20話:ねぇ、待って!? 私やらかした! ねぇ、やらかしちゃったんだけどどうすればいい!?・後編
(はあ……。ここまで露骨な悪意を向けられると、さすがの私もショック受けるというか……。まあ、元々のレイ・ヴァーティンが悪いんだろうけど……とりあえず、その目、やめてくれないかな? うん、止めた方がいいと思う!)
内心で苦笑を浮かべるものの、自分がここで悪意に潰されてしまえば、こんな悪評ばかりの自分の家庭教師をしてくれた、ミス・ゴーディスに顔向けできなくなってしまう。
(レビュタントまでって約束だったみたいだから、ミス・ゴーディスのあの地獄の特訓を受けることはもうないとは思うけど……。でも、私のために時間めっちゃ使ってくれたんだから、ちゃんとしなきゃ! それに、またプリン取られる!)
レイは小さく息を吸い込むと、一拍。表面上だけでもと毅然とした態度を装い、叩き込まれたカーテシーを優雅に、しかし丁寧にこなしながら挨拶を交わしていく。
そんな彼女にどこか拍子抜けするような、複雑な心境を覚えるような表情を見せる、麗しき貴婦人や令息たち。
どれだけレイが謙虚に努めようとも、周りは冷ややかな視線を彼女に向け続け、ついにはバルドフ・オブ・ヴァーティンにまで、その矛先を向けてしまう。
「デューク・ド・ヴァーティンもさぞ手を焼いているに違いない」
「いえ、そもそも彼がまともな教育を施さなかったがゆえに、このような不祥事を行っているのでしょう。手綱を握り損ねたデューク・オブ・ヴァーティンの責任ですわ」
だが残念ながら、レイは公爵という呼称をしらない。
ゆえに、デューク・オブ・ヴァーティンって誰だろ? と小首を傾げ、同じ苗字の人がいるんだな〜くらいで聞き流してしまう。そして、それと同時に別の“重大”なことに気がついてしまった。
(あっ、ていうかちょっと待って!? このドレスが元々、めっちゃダサいカーテンだったってバレてない!? バレてないよね、この感じ! うーぁ、良かった〜。ひとまず、不安だったけどちょー安心した!)
レイは内心で安堵しながらも、チラリ。
(でも、まだ他の不安材料があるんだよね。チャーハン作りたいのに、ご飯とか野菜とかウィンナーとかはあるのに、卵がないみたいな感じなんだけど……。卵なかったら、チャーハンじゃなくて、炒飯になるよ? ……って、チャーハンも炒飯も同じだっけ? でも、チャーハンに卵がなかったらチャーハンじゃない!)
再び内心で呟きながらも、会場の中央に備え付けられた機械式の大時計に目をやった。
時刻は、19時過ぎ。後、数十分後には舞踏が始まるタイミング。
「……シリウスどこいるんだろ?」
シリウスが来ることはバルドフから聞いていたため心配はいらないと思っていたのだが……どこを探してもシリウスの姿が見当たらない。
その代わり、何故か慌てた様子のハゲ男やメイドたちが、何かを探すようにキョロキョロと周囲を見渡しているのに気づく。
(……? ハゲの人とかみんな、何探してるんだろ? まさか私? んなわけないない。そもそも私、ちゃんと会場行ったし? 悪さしてないし! でもいちおー確認しとく?)
そう思いつつも、ハゲ男たちの元へと足を向け、1歩踏み出し――止めた。
(ううん。ハゲの人たちよりもシリウス探さなきゃ。じゃないと、本当に私死んじゃう!)
レイはそう内心で決断を下すと、ハゲ男たちに背を向け、シリウス探しを始めた。
しかし、どこを探しても彼はいない。
(シリウス、どこ行ったんだろ? 会場には……着てるんだよね? ていうか、なんで会場こんなに広いわけ!? こんなんじゃ、シリウス探すにも無理あるじゃん! シリウス探し……?)
そこまで内心で投じた直後。
(ん……? なんで、私、シリウス探してるの?)
レイの中で、“当然”の疑問が芽生え始める。
そして、その疑問が芽吹くと同時。右から左へと聞き流していたであろう、ミス・ゴーディスから口煩く言われ続けていた、とあることを思い出す。
『レイお嬢様、良いですか? 会場内は広いのです。ですから、シリウス第3王子が御到着するまで、くれぐれも“お一人”で、会場に入っては行けませんよ? そのような行為は、自身の首を締めることになりますので、絶対に行わないでくださいませ』
刹那――
(あっ、私やっちゃった……)
みるみるうちにレイの顔が蒼白になっていく。
そう言えば、最初から周囲の貴族たちが、何故か自身へと鋭い視線を投じ、“噂以上に淑女の嗜みを心得ていない”だとか“パートナーを付けずに”だとか、“肝が据わっている”だとかひそひそと陰口を叩かれていた気が……。
そして、“デューク・オブ・ヴァーティン”がどうとかとも言われていたような気も。
(……え、待って!? もしかしてあのハゲの人の本名って、デューク・ヴァーティンで、なんだっけ? バルドル・ヴァーティンとかっていう、ほくおー神話に出てきそうな名前の奴は偽名だったってこと!? で、さっきからハゲの人とかがなにか探しているようにキョロキョロしてたのって、もしかして私を探してたってこと!?)
だが、今更それを理解したところで時既に遅し。
そしてタイミングが悪いの良いのか。レイが自身の非常識を理解すると同時――
「そう言えば、シリウス第3王子の姿が見当たりませんわね」
「二人は仲が悪いと聞きますし、直前に逃げられた、あるいはお断りされたのでしょう」
「あら、お可哀想なこと」
真実かもしれない言葉かもしれないとはいえ、今のレイには耳が痛くなる嫌味が投じられてしまう。
(うぅ……これは私が悪い。悪いのは私! だけど、だけどね!? 今このタイミングでそれ言うの止めて!? うぅ……どうしよ、めちゃくちゃヤバいことしちゃったじゃん。コルセットきついし、吐きそう……吐いてい?)
だが、最初から噛み合うことのなかった歯車が、彼女の気づきを経て軌道を修正することなどなく。
予定していた時刻よりも遅いものの、これ以上はもう待ちきれないと判断されてしまったのだろう。音楽隊の指揮者が、舞踏の合図を送ってしまったらしい。
軽快な音と共に、周囲の貴族たちがパートナーと列を作り、優雅にポロネーズを踊り始める。
その動きは行進にも見えなくはないが、どこか美しく会場が一層華やかな色へと染まっていく。
本来ならば、シリウスに“エスカルゴ”され、その流れで踊る予定だったポロネーズ。しかし、彼は不在。
というよりも、このだだっ広い会場内。彼が、自身を探してくれることなど無に等しいことだろう。
なんせ、当日になってもシリウスからの返信は来なかったのだから。
きっと、周りの貴族たちの言う通り、シリウスは会場に来ることなくドタキャンしたに違いない。
レイはその事実を理解するや否や、チクリ。胸に縫い針が何本も突き刺さるような痛みを覚え、不安が全身を駆け抜けていく。
(私はどうすればいい?)
そう自問してみるも、ここで用意された選択肢はきっと、『踊る』か『踊らない』の二つのみ。
今更控え室に戻ったところで、なんの意味もなさないだろう。
(私、どうすればいい……?)
レイは何度も自問を繰り返し――やがて。
ポロネーズが終わろうかという頃。
(ここで、うじうじ考えたところで、どうせ笑いものにされるのは確定じゃん!? なら、ならさ? せめて最低限、笑われない程度にやった方がいいよね?)
そう覚悟を決めると、1歩、足を踏み出した。
そんなレイの行動に、まさか一人で踊るのか!? と周囲が興味半分、嘲笑半分の視線を向けはじめる。
だが、腹を括ったレイは、きっと――ううん。絶対、誰よりも強くて最強!
(笑うなら笑えばいいよ!)
レイはグッと奥歯を噛み締めると、瞼を閉じ軽く深呼吸をして心を落ち着かせる。
そして、にこり。
『淑女は、何時如何なる時も口角は上げ、上品にお淑やかに』
ミス・ゴーディスの言葉を脳裏で反芻し、一人でダンスのステップを刻もうとした。
その時――




