15話:レイムンドの変態! 鬼、悪魔! 私の身体で人体実験でもするつもりでしょ!? 怒らないから白状しなさい!・後編
しかし――
「いった……!」
案の定の反応を示すと、すぐさま恨めしそうな視線で睨みつけてきた。
とはいえ、普通に見えるところにピンを刺していた。ゆえに、レイムンドのせいでは決してない。
「はあ……我慢しろ。仮縫い段階の試着時は忍耐勝負だろうが」
彼は肩をすくめながらも、呆れを孕んだ息をひとつ。本縫い工程に入っても問題ないか、確認を進める。
「おい、ちょっと腕上げろ」
「え、やだよ。絶対痛いもん! 痛すぎて、目からビームでちゃうよ? 店破壊しちゃうかも!」
意味のわからないことを言いながら、首を大きく横に振り指示を拒絶する嬢ちゃん。だが、フィッティング工程というのはそういうもの。
「うるせえ。バカなこと言ってないで早くしろ」
そう言って彼は、早くしろと嬢ちゃんを急かした。
そんなおじさんの視線は鋭く、悪魔のような圧が滲んでいる。その視線の鋭さに気圧されながらもレイは一言。
「うう……」
涙目になりながらも、渋々腕を上げた。
しかし、ソッと腕を上げたところで、まち針がグサグサと刺さってかなりきつい。そもそも、色んなところに針があって、避けることなど不可能。
(もしかすると、地獄に落とされた悪い人たちもこんな理不尽な痛み覚えてるのかな……。その後あれでしょ? 熱々の激辛スープの中に入れられて食べられるんでしょ? えっ、ていうことは私食べられるってこと!? 激辛スープの中に沈められて、食べられる!?)
レイは、内心で不満や恐怖を覚えながらも必死に痛みを耐え忍んだ。
やがて、30秒ほど経った頃。
「よし、下ろしていいぞ」
そう言って、おじさんはようやくこの針山地獄から解放してくれた。
「ふう……。終わった……」
しかし――安堵したのも束の間。
「は? お前は何言ってるんだ? 次は動いてみろ」
そんな感じで、次々に指示が飛んでくる。
「ええ……」
流石のレイも眉を顰めて抗議を試みるが、おじさんはドSなのだろう。
「あ? 早くしろ」
と、容赦のない一言で片付けてしまう。
(はぁぁぁぁ、もうヤダ! 誰かここ変わって!? こんなグサグサ、チクチク流石に理不尽すぎない!? これはいじめだよ!? 虐待! おまわりさん、この人8歳の子供に虐待してます!)
内心でそんな不満を吐き捨てるものの――そう言えば、自身は悪嬢であるレイ・ヴァーティンそのもの。その死を回避するには、シリウスとの関係修復が必須級であり、関係修復をするには、まず外見を整えまともなドレスを用意しなければいけない。
(死ぬの回避するのって、こんなに大変なんだね……。知らなかった)
レイは、ムスリと唇を尖らせながらも、処刑エンド回避の為。嫌々ながらも、まち針と格闘し続けるのだった。
とはいえ、縫い代をしっかりと取っていなかったせいで縫い目が解けたり、着崩れを起こしたりと多事多難の連続。
「あー! 糸がつって皺が!」
「ちょ、待って!? 穴空いてない!?」
その度、絶叫する彼女とは裏腹に、おじさんはかなりマイペースらしい。
「うるせえ。黙っとけ」
そんな一言で片付ける極悪非道っぷりを露見させてしまう。
それと同時――ハッ!
(……普通、こんな酷いことしないよね!? そもそも試着でこんな痛い思いしたことないし! えっ、てことはつまり……レイムンドの本当の狙いはドレス作りじゃなくて……)
そこまで内心で考えを纏めると、ゴクリ。レイは微かに喉を鳴らすと、僅かに瞳を震わせる。
そう言えば、昔秘密結社なる組織が存在し、無害な人間に非道なことを行っていたという都市伝説……。
その秘密結社は、色んな人の血を集め、とある薬を錬成しようとしていた。
この状況は、正しくそれなのではないだろうか……?
嫌な汗がつぅ……と背筋を流れ落ちていく。
ここはそれを指摘し、悪いことをしてはいけないと更生させるべきではなかろうか。だが逆上されてしまえば……。
(でも指摘しなきゃ、私死んじゃうかもしれないじゃん!?)
レイはそう自身を鼓舞すると、意を決しておじさんの本当の企みを暴露した。
「いや待って!? 今、私なにされてるの!? これ、人体実験? 私の血で賢者の石でも作るつもり!?」
しかしおじさんはその企みがバレてもシラを切るつもりらしい。何か言いたげに、ポカーンと口を半開きにしたかと思えば、はぁ……。
「お前、さっきから何言ってんだ? ただの試着だろうが。口動かす前にちゃんとやれ」
そう言って、頭を叩いてくる始末。
「いっっったぁぁぁぁ! 本当のことがバレたからって、暴力で解決しようとするの反対! しかも、頭叩くとバカになっちゃうんだよ!? 私がバカになったらどうするの!?」
しかし、いくら正論で抗議を続けても、「もうバカだろ?」と一蹴され、最終的には「やめるのか?」と脅されてしまった。
それはレイからすれば脅迫も同然。ドレスの対価に血を求められていることを理解しながらも、ドレスを捨てる選択肢など彼女にはない。
「はい、真面目にやります。ごめんなさい……」
レイはしゅんっと肩を落としながらも、罪を認めさせることは叶わず。この不毛で阿呆なやり取りは、レイムンドの勝利で幕を降ろすのだった。
◇◆◇
やがて。
「よし、もう脱いでいいぞ」
レイムンドのその言葉で、死んだ魚のような目をしていた嬢ちゃんの瞳に、眩い光が戻っていく。
「わーい! ようやく解放される!」
そう言うが先か。嬢ちゃんは本当にフィッティング工程が苦痛だったのだろう。嬉々としてドレスを脱ぎ始めたかと思えば、ついでというように、しれっとコルセットまでもを外そうとする。
それを認めたレイムンド。彼はすぐさま嬢ちゃんに詰め寄り問いかける。
「お前、何しようとしてるんだ?」
「えっ? 試着と採寸終わったんならもういいでしょ?」
その発言からして、嬢ちゃんはドレスのことを甘く考えているのがわかる。いや、最初から甘い考えではあったのは間違いない。
「はぁぁぁぁ……………………」
レイムンドは、思わず長嘆息すると、一拍。思わず怒気を滲ませ怒鳴りつけてしまう。
「お前はバカか!? デビュタントまでに慣れろって言ってんだよ! 毎度毎度外してたら、また付けるのに時間かかった挙句、体のラインが崩れんだろうが!?」
鼓膜がはち切れんばかりの声量で怒鳴り声を上げるおじさん。レイは耳に人差し指を詰めながらも涙声ですぐに思いついた罵倒を口にして反論を示す。
「うう……レイムンドの意地悪! ほんっっっと、もう少し優しくしてくれたって良いじゃん! 鬼! 悪魔! そんなんじゃ、彼女の百人や二百人できないよ!?」
だが、その発言はもしかすると地雷だったのかもしれない。おじさんは、僅かに眉をピクリと上げたかと思うと、声を低くキレのある異論を投じてきた。
「お前は何を言ってんだ。百人も二百人も彼女は要らねえ。一人で十分だ」
同時。そんなおじさんの発言で、レイの直感がビビーンッと鳴る。
(はっはーん。やっぱり、私の見立てはあってたんだ!
つまり、昨日急いでた理由は、彼女とのデートだったんだ! やっぱり私、天才じゃない!?)
そうとわかれば、ここは恋バナでしょ! レイはニマリとした笑みを浮かべると、すぐさま恋愛話を聞くモードへと移行する。
とはいえ、恋バナとは女子の特権。つまり、男であるおじさんは、初回ですぐさま食いついて来ることはありえないことだろう。レイは少し考えながらも、探りを入れるようにして、話を深掘っていく。
「ふーん。レイムンドは好きな人いるの?」
だが何を勘違いしたのか。おじさんは抜けているところがあるらしい。
「そんなこと聞いてなんか意味でもあるのか? ああ、俺には幼女趣味はねえぞ? 他所を当たれ」
軽く鼻を鳴らすと、見当違いも甚だしい態度を示し、勝ち誇る。
だが、誰が好き好んでこんなおじさんを好きになるというのか。レイはムッとしながらも即座に突っ込みを入れた。
「はあ〜!? 全然違うし! ていうか私、婚約者いるしっ! ていうか、レイムンド昨日デートだったんでしょ? その話詳しく聞かせてよ!」
しかし、レイもレイで何か勘違いをしてしまっていたらしい。いや、もしかする照れているだけかもしれない。動揺を示すようにして目を見開くと、間髪入れずに否定してきた。
「はぁ? 恋人なんざいねぇ」
「え〜嘘!? 絶対デートだったでしょ!? 別に照れなくていいんだよ? ホラホラ! く・わ・し・く! 教えてよ?」
けれど、絶対に話したくないらしい。
(……これはもしかして……振られたパターン?)
レイは瞬時におじさんの失恋を察すると、優しくその頭を撫でてやった。
だが、その対応は気に入らなかったのだろう。
「急に気持ち悪いことすんな」
そう言って、頭をパシーンッと叩かれる羽目に。
おじさんの暴力加減にレイは、頭を抑えながらも、渾身の苦情を呈し、謝罪を求める。
「いったぁ! 今日2回目だよ!? 私はワ〇ワ〇パニックじゃないんだから、頭叩いてもポイント入んないよ!?」
だが、絶対に謝りたくないのだろう。おじさんは頑固も同然にへそを曲げてしまう。
「うるさい、黙れ。今回はお前が悪い」
そのやり取りは、不毛でバカげた言い合い。けれど、その手はしっかりと針が握られており、なんやかんやと言っても、ドレス作りは着々と進行しているようだった。
◇◆◇
やがて――
「うーん! レイムンド、ここまでできたよ!」
キリのいいところまで本縫い作業を終えたレイは、両手を上に伸ばしながらも報告する。
この頃には既に日が傾き、もうすぐ夜が訪れるところ。
レイムンドは、嬢ちゃんの報告と同時に窓をチラリと確認すると、すぐさまドレスを預かり告げた。
「今日はここまでだ。とっとと帰れ」
「はぁい! なんか着実にドレスができていってる気がする!」
「そうか。なら、明日も同じくらい頑張ってやれ」
「はーい! じゃあまた明日〜!」
昨日とは打って変わり、嬉しげな態度でそう言うと、駄々を捏ねることなく店を後にしてくれた。
◇◆◇
「今日、ほんと私頑張ったよね!? いやぁ、私天才だねぇ〜!」
喜びを胸に、ほくほく気分で屋敷への帰路を辿るレイ。しかし、そんな彼女に待ち構えているのは――




