14話: 今日もレイムンドのとこ行ってくる! え? 私のこと探してるの? 夕方になったら帰るから待ってて〜!・後編
「だ、旦那様!」
バルドフが口を開くと同時。廊下の先から慌てた様子で執事が駆け寄ってくる。
「なんだ騒がしい」
「それが……今しがた、ミス・ゴーディスが門前までいらしているそうなのですが……っ!」
「……は? なんだと? こんな時に限って次から次へと問題が起こるのはどういうことだ……」
バルドフはこめかみを指先で押さえ、深い溜め息を洩らす。
使いを送ったのはちょうど一昨日。
(“早急に頼む”と確かに手紙には書いたが、まさかこんなタイミングで来るとは……)
そんな不満を内心に落としつつも、ここで頼みの綱であるミス・ゴーディスを門前払いするわけにもいかない。
バルドフは苦汁を舐めるような表情を浮かべつつも、すぐさま執事に命じた。
「……わかった、客室に通しておけすぐに行く。そこのメイド、おまえは引き続きレイを探せ。そして見つけ次第、すぐに知らせろ!」
「か、かしこまりました」
そう返事すると同時。モブリーヌは、手の空いているメイドらを集め、再びお嬢様の大捜索を始めるのだった。
そんなモブリーヌや、メイドたちの慌ただしさに戦々恐々とするアリス。
(ど、ど、ど、どうしましょうか!? お嬢様が正面口からどこかへ行ってしまわれたと、報告するタイミングを逃してしまいました……)
アリスは内心でモブリーヌとは別の焦燥を抱えながらも、どう切り出すか――悶々と考え込んでしまう。
だがモブリーヌは、あちらこちらを走り回り、そんなアリスのことなど気にかける余裕がない。
(はわわわわ……私、やらかしちゃいました……っ)
そう事態の深刻さを理解した時には既に時遅し。今更外に出ていきましたよと言えるわけもなく……。アリスは、他のメイドから業務をサボるなと叱責されるまで、困り眉で呆然と立ち尽くしてしまうのだった――
◇◆◇
レイの捜索をメイドに託し、ミス・ゴーディスの元へと向かったバルドフはと言うと――
ミス・ゴーディスを通したという部屋の前へと辿り着いたバルドフは、すぐに部屋へと入ることはなく。深く重い息を吐き出し一拍。
(……どこまで時間を稼げるかはわからないが……レイ、早く帰ってきなさい)
内心で、レイの速やかな帰宅を願いながらも平常心を取り戻す為、何度か深呼吸を繰り返す。
とはいえ、相手は超スパルタで有名なミス・ゴーディス。そんな家庭教師がこの扉の向こうに居ると考えるだけで、胃がキリリと痛んでしまう。
だが、ここでずっと立ち尽くしていても意味がない。それどころか、家の評判が激しい滝の如く落ちてしまう恐れだって有り得る。
バルドフは、未だに焦りを内心に孕みながらも、意を決すると、扉を軽くノックし、応接室へと足を踏み入れていた。
そこにはミントグリーンのウェーブヘアを持つ、優美なマダムが、白磁のティーカップを片手に、紅茶を口にしていた。
その姿はバルドフとは異なる緩やかな時が流れているような錯覚を与えてくる。
「あら。これは失礼いたしました」
ミス・ゴーディスは、バルドフの入室に気がつくと、カップをソーサに戻し、サファイアブルーの瞳を細め、穏やかに微笑みかけた。
その一挙一動がやけに優雅で、バルドフは一瞬目を奪われる。
しかし、相手はスパルタ教育で名を馳せる“ミス・ゴーディス”その本人。
彼は、表面だけでも威厳を保つ為。あえてどかりとソファへ身を沈めると、慎重な様子で口を開く。
「お越しいただき感謝する。先に言っておくが私の娘はかなりの問題児だ。……正直に言って、かなり困り果てている」
「ええ、心得ております。ですが、ご安心してくださいませ。この私に矯正できぬ問題児などおりませんわ」
そう言い優しげに微笑むミス・ゴーディス。しかし、その言葉とは裏腹に、一瞬にしてピリついた空気へと変わっていく。
(まるで仮面のような笑みだな。何を考えているのか、一切読み取れん)
バルドフは、そんな無機質な微笑みに圧されるように、こくりと唾を飲み込むと、無意識的に背を正す。
そんな彼のことなど意に介する様子もなく、ミス・ゴーディスはあからさまにキョロリと部屋を見渡し問いかけた。
「ところで、お嬢様のお姿が見えないようですが?」
直後、ドキリと心臓を大きく跳ね上げるバルドフ。その額には薄らと汗が滲み、気を抜けば瞳が大きく揺れ動きそうになる。
だが、そんなあからさまな態度を示してしまえば、どうなるか――彼はそれを熟知していた。ゆえに、必死に平静を装い言葉を継ぐ。
「……ああ、その……少し用事ができてしまってな。席を外している。後で必ず顔を出させる。それまでは私が応対しよう」
初顔合わせに指導を受ける本人が居ないというのは、普通ならば有り得ない話。だが、残念ながらレイの行方は不明。苦し紛れと言う自覚はあるが、それ以外の言い訳などすぐには思いつかなかった。
だが、そんな嘘などすぐに見抜かれてしまったのだろう。まるでバルドフを観察するような鋭い視線を向けるミス・ゴーディス。彼女は射るような視線でバルドフを見遣りながらも、ほんの僅か口元を歪めた。
「そうですのね。問題児とお聞き致しましたし、この程度の失礼など、可愛いものかもしれませんわね」
甘い口調の奥に刃物のような冷たさを感じさせるその物言い。
(この女……噂通り、ただ者ではないな)
バルドフは、ミス・ゴーディスの底の知れなさに舌を巻きながらも、自身ができる精一杯の対応を続けるのだった。




