21話:人参! パプリカ! ピーマン! それから……ええっと……かぼちゃの南蛮漬け!・後編
(やばっ……次どうするんだっけ!? ねえ、シリウスお願い! リードして! 次わかんない! 覚えたはずなのに、頭真っ白になって、何するか忘れちゃったんだけど!? 次、右ターン? 重心どっちにするんだっけ!? ていうか、ねぇ、その目。ちょっとよけいわかんなくなるから一旦、止めよ? ね、ね? お願いだから、そのプレッシャーかけるような冷え冷えの視線止めてぇぇぇ!)
レイは内心で慌てふためき続ける。だがその状態で次のステップを思い出そうとしたところで、よけいドツボにハマってしまうことに。
そんなレイ・ヴァーティンの動きに翻弄されるシリウス。彼は自由奔放に動こうとする彼女に、自分なりに落ち着かせようと注意を促した。
「おい、しっかりやれ」
しかし、パニックに陥ってしまったレイは、その言葉で一層、普段のような自然な態度を保てず。
「ご、ごめん……」
慌てて謝罪を口にするも、より優雅さからかけ離れたものへと変化してしまう。
それを認めた周囲の貴族たち。彼女或いは彼らは、囁くような声で、二人のダンスに難色を示す。
「あのダンスはいったい何かしら?」
「優雅からほど遠いですわね」
「スパルタで有名と名高いミス・ゴーディスを雇ったらしいが、彼女は何を教えたのか」
その批判的な言葉を耳にしてしまったレイは、思わずぐるんぐるんと目を回し、既に収拾がつかない状態に。
(ど、ど、ど、どうしよ!? これじゃミス・ゴーディスの顔が泥団子になっちゃうし、シリウスも怒っちゃう)
色んな感情が渦巻き、体が無意識に力んでいく。そのせいか、思わずシリウスの手を強く引いてしまうレイ。
そんな突飛のない行動に、まさかそう来るとは思わなかったシリウスの体は、必然的にレイ・ヴァーティンへと引き寄せられ――
「お、おい!」
反射的に彼女へと呼びかけようとした。
それに気づいたレイ。彼女は、自身の方へと近づいてくるシリウスを認めると同時に、内心でやばっ……どうしよう!? と焦りを募らせながら、顔を青々とさせていく。
瞬間――
『いいですか、お嬢様』
ふと、ミス・ゴーディスの声が脳内に響いた。
それは、レイがカーテシーを披露し、彼女から苦言を呈された後。馬車が会場へと向かう前に告げられた台詞。
◇◆◇
『いいですか、お嬢様。万一にもシリウス第3王子との息が乱れてしまった場合、完璧に踊ろうなどと思わないでください』
そう真剣な眼差しで言うミス・ゴーディス。しかし、レイは理由がわからずキョトリと首を傾げてしまった。
『えっ、どうしてですか?』
『完璧に踊ろうとすればするほど、体に力が入り呼吸が乱れてしまうからです』
『じゃあどうやって立て直せば……?』
『それは簡単です。周りを野菜だと思い込みなさい』
『へっ?』
『緊張する理由は、周りに人がいると思うからです。野菜は食べ物。人間は自分一人。野菜に気負わされるレイ・ヴァーティンではないでしょう?』
◇◆◇
それを思い出した瞬間、レイは彼女が言いたいとすることを理解した。
(あ、なるほど。ミス・ゴーディスはこうなることを予想してたんだ……)
それは、ミス・ゴーディスに未来を予見されていたこと。
(やっぱりあの人、お化け魔王女だったんだ……)
レイは、ミス・ゴーディスの予想能力の高さに若干の恐怖を覚えながらも、小さく息を吐き出すとぽつり。
「ミス・ゴーディス。ありがとうございます」
そう感謝を言葉にすると、視界に映る全てを野菜だと思い込む暗示をかけ始めた。
(落ち着け、落ち着け……私。あの人なんかキャベツっぽいからキャベツになれ! あっちはにんじん、その隣はパプリカ、トマト。それから……あれは……白菜? で、あっちは佃煮! でその隣はかぼちゃの南蛮漬け!)
そんな即興で作った呪文を内心で呟き、一人、また一人と人間を野菜へと変えていく。
そのお陰か。バランスが崩れぶつかりそうになっていたレイとシリウスは、ギリギリのところで耐え、人間が野菜になっていくたび、自然と彼女の足のもつれは少しずつ解けていった。
そして、周囲のざわめきがちょうど良い距離にぼんやりと遠のき、シリウスの手の温もりと、軽快なヴァイオリンの音色だけがレイを支え始めた頃。
さきほどまで噛み合わなかった歯車が少しづつ絡み合い、歪なラフレシアのような蕾が、幸せを舞い込ませる胡蝶蘭のような、美しい花へと生まれ変わっていく。
そんなレイ・ヴァーティンの変化をすぐさま感知したシリウス。彼は内心で安堵の息を吐きながらも、自然な態度でリードを始める。
その甲斐あってか、周囲から向けられていた白眼視が、ほんのりと温かみの帯びたものへと変化する。
だが――
◇◆◇
「ふーん。あの王子様、会場に来ちゃった挙句、踊っちゃうんだ。つまんないな〜」
小さく呟く不穏な影。その視線はワルツを踊る“レイ”だけを射止めている。
その瞳には不穏な光が宿り、何かを企んでいるような気配が。
しかし、“第3王子”の予定外の行動を咎めるつもりは毛頭ないのだろう。
まったく笑みの浮かばない瞳を三日月のように細め、にこり。
「ま、これくらいの想定外は特に僕の計画に支障をきたすことはないかな? でも欲を言えば、ここで自滅してくれた方が楽だったんだけどなぁ〜」
誰にも聞こえないような小さな声で呟くと、パチンッ。
「名残惜しいけど、僕は次の段取りを進めなきゃだから――ふふっ、先に帰るね?」
そうぽつりと呟くと、最初から存在していなかったかのようにスッと、その姿を消し去ってしまうのだった。




