18話:ねぇねえ、レイムンド! ドレス! ドレスできたよ、見て見て!・前編
◇◆◇
一方のレイは、デビュタントが目前に迫ったこともあり、朝から夕方までミス・ゴーディスのレッスンに追われていた。
「お嬢様、姿勢が乱れております。そう、その姿勢を後10分。キープしてくださいませ。その後は、軽い挨拶から見直していきましょう。それが終われば、10分の休憩を挟み、ダンスの見直しも行います」
とはいえレイは、既に限界突破してしまった後。ミス・ゴーディスのスパルタレッスンが普通であると麻痺してしまったからか、彼女の指導を受けながらも考える余裕は少々できていた。
(あぁ……焼肉……焼肉食べたい。ヒウチにイチボ。らむしんに、ヘレ……。あぁ……でも、シャトーブリアンとかも食べてみたいなぁ〜。あ〜そういや、シリウス手紙食べてくれたかな。塩派かな? タレ派? それともなんもつけないタイプかなぁ〜? お腹空いた……)
そんな若干壊れた欲望を混ぜこみながらも、普段以上に厳しい地獄の鬼レッスンを無我の境地でこなしていくレイ。
彼女は内心で様々なことを考えながらも、体を自動操縦に切り替え受けていたせいか――
「では、明日会場に向かう前にもう一度、軽くおさらいをしますので、今日はゆっくりとお休みくださいませ」
ミス・ゴーディスにそう言われ、ハッと我に返った頃には日は傾き。オレンジ色の太陽が沈んでいくところだった。
(……あ、れ? いつの間にかレッスン終わってる! わぁい!)
レイは内心で大きくバンザイしながらも、休むことなど許されない。ミス・ゴーディスに休むようにと、労いの言葉をかけられたものの、デビュタントの準備に追われ――それらが終わったのは午後8時過ぎ。
けれど、それですべての準備が整ったわけではない。
「あとはドレスだけ! それが終わればこの地獄から解放される!」
レイは小さく呟くと、“ドレスの仕上げ”という大仕事を終わらせるため、こっそり屋敷を抜け出しレイムンドの元へと向かった。
薄暗い夜の街は独特の影を落とし、酒場の喧騒や怪しげな灯りが、路地裏付近でホタルのように明滅している。そんな道を足早に歩きながら、レイは不安を噛みしめる。
(シリウスからの返事は、結局来なかったな……。本当に手紙ムシャムシャ食べちゃってたらどうしよ。ていうか、なんで私、シリウスが手紙食べたとか言ってたんだっけ?)
そんな疑念を覚えつつも、焼肉を食べたいと思っていたことしかほとんど覚えていない。
ゆえにレイは、うーんと唸り声を上げながらも、ぽちゅり。思考を無理やり矯正するようにして、自身の未来を考える。
(エトプリでのレイの立ち位置は悪役令嬢……。そんなレイは、18歳になった頃に、異世界というか……日本? っぽいところから召喚? なんか来ちゃった聖女に意地悪いっぱいして、結果的にシリウスに首刎ねられるんだよね?
でもさ? 今気づいたけど、レビュタント? 成功させたらなにか変わるの? なんかドレス作って、ちゃんと作法とか覚えたら、首刎ねられない! みたいなノリで突っ走ってただけな気がするんだけど……。え、なんか今更かもだけど、めっちゃ不安になってきた……)
普段は歩くことのない夜の街。昼間とは異なり暗がりということもあってか、なんとも言えない不安が、荒波のように押し寄せてくる。
しかし、レイはまだ8歳。18歳までは後10年ある。ゆえに、今のうちから先の未来のことを考えたところで、その答えなど“解らない”
ゆえに彼女は、そんな不安を払拭すべく。首を何度か横に振り一拍。
「……実際どうなるのか。それは、わかんない。だけど、そんなことよりもまずは、ちゃんとドレスを完成させなきゃ! だっさいドレスで行って、シリウスのことよけいプンプンさせちゃったら、それこそペイッ! って首刎ねられそうな気がする!」
気持ちを切り替えるようにして自身を鼓舞すると、路地裏に入る道を曲がり――
いつも通り、元気な態度で仕立て屋の扉を開けた。
そんな彼女を尾行する、ひとつの影があったことも知らぬまま……。
◇◆◇
(……消えた? どういうことかな? うーん。考えられるのは彼が動き始めたってくらいだけど……。今のレイは完璧じゃないんだよね〜? となると、妖精たちが先に気づいた感じ? それとも……)
内心で訝しむ不気味な影。
それは、レイの消えた壁付近を優しく撫でながら、何か仕掛けがないかと確認する。
しかし、どれだけ触れてもこれといった違和感は覚えない。むしろ、なんの仕掛けもないただの壁のようにしか思えない。恐らく、隠し扉の類ではなく、別の存在の介入なのだろう。
影はそこまで考えを纏めると、あからさまに肩を落とし失意を露わにする。しかし、なんの為に壁の向こう側に入っていったかわからない。それに加え、再び消えた壁から出てくる保証もない。ゆえに影は、肩を落としたまま、くすり。
「まあ、なんでもいいや。とりあえず、明日どうなるかで僕もちゃ〜んと次の予定を立てなきゃね。うふふっ、明日は最高の一日にしてあげるから、楽しみにしててね?」
軽く指を鳴らすと、不穏な笑みを残し闇夜に消え去ってしまうのだった。
◇◆◇
そんな不穏な影の気配など気付く由もないレイはというと――
「レイム――」
いつも通りの態度で店内の奥にいるであろうおじさんに声をかけようとした。
しかし――
「前は……もう……のか? ……ともま……いのか……。今、ど……?」
静寂の中、微かに聴こえたその言葉。それは普段の声音とは異なり、どこか優しさに溢れている。だがその内側に内包されているのは、なんとも言えない哀愁。そんな彼の言葉に宿る、独特の寂寥感に、レイは思わず口を閉ざしてしまった。
(どうしたんだろ? 何言ってるのか、ほとんど聞き取れてないけど、なんか寂しそうというか……今日、私いない方がいいかな?)
そんな気持ちが自然と湧き上がるが、ここで帰ればドレスは完成しない。そうなれば今までの努力は水の泡。
レイは彼のことを気にかけながらも意を決し、わざと大きな声で自身の存在をアピールする。
「おーい! レイムンド来たよ!」
その声でレイの存在に気づいたのか。普段では有り得ないほど、ドタバタガシャン――ッ! どこか騒がしい音が響いたかと思うと、怠惰を極めたような様子のレイム――おじさんが姿を現した。
「……今日は来ねえのかと思ってた」
「そんなわけないじゃん! ドレスまだ完成してないんだよ!? 今からやるから!」
レイはそんなおじさんのちょっぴり気怠げな態度に、内心で何かあったことを察しながらも、今はおじさんに構っている暇などない。
(レイムンドの反応からして、多分好きな人と喧嘩でもしちゃったんだろうね。彼女のこと聞いたら頭叩かれたから、多分レイムンドの一方的な片想いなんだろうけど、こういう時は下手なことを言ったりするとこっちに花火がドーンッ! って落ちてくる。私、知ってる!)
レイは、内心でそんなことを考えながらも、触らぬ蟹に毛蟹なし。自発的に出来かけのドレスを引っ張り出すと、椅子に座って作業を開始する。
シンと静まり返った店内。蒸気が立ちこめるような熱気だけが漂い、床には糸屑がひらり、はらりと落ちていく。
そんな彼女の指先には包帯が巻かれ、ほんのりと朱が滲んでいた。
レイムンドは、真剣な表情で黙々と最後の仕上げを進めていく嬢ちゃんをじっと見つめながらもぼそり。
(最初はどうなることかと思ったが、俺が手を出さなくても良さそうだな)
嬢ちゃんの成長を感じながらも、奥の部屋で自身がやるべき作業に取り掛かるのだった。




