13話:え、ヴェレリウスって誰!? 神様!? この世界に神様いるの!?
その夜。
レイは屋敷へ帰りつくなり、メイドたちの業務感満載の迎えを軽くあしらい、自室へと向かった。
そこにはアリスの姿もあったのだが――何かやらかしたらしい。先輩メイドにこっぴどく叱られている最中だった。
(うわぁ〜可哀想……)
彼女は内心でそう呟きながらも、一瞬。不憫な思いをしているであろう、アリスの仲裁に入るか検討する。だが、そう言えば……。レイはかなりの問題児。間に入れば最後。もっとややこしい状況に陥る可能性だって否めない。
(うん、可哀想だけどワタシ、ナニモミナカッタ。ナニモ、ミテナイ。カレー、タベタイ……)
ギチギチッと、視線をロボットのように逸らすと、すぐさま見て見ぬふりを決め込み部屋へと戻った。
自室へと戻ったレイ。彼女は、すぐさまベッドにポフッ。飛び込むようにして絹製の掛け布団へと身を投げる。
「はあ……もうほんと疲れた……スマホどこだっけ?」
そう言って、思わずポケット辺りを探しかけ――ハッ!
「そうだ! スマホないんだった! 昨日までちゃんと記憶あったのに、ふつーに忘れてた……はぁ……」
苦笑を洩らすと、ゴロン、ゴロゴロ――ベッドの中を落ちないように転がりながらも、レイムンドの言葉を思い出す。
『ならどうやってここにたどり着いた。お前はこの店に来れてんじゃねえか』
(……そう言えば、私どうやって店に着いたんだっけ?)
記憶を振り返ろうとしてみるも、無意識的なことほどなかなか思い出しにくいというもの。
(うーん……行動? じゃないか。なら言葉?)
色々と思い返してみるも、ただ路地を彷徨い歩き、“本当のレイ・ヴァーティンなら怒っちゃうかも!”みたいな内容をついうっかりと、口にしてしまったくらい。
だがそんなもので店が現れるなど普通に考えて有り得ない。
「うーん。わかんないしまっ、いいや! それよりおにーさ……じゃなくて、おじ……でもなくて、レイムンド? なんか怪しかったよね?」
よくよく思い返せば違和感しかない彼の言動。なにか切羽詰まったような……。
「あっ、そうか! 彼女とデートの約束してたんだ!」
レイは天才的な結論を導き出すと同時。ガバッと上体を起こし窓の方へと歩み寄った。
彼女の眼前。真っ暗闇の中に、砂糖をまぶしたような満天の星空。
「……今日は新月なんだ〜。星めっちゃきれ〜! なんか金平糖食べたくなってきたかも!?」
そんな独り言を洩らしつつも、チラリ。壁に立てかけるように置かれた柱時計へと視線を投じる。
(うーん。まだ寝る時間には早いかな?)
レイは内心でぽつりと呟くと、サッと室内を見渡し――ハッ!
ベッドとサイドテーブル近くに落ちる革製のケースを視界に留めた。
(そ〜言えば、レイムンドからなんか貰ったよーな!)
それを思い出すと同時に、レイは革製のケースを拾い上げると、静かに真鍮を開いた。
しかし――
「……これが、地図?」
高級そうな革製のケースから出てきたのは、茶色く黄ばんだ古びた紙切れ。
その紙切れには、ところどころ奇妙な記号や文字が描かれており、一見、道路や町の区画を示しているようにも思える。だが、まったく見覚えのないシンボルや曲線が入り乱れ、何を意味しているのかさっぱりわからない。
「どこが道で、どこが建物? 記号も文字も見たことなくて意味不明だし……」
何もかもが解読不能なそれ。レイは頭を抱えながらも、紙を裏返したり傾けたりするが、一向に理解するには至らない。
とはいえ、この地図を解読できなければ、また迷子確定。いや、迷子と言うよりも、迷子にされてしまう。
ゆえに彼女は、いつもより頭を右に左に捻り、なんとか紙切れの解読を試みた。
しかし――結局のところ、どれだけ眺めても謎が解ける気配がない。
「はあ……ホントにあの仕立て屋もレイムンドも怪しさ満載というか……。この地図? がなんの役に立つのかもわかんないんだけど。でも、持ってれば迷子にならない的な感じだったし、読めないし……」
無駄な時間だけが過ぎるのを感じ取ったレイは、うんざりしきった様子で、紙をケースへと戻すと枕元にぽんと放り投げる。
そして、チラリと柱時計へと視線を投じると、自嘲気味な呟きをひとつ。
「まあいいや。とりあえず、明日は今日より早く行かなきゃ……。絶対処刑エンドだけは回避したい!」
掛け布団へと潜り込むと、静かに瞼を閉じるのだった。
◇◆◇
――その晩、レイは不穏な夢を見た。
最初は、元の世界で友人たちと談笑している平穏な夢だった。
しかし、次第に空が闇色に塗り潰され、世界全体が漆黒へと沈み始め、どこからともなく冷たい風が吹き荒れる。
ついさっきまで見えていた街らしき建物も、友人の輪郭も、いつの間にかぼんやりと揺れ、遠のいていく。
ただ聞こえるのは、悲痛なる祈りの叫びか――それとも、単なる風の音なのか。
薄暗い視界の片隅。灰色の瞳が一瞬だけ浮かび上がると同時。レイは声を上げようとした。
しかし――
(……誰かいるの?)
声が出ない。
胸の奥がざわつくような奇妙な違和感を覚え、本能的に逃げようと試みる。だが、何かに足を掴まれているのか――足すら動かせない。
(待って、待って待って待って!? いや、落ち着こ。うん、落ち着いて!?)
レイは内心で動揺を隠せず。唯一動かせる視線だけを左右に揺らし周囲の様子を窺った。
だが、自身の視界が映す先に、誰かの姿など存在しない。
(どういう、こと?)
何かに足を掴まれるような感覚。じとりと、背筋を伝う嫌な汗。ドッドッと早くなっていく心音……。
そのすべてが、これは何かおかしいと告げてくる。
だが、何かおかしいと頭でわかったところで、打開策など講じようがない。
ただ瞳を小刻みに揺らしながら、呆然と立ち尽くすことしか叶わない。
やがて――
ガッシャーン!
どこかで何かが砕け散るような音がしたかと思うと同時。突然、生臭くもどろりとした朱の雨が降り注ぐ。
それはまるで血のようで……思わずレイは、悲鳴を上げそうになった。
しかし、やはり声が出ない出ない。
(ねぇ、誰か助けて!?)
必死にそう声を張り上げようとしているにもかかわらず、言葉が喉に突っかかり、放つことが叶わない。
それでも必死に声を上げようと足掻くが、なんの改善も見込めない。
そのうち――
(ほんと、意味わかんないんだけど!? ねぇ、めっちゃ怖いんだけど……)
徐々に心細さが募り、じわりと目の周囲が熱くなっていく。視界が波のように揺れ、ほろり。ほんのりと暖かな雨が頬を叩く。
直後。ゆっくりと暗闇がレイへと近づき始める。
ぴちょん、コツンッ……。
浅い水溜まりを歩くような、固いコンクリートの地面を歩くような。足音のような、靴音のような相反する調べがレイの真後ろへと近づいたと瞬間。
彼女の周囲に漂う酸素濃度が異常に薄くなっていく。
新鮮な酸素を求め、息を大きく吸い込んでも、まるで宇宙空間のようにスタッフィーな虚無。それはまるで、窓や扉のないモナドを証明する空間のようで……。
(あっ……これ、死ぬやつだ……)
レイは直感的に自身の死を悟る。
刹那――
『ふふっ、キミに忠告だよ? この世界の神、ヴェレリウスには絶対会わないで』
そんな不可解な警告が耳元で囁かれた直後。レイの意識がプツンッと途切れ――




