18話:ねぇねえ、レイムンド! ドレス! ドレスできたよ、見て見て!・後編
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それから3時間半後。
レイムンドは、区切りの良いところで作業を一旦、切り上げると、嬢ちゃんのいる作業場へと戻り声をかけた。
「おまえ、まだそこをやってたのか?」
だが、嬢ちゃんはかなり集中していたのだろう。
「えっ!?」と驚いた声を上げ肩をピクリと跳ね上げる。
しかし、すぐさま自身の作業進捗の遅さにでも気づいてしまったのだろう。
「あ〜うん! でももうちょいしたら終わると思う!」
そう言って苦笑いを浮かべながらも、縫い終わりの糸を丁寧に始末していく。その指先には新しい朱が滲んでいるが、それは嬢ちゃんの懸命な努力の賜物と呼べるだろう。
そんな自身の指先に視線をチラリ。レイは少し余韻に浸かるように目を細めた。
(最初は仮縫いすらまともにできなかったんだよね〜。なんだっけ、本縫いするな! って、めっちゃ怒られまくったけど、ここまでできた私、正直いってほんと偉いと思う!)
そう自己賞賛しながらも、ニマリとした笑みを漏らしてしまう。
それを認めてしまったレイムンド。
(……こいつ、今絶対、自画自賛してんだろ)
彼は内心で引き攣り笑いを浮かべながらも、まったくといっていいほど順調ではなかった、表面上は嬢ちゃん主体のドレス作りを思い返す。
一番初めに脳裏を過ぎるのは、切羽詰まった様子でドレスを作って欲しいと懇願してきた嬢ちゃん。
その次は、洗浄や染色をまともに出来ず、グズグズの塵屑にしかけた嬢ちゃん。そして、何度言っても、最後まで仮縫いを本縫いにしたり、フィッティング工程で意味のわからない妄言を叫び散らす嬢ちゃん。
それだけで終われば、まだ楽だったかもしれない。しかし、本縫い工程に取り掛かったとほぼ同時期辺りから、何があったのか。疲労感満載な様子で、ウトウトとした挙句、糸と間違えたのだろう。布ごと切って、何度も修復不能な状態にしてくれた。
そんな修復不能な状態に陥ったドレスをレイムンドは、嬢ちゃんが帰った後に修復する羽目になった。
(……おい待て、こいつ結局自分じゃなんもやってなくねぇか!?)
それらを思い出すと同時にレイムンドは、思わず額に手をやり溜め息を漏らしてしまう。
しかし、色々とやらかしてくれた当人は、彼の協力の元、一から自分で作ったと本気で思い込んでいる模様。
(はあ……。結構、面倒な嬢ちゃんだったが、こいつはこいつで努力しようとしていたし、なんだかんだ言ってもドレスは形になったんだから結果オーライか)
レイムンドは、ほんの少し複雑な心境を抱えながらも、俺がやってやったんだなどとは、口が裂けても言うつもりなどない。
ゆえに、真実は伏せ、生温かな瞳で嬢ちゃんを最後まで見守ることにした。
やがて――
ようやく最終段階を終えたらしい。嬢ちゃんは、最後の玉留めを終え、最後の糸を切るため鋏を手に取った。
その重さは裁断鋏より幾分軽めで扱いやすいものの、この約1ヶ月間。レイは確実に疲労を蓄積していた。ゆえにその思考はぽけぽけ。それに加え睡魔で瞼が重くなり、視界は二重に霞んでいる。
そのせいか、プルプルと手が震え、このままでは再びドレスごと切り刻んでしまいそうな勢い。
(こいつ、最後の最後までやらかすつもりか?)
そんな嬢ちゃんの異変をすぐさま感知したレイムンドは、さりげなくサポートするように、鋏を優しく握り最後の糸を一緒に切ってやる。
だが、彼女はその意図に気づかない。
(レイムンドも糸切りたかったのかな?)
そう内心で首を傾げながらも、ぽやぽやとした視界の中。完成したばかりのドレスをまじまじと見つめ――うるっ。嬉しさやようやく報われた達成感に目頭を熱くさせながらも、
「できたー!」
両手を高く天井へ上げ、満面の笑みを浮かべた。
その姿は本当に嬉しげで……。そんな嬢ちゃんの努力(?)を間近で見ていたレイムンドは、思わず口元を緩めてしまった。
「よく頑張ったな」
優しく発されたおじさんの声。レイは初めて聞く柔らかなおじさんの声に、若干驚きを覚えながらも顔を上げ――思わず眠気が吹き飛んだ。
レイの眼前。まるで、愛しい我が子でも見つめるように、棘が抜け落ちたような柔和な表情を浮かべるおじさんの姿が。
それを認めた彼女は、驚きのあまり内心で興奮を示してしまった。
(えっ、なんかレイムンドの表情やわらかくない!? なんて言うんだろ? もちもちパンみたいに柔らかそう! ほっぺたつつきたい!)
しかし、その内心を口に出す寸前。突然、おじさんの手がレイの頭へと伸びたかと思えば、ぽんぽん。
子供を褒めるような温かみのある手つきで頭を軽く撫でられてしまう。
(えっ。レイムンド、どうしたの!? 好きな人と喧嘩して傷心中だから、私に優しくしてくれる感じ!?)
レイは再び驚きを示しながらも、褒められるのは悪くない。ゆえに彼女は、ちょっぴりだけ胸を張ると、誇らしげな態度で謝意を示した。
「ふふん〜! まあ、私頑張ったからね! でもレイムンドがいなかったら絶対こんなに早くできなかったかも! 本当にありがとう! これで私、死なないで済むかもっ!」
しかし、その発言を聞いた瞬間、空気はぽわぽわした優しいものから、何故かいつも通りのものへと変わっていく。
「は? いや、ドレス作らなきゃ死ぬって……どこの世界の話だよ」
突然始まった嬢ちゃんのぶっ飛んだ発言。その言葉でハッと我に返ったレイムンドは、苦笑を漏らしつつも自身の無意識の行動に困惑を示してしまった。
(……なぜ俺は、嬢ちゃんの頭を撫でてしまったんだ。はぁ……意味わかんねぇ。やる予定なんざなかったのに、なんでか手が動いちまった)
とはいえ、内省したところで、当の嬢ちゃんは特に気にした素振りを見せていない。
(まあ、これで最後になるんだし、良いのか)
レイムンドは内心でそう言葉を続けながらもほんのりと笑みを零した。
しかし、嬢ちゃんは本気でドレス作りを達成しなければ死ぬと思い込んでいるらしい。
「ほんとに死ぬから!」
と冗談にしてはかなり真剣に力説してきた。
だが、その理由はまるで理解できない。
(嬢ちゃんは終始ブレずに変なことを言ってたな)
レイムンドは、内心で嬢ちゃんのネジ飛び発言は今に始まったことではないと考え直すと、言葉を続けた。
「ま、いい。ドレスが完成したんなら、とっとと帰れ。そんで、その目の下に出来た隈をどうにかしとけ」
「はぁい!」
そう楽観的な態度で軽い返事をする嬢ちゃんの腕には、出来上がったばかりのバーガンディのドレスが。
レイムンドは、そんなドレスと嬢ちゃんを見つめながらも、自然な態度で出入口前まで送り届けてやった。
「じゃあ行ってこい」
「うん! ほんと、ありがとう! じゃあ行ってくるね!」
嬢ちゃんはそう言うと、喜色満面な笑みを浮かべ、そのまま店を後にしてしまった。
それと同時、一気にシンと静まり返る店内。
レイムンドは、その静けさにほんの少しだけ寂しさを覚えながらも、夜の街へと視線を向けぽつり。
「……行ってくるね、か。まるでまた戻ってくるみたいに言いやがって」
もう会うことはないであろう嬢ちゃんの言葉を復唱しながらも、余韻に浸りかけた。
しかし――そう言えば、何か忘れているような……。
レイムンドは一瞬、何を忘れているのか考えを巡らせハッとする。
(……そういや、地図を返してもらってねぇ)
それを思い出すと同時に、自然と零れる舌打ち。
「はぁ……くそ、やらかした」
そう嘆いたところで、嬢ちゃんの屋敷など知り得ない。そもそも、知っているのは“レイ”というどこにでも居そうな普通の名前と、黒の髪に赤の瞳を持っているということくらい。
(どうすっかぁ……地図を回収しておくか? いや、ここで下手に力を使えば、アイツに俺がこっちにいることがバレちまう。それだと、あいつがこっちに来た時、守ってやれなくなる可能性も出てくるな……)
レイムンドは、内心でどうするか熟考しながらも、回収することは得策ではないのは目に見えてわかっている。
ゆえに、嬢ちゃんに渡した地図は諦め指を鳴らす。
瞬間、仕立て屋だった店内はスッと消え、変わりに別の空間が広がって行く。
それを認めたレイムンドは、鬱々とした息をひとつ。
「仕立て屋は廃業だ。地図を回収し損ねた以上、今の段階でこっちに留まるのは分が悪すぎる」
そう呟くと、空間の奥へと消え去ってしまうのだった。




