16話:ねぇ!? 私ターキーになるのかと思ったら、無理ゲー地獄に連れていかれたんだけど!?・後編
「私、本日からデビュタント当日までの期間、レイお嬢様の家庭教師を任されました、マクベル・ゴーディスと申します。ミス・ゴーディスとお呼びくださいませ」
その美しい所作や言葉遣いを受けたレイ。彼女は内心で、
(うわあ……このお化け魔王女様の作法、めっちゃ奇麗!)
と、敵かも知れないお姉さん――改めミス・ゴーディスを前に、思わず瞳を輝かせる。
そして、私もこれやりたい! という好奇心から、すぐさま見様見真似でドレスの裾を持ち、ヒラヒラさせながら膝を適当な角度で折ってみた。
「えっと、レイ・ヴァーティンと申します。よろしくお願いします、ミス・ゴーディス……?」
しかし、そのやり方は何かが間違っていたらしい。
「まあ。お嬢様、その中途半端で、美しさの欠片もないカーツィは一体何でしょうか? まず第一に、ドレスの裾をヒラヒラさせて遊ぶなど、下品極まりない行為でございます。それに加え、ドレスの裾は摘むのではなく添えるのです。これは、基礎よりも前の常識の範囲内でございますが、お嬢様は今まで、どのような教育をお受けになられていたのでしょうか? ですが――そうですわね、足を後ろに引くことを忘れておりますし、折る角度も間違っておられます。まずは、基礎からやり直しましょうか」
突然ダメ出し連撃をお見舞されたかと思えば、続けざまに意味のわからない呪文を唱え始める。
「まずは基礎のおさらいからでございます。基礎もできていないうちに、裾を遊ばせるなら言語道断。その腕は後ろに回してくださいませ。ドレスの重みに頼らず、ご自分の体幹だけで三十度の静止。それができぬうちは、その美しい絹の裾に触れるなど許可いたしませんわ」
「え、体幹だけで三十秒停止……? 何するの?」
「……。これはこれは。まさかそこから説明が必要だとは思いもよりませんでしたわ。お嬢様、“止まる”ということは“正しい姿勢を維持する”ということでございます、その意味は理解できますわね?」
ミス・ゴーディスはそう言うと、カツンッ。レイへと近づくと、スッと背後に回り込みながら言葉を続ける。
「膝の角度は二十度から三十度。これは貴婦人としての基礎中の基礎。先ほどお嬢様がお見せくださったのは、せいぜい五度から十度。それは、市井の娘が荷物を置くついでにする“会釈”でございますわ。そのような端ない真似など、二度となさいませんよう」
そう言い、姿勢を無理やり矯正されていく。
「え、ちょっ、ちょっと待って!? い、いたたたた……! 優しく、もうちょい優しく!」
そう声を上げて叫ぶものの、彼女は一切容赦なし。むしろ声を上げるだけで、「お声が大きいでございますわ」と注意される始末。
その突然の地獄イベントと、装着したばかりのコルセットのせいか、吐き気が込み上げてくる。
(えっと、これどんな状況? 私、今から処刑される!? いや、拷問!?)
状況がまったくといっていいほど飲み込めないが、なにか非常にまずい気がする。レイは直感的に嫌な予感を覚え、周囲にアイコンタクトで助けを求めた。
しかし、ハゲ男は怒りに満ちた様子でレイを睨みつけ、傍で控えていたメイドたちもレイとは一切目を合わせようとしない。
(え……ええ……!? さすがに非道すぎない!?)
そんな絶望感を覚えるが、突然の強制イベント――改め鬼ゴーディスの地獄レッスンは、はじまったばかり。ゆえに、ミス・ゴーディスは、徹底したスパルタ感を醸し出しながら、人間ができる範囲を超えた、容赦ないレッスンを続行する。
もちろん、レイの意向など気に留めることもなく。
「お嬢様、まずは基礎を覚えてくださいませ。基礎が覚えれない限り、夕食はないものとお考えくださいませ」
そんな血も涙もない発言が続いたかと思えば、「ちょっとだけ休憩……」と、猫背になった瞬間、パシッとどこからか扇のようなものを取り出し、問答無用で手の甲を叩き、「淑女たるものどんな時でも気を抜いてはいけません」とかなんとかいって休む暇すら与えてくれない。
そして、腹の虫を鳴らそうものならば、「淑女たるもの、お腹の音を鳴らすなど品格にヒビが入ってしまいます」と言われ、ガミガミと口うるさく怒られる。
だが、すぐに基礎をマスターできるほどの器用さなど持ち合わせていないレイは、何度やっても上手くいかず……。流石に、令嬢のご飯を抜くのは宜しくないと考えてくれたのか。数時間の拷問の末、夕飯にありつくことには成功した。
しかし――食事の最中すら拷問の連続。
「肘はテーブルに載せてはいけません」
「ナイフとフォークを休める位置は、手首までテーブルの縁に、でございます」
など、細かいマナーを押し付けられる。
終いには、いつも通り完食しようものならば、「お嬢様、何をなさっているのです? 食い意地を張ってはいけません」などと言われ、即座に皿を下げられてしまった。
「……デザートくらい食べたいんだけど……」
「何を甘えたことを仰っているのですか? カーツィの基礎もまったくできていない上に、礼儀作法からダンスのレッスンまで、覚えるべき課題が山のようにあるのです。さて、食事も終わったことでございますし、レッスン再開ですわよ」
「え、え、え、待って! デザート! 私のプリンがあああ!」
そんな懇願の叫びをあげるものの、もちろんレイには拒否権というものは存在しない。コルセットの苦しさに加え、食後すぐに開始された社交ダンスのレッスンは、地獄、地獄、地獄の連続。
「はい、足は外へ一歩、先ほども言いましたが、四十五度の角度ですよ。背筋を伸ばして――はい、一、二、三、四拍!」
「くっ……無理……ほんときっつい……」
こんな感じで夜遅くまでレッスンを強要され、ようやく部屋へ戻ったころには、レイの足はガクガク、ブルブル。半ば絶望的な疲労を抱えてしまうことに。
だが、すぐにスヤァと眠ることなど許されない。レッスンが終わった後は何よりも先に風呂場へ向かい、今日一日の汗を流す。
その後、メイドにコルセットを付け直してもらい、部屋へ戻るとすぐさま明日送る用のシリウスへの手紙を認める。
「うう……眠い……」
けれど既に疲れが極限に達しているレイ。ウトウトしていたせいか、文字はミミズのような不気味な線が這い、拝啓だのエスカルゴに続き、誤字脱字のオンパレード。
それを書き終えると、手癖のような手つきで封蝋をし、「もう無理、寝る」と一言、パタリとベッドに倒れ込むや否や、すぐさま寝息を立て、夢の中へと旅立ってしまう。
とはいえ、それは一日限りの強制イベントというものではなく。ミス・ゴーディスの言っていた通り、毎日のように地獄を味わうこととなる。
夜中の3時に寝て、朝の7時頃にはメイドに叩き起され、世話を受ける。
それが終われば急いで仕立て屋へ向かい、ドレス作りを進め、夜はミス・ゴーディスからのスパルタレッスン。
その後、一向に返事を寄越さぬシリウスへ手紙を書き続け――
そんなことを1週間続け……レイはようやく、このスケジュールの異質さに気づく。
「いや、待って!? これ無理ゲーすぎない!? 昼間はレイムンドのとこ行ってドレス作り、夜は作法やダンスの練習って……詰め込みすぎでしょ。しかもその後、シリウスに手紙書かなきゃだし! もうやだ!」
だがそんな弱音を連ねたところで、どれもこれも自身がやりたいと言って始まったこと。
「口は災いの種って言うけど、ほんとだったんだ……。昔の人ってめちゃくちゃ頭良かったんだね……。いや、もしかすると、私みたいな感じで気づいちゃって、これは後世に残さなきゃ! って残してくれたのかもしれないけど……」
文句を言いながらも、自身が撒いた種である以上、中途半端に投げ出すことなど許されない。そのため、必死に食らいつき、根性だけで何とか、この地獄のような鬼ハードスケジュールを乗り切るのだった。




