12話:頑固|レイムンド《おじさん》の焦燥。なんで急に私、店から追い出されちゃったの!?
それから時間は過ぎ――相変わらず本縫いと仮縫いを取り違えたまま、せっせこと手を動かし続けるレイ。
そんな嬢ちゃんを監視しながらもレイムンドは、チラリと窓の外へ視線を流した。
路地裏しか見えなかったはずの窓ガラス。しかし、彼が視線を投じると共に、なにか不思議な力でも働いたのか――それとも偶然か。突然波紋が生まれたと思った次の瞬間、斜陽が建物の影を長く伸ばす背景に。
けれどレイは気づかない。そもそも窓に背を向けて針と戯れている彼女が物理の法則を無視して気づくなど無理な話。
レイムンドはその夕空から視線を逸らすと、チラリ。自身の手へと視線を投じ――
(……これはまずいな)
若干の焦りを内心に呟き落とすと、嬢ちゃんへと告げた。
「今日はここまでだ。とっとと帰れ」
しかし嬢ちゃんは、だいぶコツを掴んできたという認識だったのだろう。
「えっ、ようやくコツ掴んできたのにもう終わり!? それに、まだ全然進んでないんだけど!? このままじゃ絶対間に合わないよ!?」
そう言って、目を丸くしながらも猛抗議。
だが、そんな嬢ちゃんの抗議などには興味ない。ゆえにレイムンドは、軽く肩をすくめ言い及んだ。
「あのな、夜に子供がウロつくもんじゃない。そもそも時間を無駄にしたくなけりゃ、明日からもっと早く来いよ」
それは間違いなく正論の類。流石のレイもぐうの音が出ず。渋々、針をピンクッションに刺し、手元の生地を放り出すようにテーブルに置くと、すぐさま帰宅準備を整え、店を後にしようとした。
「はあ……。じゃあまた明日来るから!」
だがそう言えば……。不意に、レイの脳裏でここへと来る道中のことが思い返される。
それと同時。レイはおじさんへと体を向き直すと、机をバンッと叩き、抗議を始めた。
「……ってそうだ! 毎回毎回、意地悪されるんだけど、どうしてこの店消えるの!? 昨日も今日も一時間以上、道に迷ったんだよ!? しかも、今日なんて凶暴な猫に襲われたし!」
だがおじさんには心当たりというものがなかったのだろう。
「はあ? 何言ってんだ、店が消える? 寝言は寝て言え。どうせ、お前が方向音痴なだけだろ?」
そう言って、まったく相手にしてくれない。
だが実際問題、毎度店が消えているという非常に困った怪奇現象が起こっている。ゆえにレイは、証拠もないその事実を引き合いに出し、詰めるように不服を叩きつけた。
「そんなことない! 私ナビとかでちゃんと目的地つけるし!」
「ナビ? なんのことかわかんねえけどよ、早く帰れ。俺も予定があんだよ」
しきりに外を気にしながらも苦笑を漏らすおじさん。だが、そんなことレイからすれば知ったこっちゃたない。
「そんなの知らないもん! そもそもだよ? ふつー路地裏で見つかんないとかないと思う!」
「ならどうやってここに辿り着いた。お前はこの店に来れてんじゃねえか」
「えっとね……確か……あれ? なんで来れるの?」
レイは一瞬、この店にどうやってきたのか思い出そうとするも、無意識的な発言のせいか心当たりが見当たらない。
ゆえに、何故ここに来れたのか。わかるはずもないレイムンドへと逆に聞き返してしまう。
(そんなもん、俺が知りてぇ話だ)
レイムンドは軽く舌打ちをしながらも、長々と店に居座られても困るというもの。そのため彼は、どうすべきか一瞬だけ思考を巡らせると、すぐさま地図の入った革製のケースを差し出した。
「はあ……めんどくせえ。ならこれを持っておけ」
瞬間、レイの瞳がキラリと輝く。
「え? なにこれ!? なんかめっちゃ高そうだけど!?」
興奮気味にグイッと顔を近づけ、レイムンドへと詰め寄る嬢ちゃん。その後もしきりに、「これどこで買ったの!?」「いくらくらいするの!?」と好奇心に思考を乗っ取られるようにして声をかけ続けてくる。
そんな嬢ちゃんの無配慮な態度に、レイムンドは自身の軽はずみな行動を内省する。
(くそっ。やらかした)
しかし、今はそんなことを言っている場合ではない。まるで人語を話すオウムの如し、ぺちゃくちゃと意味のわからない妄言を連ねる嬢ちゃんをどうにかしなければいけない。とはいえ、嬢ちゃんは興味の惹かれることには一直線の猪なのだろう。レイムンドは、僅かに考えを巡らせながらも強硬手段を決行する。
「いいからさっさと行け。もう日が暮れる」
そう言って、嬢ちゃんに地図を握らせドアを開け放つと、そのまま問答無用で店から追い出してやる。
だがレイにはその理由がわからない。ゆえに彼女は、声を上げる。
「えっ、ちょ、説明してもらわなきゃわかんないって!」
刹那。おじさんの栗色の瞳が、束の間。金色に発光し、姿が水面のようにさらりと揺れる。だが、それは一瞬のできごと。レイはそれが見間違いか否かを確認する前に、バンッ! と音を立て、扉が閉ざされてしまう。その上、カチッと中から鍵を閉められ、もう意味がわからない。
レイは、突然のできごとに一瞬だけ呆気に取られながらも――ハッ!
ガチャガチャと取っ手を引いて、説明を求めようとした。だが、いくら粘ったところで、頑固おじさんが扉を開けてくれる気配は皆無。
「もう! めちゃくちゃ不親切!」
レイは不満げにそう言いながらも、「また明日!」そう言うと、そそくさと店を後にするのだった。
◇◆◇
一方のレイムンドはというと――
「はあ……今日は新月だったか。
月の満ち欠けが適当すぎて、俺自身、読み切れねぇんだが、なんでこんな欠陥構造にしたんだ?」
そうボヤきながら、窓の景色を覗き込む。
先ほどまでは、確実に映し出されていたはずの路地裏。しかし、何故か今は、長閑な花畑が映し出され、発光する大樹が花々に囲まれるようにして、聳え立っている。
とはいえ、レイムンドが驚くはずもなく。彼はその景色を確認すると、すぐさま店内の後片付けを開始する。
テーブルの上。放置された元カーテンだったドレスになりかけの生地が。
とはいえ、嬢ちゃんが本縫いと仮縫いを取り違え、尚且つガタガタに縫ってくれたおかげで、ところどころ不自然な縫い跡が目立っている。
「ったく、ほとんどやり直しじゃねえか」
レイムンドは文句をひとつ。生地を手に取りじっと縫い目を眺める。
(あの嬢ちゃん、レイとか言ったか? なぜここまで不器用なのか。まるであいつみたいだ。
とはいえ、あいつの気配はまだ感じられない。他人の空似なんだろうが……)
「はあ……」
彼は大きな溜め息を吐き出すと、ドレスになりかけの生地へと右手を翳す。
直後。小さな光が現れ――ふわりと生地を包み込んだかと思うと、次の瞬間には糸が緩み、いつの間にか“本縫い”が“仮縫い”の段階へと逆戻りする。
最初から本縫いなど存在しなかったかのように、傷ひとつないその生地。レイムンドはそれを見つめながらもぽつり。
「面倒いガキに捕まっちまったな……」
誰に聞かせるわけでもなくそう吐き捨てると、生地をサッと畳み、店の奥へ放り投げる。
外はすでに闇に沈み、店内の薄暗い灯だけが彼の姿をぼんやり照らしていた。
「はあ……」
レイムンドは、憂鬱な溜め息をひとつ。彼はもう一度視線を窓へと向け、無機質な暗がりを見つめると、一言。
「──さて、俺にも色々と都合があるんでな」
そう小さく呟くと、彼は店内の奥へと進む。
コツンッ――カツンッ――
レイムンドの足音が遠退いていく度、店内の灯がひとつずつ自然と消えていく店内。
それはまるで、最初から誰も存在せぬ廃屋のような静寂さ。
だが、彼はもちろんのこと。それを気に留める存在など誰もいない。ゆえに数分後には、虚無のような真っ暗闇に支配されてしまう。
そんな誰も存在しない店内。何も存在しないはずの暗闇から、僅かに光を放つ扉が不意に現れたかと思うと、ギィィィ――
扉がほんの僅かだけ開いたかと思うと、奇妙な気配が空間内に漂い始める。
そして。その扉の奥にいるであろう、誰かがくすり。
「うふふっ、まだこの扉を開けることは叶わない感じか〜。
まっ、今回はそんなに急いでないし、別にいいかなぁ〜。ふふっ。それに、君との遊びも今回で終わり。だから、もう少しだけ何も気付かずそのままでいてね?」
そうぽつりと呟くと、不穏な気配を孕んだ誰かは、そのままパタンッと扉を閉め――なにごともなかったかのように、再び空間は虚無の闇に支配されてしまうのだった。




