・ヴァーティンの目には、彼が痩せ我慢しているようにでも映っているのだろう。いや、それか、会場から引き離し次なる嫌がらせをしようとしているのか。
「いやいや、だめだよ!? 骨にヒビ入ってたら、早めに応急処置しないと形が変になっちゃうって、SNSで誰かが言ってたよ!?」
意味のわからない単語を並べて、大袈裟なことを言い続けるばかり。
(お前は僕をどうしたいんだ?)
思わず内心で問いかけるシリウス。しかし、レイはそんなシリウスの疑念などには気づくことなく、内心で焦りを吐き出していた。
(えっと……えっと、えっと……こういう時、どこ連れて行けばいいんだっけ!?)
レイはあたふたと周囲を見渡しながら、どこかシリウスを休ませれる場所はないかと必死に探し――ハッ!
(あそこだ!)
そう確信すると、迷うことなく近くのブドワールへとシリウスを連行しようとした。
その行為は、彼女からすれば紛れもなく善意でしかない。いや、そもそもブドワールが一番近くにあったのだから、そこに連れていくのが効率的。
しかし、シリウスからすれば地獄でしかない。ゆえに彼は、ぎょっと目を見張り、全力で抗った。
「お、おい、そこ女専用だろ!? そんなとこに僕を連れ込もうとするな!」
しかし、彼女は馬耳東風。まったくと言っていいほど、彼の発言に耳を貸す気がない。
「急患なんだから、細かいこと言わないで! お医者さん呼ぶにもここなら落ち着いて対処できるでしょ!?」
そう言って、問答無用でシリウスを、ブドワールに連れ込んでしまう。
「レイ・ヴァーティンが内定(暫定)婚約者である第3王子をブドワールに連れてこんだ」
というスキャンダルによって、よけいレイ・ヴァーティンの悪評に拍車がかかるとも知らぬまま――




