17話:レイ・ヴァーティンから怪文書が届いた。この怪文書を僕にどうしろと?・前編
そんな過労死ギリギリラインで日夜せっせこと努力を続けたレイ。
しかし、何をやったのか既にもう覚えていない。彼女の中ではレイムンドに怒られ、ゴーディスに扱かれ――あっという間に月日が流れてた! という認識。
そんな過酷なスケジュールがゆえに、レイの目の下にはクマが飼われ、お腹はずっと「飯、たらふく食わせろ!」と不満の大合唱を続けている。
そんな体に鞭を打ち続け――とうとう、デビュタントが翌日へと迫っていた。
しかし、何かあったのだろうか。デビュタント前日になっても、シリウスへ送った手紙だけはなんの音沙汰もない。
故意に読まれていない可能性と、読んで無視をされ続けている可能性。それから……シリウス自身、不慮の事故や拉致監禁に見舞われ、手紙を返せない可能性さえ、有り得る。それくらい、星の王子さまから何のアクションもなかったのだ。
それでも毎日送り続けるうちに、最初は血糊のように赤い蝋で不格好だった封蝋も、いまでは多少縒れているだけで済むようになっている。
とはいえ、未だに“エスコート”を“エスカルゴ”と書き続けたり、睡眠不足による誤字・脱字などはエスカレートしているが――まあ、彼女なりの努力の結晶として、愛嬌判定して頂きたいところ。
そんな手紙なのだが、王宮内にて、とある大混乱を招いていたらしい。
◇◆◇
「坊ちゃま、これで二十五通目の手紙になりますが……いかがいたしましょう?」
声を震わせる白髪混じりでモノクルを付けたおじ系執事を横目に、シリウスは深く息をついていた。
(はあ……レイ・ヴァーティンは何を企んでいる?)
この約一ヶ月間、レイ・ヴァーティンは、毎日のように手紙を送ってきた。
通常、何度送っても返事が来ないということは、相手から相当嫌われていると判断し、手紙を送ること自体、段々と躊躇ってしまうというもの。
だから、無視しておけばそのうち諦め、届かなくなるだろうと、シリウスは踏んでいた。いや、実際には読むのが怖――無駄だと判断した。ゆえに、何度届いたとしてもその手紙に目を通さず破棄することにも罪悪感など覚えなかった。
しかし、こうも毎日送られては、そろそろ良心が痛んでくるというもの。
(レイ・ヴァーティン。お前は、僕たちの大切な存在だったクローウィンの羽根を毟り取るだけでは飽き足らず、まるで別の動物に襲われたように偽装までして、殺したんだ。そんな奴の手紙など、読めるわけが……ないだろ)
シリウスはそんなことを考えながらも、チラリ。幾分マシな体裁を保つようになった封筒を見つめる。
(だが、毎日飽きずに手紙を送ってくるということは、かなり重要な案件ということか?)
彼は両手を口の前で組みながらも、悶々と思考を重ねる。
(どうでも良い、日常的な手紙ならば、返信しなければ短くて数日。遅くても1週間から2週間以内に、来なくなる。つまり――)
そこまで思考をまとめると、シリウスはひとつの結論に辿り着く。
(――婚約破棄の申し出か?)
ゴクリと無意識的に唾を飲み込みながらも、何度も“婚約破棄”という言葉を復唱する。
だが何故だろうか。
(あいつもようやく、僕を解放する気になったのか。婚約破棄の申し出なら――)
どうしてだかわからないが、“婚約破棄”という言葉を復唱する度、なんとも言えない苛立ちを覚えてしまう。
(……いや、あいつに拒否権など与えてやるものか。今まで散々嫌がらせをしてきたんだ。僕があいつの言うことを聞いてやる道理など何もない)
シリウスは、内心で最終結論を導くと、軽く息を吐き出し告げた。
「その手紙を寄越せ。とりあえず、重要な書類かもしれない」
その命令を受けたおじ系執事は、「かしこまりました」と一言。すぐさまレイ・ヴァーティンから届いた呪いの手紙を差し出した。
蝋を溶かす量が多かったのか、それとも水気を含んだ場所で手紙を書いていたのか。或いは別の企みか。若干、拠れた手紙を受け取ったシリウスは、念の為。黒革の内側にミントなどの浄化作用を持つハーブを入れた、口元だけを覆う仮面を装着すると、慎重に封蝋を割り内容を確認した。
ところがその手紙には、“背鶏”だの“エスカルゴ”だの。謎の単語が羅列され、誤字脱字も盛りだくさん。素直に読むには正直に言って、ハードルが高すぎる。
(エス……カルゴ? 何故僕はカタツムリになれと言われているんだ? いや、これは何かの暗号か? しかし、内容的には僕にエスカルゴして欲しいと書いている……。
エス……カルゴ……?)
思わず顔をしかめながらも、シリウスは最後まで読み進めてみることにした。
“拝啓
焼肉の候。シリウス貴様は、いかがお過ごしでしょうか。私は、ねもいです。でもね、焼肉食べたい……。ハラミにカルビ、霜降り明星。それから……えっと。塩タレとレモンと、用意して……。
じゃなくて! えっとね、手紙届いてる!?
もうすぐ“レ”ビュタントだよ! シリウス貴様に、絶対エスカルゴして欲しいの! エスカルゴしてもらって、焼肉焼いて、プリン食べて……。あっ、プリンはお化け大魔王女に取られちゃう……。うん、そろそろ返事くれなかったら、ナムル食べたくなっちゃう。キムチとサンチュも追加でよろしく。
敬具”
手紙としては短い方ではあるが、誤字脱字が続き何を伝えたいのか、明確には伝わってこない。というか、正直辟易する気持ちの方が強い。
(このハラミやカルビとはなんだ? お腹が空いたと書いているが、これは食事のメモなのか? いや、エスカルゴは実際に食材だ。だが、他者に。それも第3王子である僕に対し、そのような意味のわからない手紙を送ることは、流石のレイでも有り得ないだろう。つまり、これは暗号と読むべきか……?)
額に手をやり悶々と頭を悩ませるシリウス。彼は、自身一人では解読不能なこの暗号に、思わずおじ系執事に助けを求めた。
「なあ、フィラクス。お前ならば、エスカルゴになんの暗喩を込める?」
だが、それはおじ系執事――改め、フィラクスからすれば唐突の問いかけ。
「……は?」
フィラクスは、僅かに眉を下げながらも、思わずそう声を漏らすと、コホンッ。自身の失態にすぐさま気づくなり、「そうですね……」と一言。シリウス坊っちゃまの疑問を自分なりに紐解いてみる。
だが、エスカルゴとは食用カタツムリのこと。前後の文脈がわからない以上、推測を巡らせるなど――難しい。
とはいえ、そう言えば……。シリウス坊っちゃまの内定(暫定)婚約者であるレイお嬢様の手紙には、毎度エスカルゴという言葉が記されていたような……。フィラクスは、そこまで思考を纏めると、小さく苦笑を漏らしながらもシリウス坊っちゃまへと言及した。
「そうですね。エスカルゴとは一般的に、食用カタツムリのことを指します。ですが、その言葉を送られてきたのは、坊っちゃまの内定(暫定)婚約者であらせられるレイお嬢様。
つまり、エスカルゴではなくカタツムリの特性の方に目をつけてみると良いのかもしれませんね」




