19話:レビュタント当日に、変な夢見たんだけど!? え、大丈夫だよね!? レビュタント、成功するよね!?・前編
明け方。チラリ、さらりと周囲を警戒しながらも、抜き足差し足忍び足。レイはこっそりと屋敷の中へと侵入すると、静かに自室へと戻った。
カーテンに閉ざされ、壁際に備え付けられたウォールキャンドルが小さく灯る薄暗い室内。
レイはなんとも言えない心寂しさを覚えながらも、完成したドレスをギュッと抱きしめ、ずっと吐き出せずにいた本音を吐露する。
「私、頑張ったよね……? ちゃんと頑張れたよね? だから……ちゃんと……レビュタント成功するよね……?」
だが、そんな彼女の不安に答えてくれる者など存在せず。
そのせいか、どれだけドレスを抱き締めたところで、心細さは消え去ってくれない。それどころか、よけい漠然とした焦燥感のようなものが、噴水のように吹き出し続けるばかり。
「……私、頑張ったもん……。ちゃんと、頑張ったもん……」
そんな不安と焦燥を絵の具のようにぐちゃぐちゃに混ぜ合わせながらもレイは、一旦ドレスを抱いた腕を解き、視線を滑らせる。
元々は金のカーテンだったドレスは、深みのあるバーガンディへと生まれ変わり、裾にかけて入れられた黒のグラデーションが、シックな雰囲気を醸し出している。
「……これ、私が着るん、だよね?」
バーガンディが何色かわからず、おじ――レイムンドの言うがままに了承してしまったそのドレス。しかし、よくよく考えれば、レイは神代かぐやではない。つまり、18歳ではないのだ。
ということは――
「8歳の子供にこの色って……あり、なの?」
ふと、そんな疑問を覚えてしまう。
とはいえ、別に気に入らないというわけではない。どちらかというと、個人的にはかなり満足のいく仕上がりになっている。
しかし、8歳児ということは小学2年か3年生らへん。そんな小さな子供が、こんなにも大人びてカッコイイドレスを着てしまえば、よけいに悪目立ちするのではないだろうか? そんならしくない考えが渦巻いてくる。
「私、死なないよね……? って……ん? なにこれ」
自信なさげにドレスへと声をかけていると、ふとウォールキャンドルの微弱な光を反射するように、ドレスが別の顔を見せる。
犯人は十中八九、レイムンド。レイがドレス作りを終えると不安になることを見越したのか、それとも頑張ったご褒美か。
素朴だが美しくも繊細な刺繍が、ドレス全体を包むように施されていた。
それは嫌がらせと言うよりもサプライズ。
「レイムンドって、意外とこういうの好きなんだ」
そんな彼の遊び心のような刺繍に、レイは思わず顔を綻ばせると、さっきまでクヨクヨしていた気持ちをぽーい。
「うん! この刺繍見たらなんか元気出てきた! 誰がなんて言おうと、私頑張った気がする! それに、これなら誰もカーテンって気づかないと思う! レイムンドありがと! 婚約者がいるから結婚できないけど、おじさんとして大好きだよ!」
そう言って、再度ギュッとドレスを抱きしめた。
しかし、その安堵も束の間。
「あっ、そう言えば……」
メイドにいちいち確認するのも面倒だと思い、数日前に手紙入れを設置した彼女。手紙が届けば、ここに入れて! とお願いして置いたのだが……何度確認しても中身は空っぽ。紙くずひとつも落ちていない。
「はあ……ドレスはできたけど……。シリウスって相当、本来のレイのことが嫌いなんだな〜」
嬉しさと寂しさと虚しさがぐわっと混ぜ合わされ、虚無のようなブラックホールを生み出していく。
けれど、明日(といっても数時間後)は早朝からゴーディスのレッスンがある。こんな所でウジウジと悩んでいれば、そのレッスンにも支障をきたす恐れもある。
(はあ……不安しかないけど、ちょっとだけ寝よ)
そう内心でぽそりと呟き、少しだけ目を閉じたいと思った瞬間――
限界などとうの昔に超えていたのだろう。のそのそと掛け布団の中へと潜り込み、瞼を落とした瞬間。ぷつりと意識の糸が途切れてしまった。
◇◆◇
『ねえ、どうして? どうして僕を選んでくれないの? おねーさんは、僕のものでしょ? なんで? ねえ、どうして?』
朧げな闇の中、悲愴を纏った不穏な声が反響する。
とはいえ、その声がどこから聞こえてくるのか――わからない。
耳元で囁かれているような、ゾワッとした感覚と共に、ブワァッと鳥肌が立つものの、付近に人の気配など感じられない。
とはいえ、遠くの方で聞こえているような感じもなく……。
(……誰? 寂しい、のかな……? 何があったんだろ?)
レイはぽつりと内心に落とし込みながらも、視界不良な闇の中。静かに周囲を見渡した。
けれど、視界が晴れることはなく。ただ、どこまでも続く漆黒が纏わり続けるばかり。
『苦し? それとも嬉し? だけどね、これは罰なんだよ? おねーさんが僕のことを選ばないから悪いんだよ? だからこれは僕のせいじゃない。おねーさんが悪いんだ』
哀愁を帯びながらも、危険な響きを宿すその声に、自然と体が硬直していく。その硬直と同期するように、ぎゅうっと首が締め付けられるような苦しさが襲い、声を出すことも叶わない。
(……なにが、起こってるの?)
そう問いかけようと試みても、声を発することは罪だと言わんばかりに苦しさだけが込み上がり続ける。
そんな不快感にレイは、苛立ちよりも恐怖を覚え、一瞬だけ思考を停止しかけてしまう。
しかし、思考の歯車がぐるんと回る。
それと同時、きらん――
(そう言えば……前にもこんなことなかったっけ……?)
ふと、遠い、遠い記憶の欠片がレイの目の前で輝いた。彼女はその記憶の欠片に手を伸ばしながらも、ぼんやりと霧に包まれた記憶を思い返そうとする。
(確か私、昔誰かに首を絞められて……)
しかし――
ズキッ。
突然、激しい頭痛に襲われる。
(痛っ、なんで急に頭痛が……?)
鈍器で殴りつけられるような重い痛み。まるで、今は思い出さなくていいと、誰かに監視されているような気味の悪さを覚えてしまう。
しかしその記憶は、なにか大切なもののような気がする。いや――大切と言うより、今すぐに思い出すべきナニカのような気が。
(なにかわかんないけど、なんか思い出せそう。なのに、思い出そうとするたんび、ズキズキって頭痛くなるんだけど!?)
思い出さなければいけない、そんな気がする記憶に、それを阻止する深くも鈍い頭痛。
ズキズキと拷問レベルの激痛に、レイは思わず奥歯を噛み締めると、内心で咆哮した。
(ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛! もぅ! なんで、私が思い出そうとするたんび邪魔しようとするの!? なに、なんか私に嫌がらせしようとしてる!? ていうか、こんな痛み、あのお化け魔王女よりマシだし! あの人の方がちょー怖いし酷いし、鬼畜だし!)
瞬間、鉄黴のような異臭を含む生温かな風がふきぬける。
まるで、鼻に粘りつくような甘ったるくも生ゴミのような不快臭。しかし、その中には、確実に“血”のような危険な香りも含んでいるような気が。
その激臭攻撃をもろに喰らってしまったレイ。
(うぇっ、なにこの臭い……めっちゃ臭い……)
彼女は、ぎゅうっと眉間に深い皺を刻み込みながらも、警戒心を滲ませ周囲を見渡した。
だが、相も変わらず闇に包まれたままの視界。黒に覆い隠されていては、見えるものさえ見えてこない。
(はぁ……。なんかちょームカついてきた! 臭いし、暗いし、めちゃくちゃ怖いし! ほんと、ここどこなの!?)
内心で不満を吐き出しながらも、ぷんすかぴんしはじめるレイ。
そんな彼女の憤りに気づいてしまったのか、それとも偶然か。一刹那だけ、空間内が静まり返る。
けれどそれは、認知の歪みによる錯覚だったのかもしれない。
次の瞬間。
『ふふっ。キミはまだ、何も知らなくていいんだよ? だって、僕がキミのすべてになってあげるから。だから、キミはなにも思い出さなくていいし、怖がらなくていいんだ。だけどね? ふふっ、また僕を拒絶するんなら――んふっ。まあ、楽しみにしててね?』
ハッキリとした声音が彼女の脳裏に響いた。
(え?)
純粋さの中に滲む明確な狂気。そこにはほんのりと、けれどハッキリとした殺意も混じっているよう。
(もしかして、さっきの声……が、ヴェレリウスっていう邪神だったりする……?)
レイは、先ほどまで抱えていた怒りなどを忘れ去るようにして、思わず瞳を大きく揺らしてしまう。
だが、悪意を孕む誰かは、そんな彼女の反応など、まるで興味がないのだろう。暗澹とした闇に覆われていたはずの世界に、突然の終焉が訪れたのか。
パリンッ――
不意にガラスが割れるような音が響いたかと思うと……。




