11話:おじさんってレイムンドって言うの? 私と名前似てるね!・後編
(あ〜なんか地味な作業で疲れてきたかも。はぁ……なんか今猛烈にカレー食べたい! 何カレーがいいだろ? やっぱり、ここは王道のチキンカレー? でもサグマトンとかもいいし、サグパニールも捨て難いよね!)
そんなことを内心で考えながらも無心で縫い縫い、縫い縫い。せっせっと仮縫いしていくレイ。
彼は頬杖をつきながらも、その様子をじっと見つめ――疑念を投じる。
「なあ、ちゃんと仮縫い用に縫い代を取ってあるんだよな? いま外した部分、次で調整するんだろ?」
「カレー! じゃなくて、縫い代? さっき『とりあえず印通りに縫え』って言われたから、その通り縫ってるよ?」
それを聞いたおじさんは、考える像の真似をすると1拍。すぅ……と息を吸い――
「……1回で覚えろ、このド阿呆! 仮縫いの段階で本縫いしちまったら、後から調整できなくなるだろうが!」
鼓膜が破けそうな声量で、レイに怒鳴り声を浴びせはじめてしまう。彼女は、そんなおじさんの更年期障害のような情緒不安定さに、針と布を放り捨て、耳を塞いで反論を投じる。
「そもそも私、この縫い方しか知らないし! それに、おじ……じゃなくて、おにーさんの教え方が悪いんじゃん? もっと丁寧に教えてよ。私まだ、こーみえて8歳なんだよ!?」
そんな嬢ちゃんの言動に、彼は苛立ちのあまり片手で頭をぐしゃり。激しく掻きむしりながらも、心を落ち着かせる為、指先で軽くテーブルを叩くと、深呼吸をひとつ。言葉を紡ぐ。
「あのな……手順は全部説明してやっただろ? 俺が言った通りにちゃんとしろ。余計なことして縫い直しになれば、困るのはお前なんだぞ?」
じっと射抜くように視線をレイへと向けるおじさん。その表情は、まだ何か言いたげな気配を宿しているものの、そこから先は紡がれない。
そんなおじさんのの態度にレイは、一瞬だけ言い返そうと口を半分開き――止めた。
そのせいか、作業場ははしんと静まりかえり、ほのかな埃の匂いと布の擦れる音のみが、空間を支配していく。
やがて、数秒後。
「……わかったよ。やり直せばいいんでしょ、やり直せば」
レイは不貞腐れながらも、どこか納得のいかない表情で縫い合わせたドレスを見つめる。そんな嬢ちゃんに彼は、
「ほら、サッサとやり直せ」
そう言うと、無慈悲に縫い上げた部分を解いていく。
刹那――
「あーーーっ! もう! せっかく縫い終わったのに! おじ……にーさんの意地悪! 鬼畜!」
レイは目を見開きながらも、思いつく限りの悪口を連ねた。
しかし、彼にはそんな馬鹿げた口撃など通用するはずもなく。
「お前が悪いんだろ?」
愛想悪くそう事実を突き返してしまう。そんなおじさんの発言にレイは、頬をぷくりと膨らませ、「むぅ……っ!」
変顔か否か微妙にわかりづらい表情で、彼を睨め付ける。それを認めた彼は、嘆息をひとつ。これ以上、拗ねられてもあとが面倒臭い。
「ほんと世話のかかる嬢ちゃんだ。ったく、もう少しちゃんと説明してやる。これが最後だ。よく聞けよ? まず仮縫いってのは――」
そう言って、妥協案を講じてやった。
その方法はどうやら功を奏したのだろう。
「え、最初から教えてくれるの!? わーい、優しいじゃん!」
瞬時に嬢ちゃんは、機嫌を元通りに戻し、にこり。破顔するような満面の笑みを浮かべ始めた。
そんな嬢ちゃんの笑顔に彼は、苦笑を浮かべつつも、肩をすくめ、内心でぽつり。
(……ったく、呑気に笑いやがって。手間が増えるだけだろうが)
再度一から、説明をしてやった。
してやったのだが――
それを聞いてもやはり理解ができない。
(ベイスティング ステッチって何!? ベースボールするの!? それに、ランニング ステッチとか言われても、まったく意味わかんないんだけど!? なに!? ディ〇ニーキャラクターがダイエットの為に走ってんの!?)
そう内心で、困惑に困惑を塗り重ねながらも必死に手を動かし――なんとなく自分なりに理解してきた頃。レイは唐突におじさんへと声をかけた。
「そういえば、おじ……にーさんの名前ってなんて言うの? あっ、私はレイ!」
おじさんは、そんなレイの問いかけにチラリ。彼女の手元の布へと視線を投じ、心の中で落胆した。
(はあ――こいつ、また本縫いしてやがる。あとで全部手直ししねえとじゃねえか)
だが、いくら言っても本縫いと仮縫い自体がごっちゃになっている嬢ちゃんに、何を言っても時間の無駄。ゆえに彼は、諦めを選択すると、僅かばかしの間を置き名乗りを上げる。
「……俺はレイムンド・アルカディアだ」
「ふ〜ん。おにじーさん、私と名前似てるね! たまたまなんだろうけど、すっごい偶然!」
けれど、その内心は少しだけ疑問に包まれていた。
(エトプリって、そんな名前のキャラいたっけ? まあ私自身、読んでないからまったくわからないんだけど……。そんなキャラの話聞いたことないよーな気がするんだよね?)
だが、いくら考えても、挿絵だけしか目を通していない彼女には、それ以降の答えなど、残念ながら知る由もなく。
こんなものなのかもしれない。そう考えを改めながらも、僅かな違和感を飲み込むのだった。
とはいえ、何も違和感を覚えたのはレイだけではなく。レイムンドもまた、彼女同様に懸念を覚えてしまっていた。
「……嬢ちゃんはレイって名前なのか?」
ゆえにそう復唱しながら確認してみるものの――
「ん? そ〜だよ? ちゃんと先にレイって名乗ったじゃん! 人の話はちゃんと聞かなきゃなんだよ?」
返ってきたのは、棚上げも同然のそれ。
「お前――」
彼はすぐさま指摘をしようと口を開き――ふと心当たりを思い出す。
(いや、まさかな……)
だが、そんなことは有り得ない。そう考えを改めると、偶然だと結論付け、作業進行を促した。
「まだここまでしかできていないんだ。もう少しペースを上げろ」
「え〜! これでもめっちゃ、早めにやってるんだよ!? ほら! もうここまでできたもん!」
そう言って嬢ちゃんは、針と糸を放り出す勢いで立ち上がると、レイムンドに進捗を見せようとドレスにすらなりかけていない元カーテンを広げはじめる。
だが、その扱い方は雑すぎる。
「あまり乱雑に扱うな。生地が痛むだろ」
「むう……レイムンド怒ってばっか!」
「お前が悪い」
「そんなに怒ってると、将来中肉中背のハゲハゲ男になっちゃうよ!?」
瞬間――ハッ!
(もしかしてあのハゲの人、ずっとぷんすか怒ってるから中肉中背のツルピカピンになっちゃったとか!?
うん、めっちゃ有り得る! ていうか、そうとしか考えれないんだけど!?)
世紀の大発見をしてしまったことに感動を覚え、うんうんと一人頷き続けた。
そんな嬢ちゃんの奇行を認めたレイムンド。
(はあ……。こいつは、何を考えてるのやら)
内心で軽く苦笑を漏らしながらも、肩をすくめると、くすり。僅かに口の端を上げながらも、嬢ちゃんへと釘を刺した。
「早くやれ」
「むう……。はあ……もうミシンとかないわけ!? ミシンでガガガッてやればすぐ終わるじゃん!」
唇を尖らせ不満を露にするレイ。しかし、やる気はしっかりあるのだろう。針と糸をチマチマ動かし、必死に仮縫い(実際は本縫い)を進めて行く。
「またわけのわからんことを……。いいから早くしろ。この後もまだまだ工程は山積みなんだ」
レイムンドはもう何度目かも判らない溜め息を漏らしながらも、これ以上言っても意味がないと判断するや否や、嬢ちゃんの仮縫い作業を生暖かな目で見守るのだった。




