15話:レイムンドの変態! 鬼、悪魔! 私の身体で人体実験でもするつもりでしょ!? 怒らないから白状しなさい!・前編
一方、そんな屋敷の騒動など知る由もないレイはというと――
地図のおかげか。何度も小一時間ほど迷っていたのが嘘のように、トントン拍子で店に辿り着いてしまった。
そのおかげか、今回は時間のロスもなく。その分だけ作業を進めることができたらしい。
「できたー! レイムンド、ほら見てよ!」
仮縫いが終わったドレスを両手で広げ、嬢ちゃんが満面の笑みを浮かべ見せつけてくる。
その無邪気な笑顔に一瞬、彼は絆されそうになるものの――よく見れば、今日縫いつけられた部分はすべて本縫い。彼は思わず、内心で呆れを吐き出してしまった。
(はあ……、またやってやがる。ほんとこいつの頭どうなってんだ? 何十回と仮縫いの仕方教えたはずなのに、毎度毎度本縫いしやがるのは新手の嫌がらせか?)
とはいえ、この数日彼女を観察した限り、悪意で動くタイプでないことくらい簡単に想像がついてしまう。
(こいつはどっちかというと、絶対騙されるタイプだな)
レイムンドは軽く嘆息しながらも、考えるだけ無駄と思考を切り替えると、淡々と次の工程を指示する。
「とりあえず、一回着てみろ。そのほうが寸法のズレが分かりやすい」
「えっ、これ一人でやるの? ドレスって一人じゃ着れないよね!?」
フィッティング工程は、本来ならば女性の補助が必要な作業。しかし、この店には彼のほかに誰もいない。ゆえに、できるのならば、一人でやってもらいたいところ。
だが、相手は8歳児。加え、頭のネジが数百本ほど飛んでる変人。ゆえに、ここでいくら一人でやれとあしらったところで――時間の無駄。レイムンドは、再び深い息を吐き出すとすぐさま指示を追加した。
「――背を向けといてやるから、早くしろ。着付けも……ま、仕方ねえから手伝ってやる」
そう言って背を向けるおじさん。
レイは、「わかった!」と一言。すぐさま着替え始める。
「うんしょ」
「よいしょ」
と奇妙な掛け声を上げながらも効率悪く服を脱ぎ始めようとする嬢ちゃん。
しかし、そう言えば――
(そういや今日はやたらドレスラインが悪かったな……もしかしてこいつ――)
レイムンドは、嫌な予感を覚えると同時に、即座に振り返り問いかけた。
「待て。お前、シュミーズの上にコルセットを着けているのか?」
だが、完全にタイミングを見誤ってしまった。
レイムンドの眼前。シュミーズ姿の嬢ちゃんの姿が。
(やべっ、やらかしちまった。いくらガキとはいえ、今回のは俺が悪い)
内心でそんな焦りを覚えつつも、ここで下手な言い訳をするつもりなどない。ゆえに彼は、罵倒でも平手でも好きにやれと腹を括る。
だが、やはりどこかズレているのだろう。嬢ちゃんは、キョトンと首を傾げると、当たり前のことを問いかけてきた。
「え? あ、えっと……必要?」
非難の言葉を吐き捨てるわけでも、咄嗟に手を出すわけでもなく。まったく予想だにしない第三の反応を示す嬢ちゃん。流石のレイムンドも、それを予測することなどできず――
(こいつ、羞恥心というものがないのか?)
と困惑を示してしまった。とはいえ彼は、そのことを指摘して、ワンテンポ遅れの制裁を受けるつもりなど毛頭ない。ゆえに、あからさまに息を吐き出しながらも嬢ちゃんの問いかけに応じた。
「当たり前だ。コルセットなしでドレスを合わせても何の意味もねえだろうが」
「だって、コルセット苦しいし? 時間かかるし……」
「甘えんな。いいか? どんな時でもコルセットは必須だ」
言い訳を連ねる嬢ちゃんに、もう何度目か……。数えるのも馬鹿らしいほどの呆れを覚えつつも、今はコルセットの用意が最優先。
彼は、嬢ちゃんの体型をサッと確認すると、すぐさま店の奥にある棚から適当なコルセットを引っ張り出し、無言で手渡した。
その無言の中にはもちろん、“付けろ”と命令を込めている。
だが、嬢ちゃんはかなりの鈍感なのだろう。
「えっ、これどうすんの?」
そう言ってシュミーズ姿のまま、しげしげと差し出したコルセットを見つめる。
「付けろ」
「え、今から?」
「当たり前だ」
「えー……」
そんなやり取りを行いながらも、付けてもらえなければ、ドレス作りに支障をきたす。
ゆえにレイムンドはギロリ。再度、“付けろ”と無言の圧を滲ませコルセットを差し出した。
それを受けた嬢ちゃんは、戸惑いを覚えたような反応を示しつつも、渋々コルセットを受け取るとぽつり。
「はいはい……。えーっと」
かなり不服を覚えるような態度でコルセットを胸元に当て――ピタリと動きを止めてしまう。
「ねえ、どうやって付けるの?」
それを聞いたレイムンドは、思わず目を見開く。しかし、何度言っても仮縫いを本縫いし、洗いを任せれば泡まみれにする。そんな嬢ちゃんに、多くを求める方が酷というもの。
彼は、「はあ……」と、大きな溜め息をつくと、仕方なく付け方を説明してやった。
「まず胸の位置に当てろ。裏表を間違えるな。……違う、もうちょい上だ。よし、そのまま紐を通すぞ」
慣れない手つきで四苦八苦する嬢ちゃん。
「これでいい?」
「ああ」
そんなやり取りを経て、一通り嬢ちゃんが一人で出来る部分までを済ませると、レイムンドは嬢ちゃんの背後に回り込み、紐を手に取り告げる。
「これから紐を締める。最初は緩めにしとくが、徐々にきつくなる。深呼吸しろ」
「は〜い!」
「おい、背筋を伸ばせ。肩を後ろに引いて……そうだ。そのまま呼吸を整えろ。もう少し締めるぞ」
「へ? ちょ、ちょっと待って! まだ締めるの!? それ以上は無理! 息できないよ!?」
驚きに満ちた声を上げるレイ。しかし、レイムンドは有無を言わさない口調で紐をさらに絞っていく。
「こんなんじゃまだ締め足りない。姿勢が悪いと寸法が狂うだろうが。――肩甲骨を寄せて、胸を開け」
「もう無理……死んじゃう死んじゃう……! こんなの窒息死するって!」
「は? こんなんで死ぬわけねえだろ。ちゃんとした姿勢を取らねえと、ドレスの寸法が台無しだろ。姿勢を崩すんじゃねえ」
「はあ……わかったよ」
そんなやり取りをしつつも、レイは苦しさのあまりつい前屈みになってしまう。
「姿勢を崩すな! んで、何度も言わせんな」
「だって、だってだって! めちゃくちゃ苦しいんだよ!? レイムンドも一回したら!?」
「俺は男だ。必要ねえ」
「いやいや、そうかもだけどさ! この苦しさ知ってから言った方がいいよ!?」
「口を動かす前に早く馴染ませろ。どっかの誰かさんのせいで時間がねえんだ」
「どっかの誰かさんってだれ!? 私ちゃんとやってるもん!」
そう言ってリスのように頬を膨らませる嬢ちゃん。その姿は正真正銘リス――いや、クロハラハムスターと言った方が良いのかもしれない。
とはいえ、そんなライ麦の豚の喚きを気にすればするほど時間の無駄でしかない。ゆえにレイムンドは、正論をぶつけ黙らせにかかった。
「姿勢が変われば、布の垂れ具合も変わるんだ。ちょっとは学習しろ。振り出しに戻っていいのか?」
それを受けたレイは、ムスッとした表情を維持しつつも、振り出しに戻るのは避けたいところ。
「ムゥ……レイムンドの意地悪! そのうち絶対、女装させてやるんだから!」
そんな文句を連ねながらも、コルセットの馴染ませをやりきるのだった。
とはいえ、コルセットを馴染ませたところで、それは下準備を終えた段階。ゆえに次は試着工程。
「次はこれを着ろ」
レイムンドはそう言って、できたばかりのドレスを嬢ちゃんへと手渡した。
だが何がそんなに嬉しいのか。嬉々とした態度でピンを刺したままのドレスを受け取ると、「はーい!」
なんの躊躇いもなくドレスの裾に腕を通す。




