11話:おじさんってレイムンドって言うの? 私と名前似てるね!・前編
その翌日。レイは宣言通りおじさんの店へとむかった。
しかし、何故なのか。やはり店が見つからない。昨日同様、何度行っても壁や行き止まり。それに加え、道中猫に襲われるという災難にも見舞われた。そんな凶暴な猫から逃げ惑いながらも、迷子になること数時間。
「もー! これもそれも全部本当のレイ・ヴァーティンが悪いんだと思う!」
そんな不満を吐き捨てたと同時に、再び怪しげな仕立て屋が現れた。
そこから考えるに、“レイ・ヴァーティン”とこの仕立て屋には、何かしらの因果がありそうな気配が。とはいえ、偶然の可能性も否めない。
だが、レイはその違和感に気づくことなく。その日も元気よく仕立て屋の扉に手をかけ――
「やっほ〜!」
昨日の帰り際とは打って代わり、心機一転。ハツラツな声でおじさんへと挨拶する。
そんなレイの眼前には、待ちくたびれたと言わんばかりの態度のおじさんが。
それを認めた彼女は、キョトンと首を傾げながらもポンッ! 何かを理解するなり、にこやかな笑みを添えアドバイスを口にした。
「あれ? なんか疲れてる? 寝不足? ホットアイマスクすると寝付き良くなるよ!」
「は?」
だが彼からすれば、意味不明。ホットアイマスクとはなんなのか。マスクということは仮面の1種か? と僅かに怪訝する。
だが、そんな嬢ちゃんの発言を気にしていれば、途端に日が暮れる。昨日の一件で、嬢ちゃんが効率の悪いタイプということは既に承知済み。ゆえに彼は、嬢ちゃんの発言など右から左へと聞き流し。裁断された元カーテン生地を見せ、告げる。
「ようやく来たか。裁断は終わってるぞ」
染色が終わり、ゴージャスで上品な深紅の元、金色のカーテン。昨日、火の傍で干して数時間後には裁断をしようとしていた為、それを見るのははじめてという訳ではないが――改めて見ると、こうジーンッとした感情が湧き上がってくる。
レイはその裁断された生地に、「おお〜!」と感嘆とした声を上げると、興奮しきったまま言葉を続けた。
「さっすが! めっちゃキレ〜! これがプロの技ってやつなんだね!」
どこか興奮した態度を示し、瞳をキラキラと輝かせる嬢ちゃん。彼は、そんな嬢ちゃんからのべた褒め攻撃に、どこか擽ったさを覚えながらも、フッ。軽く肩をすくめて鼻を鳴らす。
(鼻鳴らしてかっこつけてるっぽいけど、照れてるの知ってるからね! 素直に喜べばいいのに。この人もしかして、ムッツリ? カタツムリ? なんかそんな感じだったりする!?)
そんな態度を認めたレイは、内心でほんの少し不満を覚えながらも、いちいち気にするほど、子供ではない。ゆえに彼女は、サラッとおじさんの鼻につく態度を受け流すと、すぐさま次の指示を仰いだ。
「で、次は何するの?」
「次はピンで仮留めした後に、しつけ縫いだな」
淡々と、事務的な態度で答える彼。けれど、嬢ちゃんの頭は少しばかり――いや、かなりぶっ飛んでいたらしい。
「躾縫い……? えっ、何を躾るの? 犬?」
そう言って、本気で理解していない態度を示してしまう。
流石に無知がすぎる嬢ちゃんの発言を前に、彼は深く長い息を吐き出してしまう。
「……はぁ……………………。
しつけ縫いっていうのは、仮縫いのことだ」
「あぁ〜! 仮縫い! 聞いたことあるよ!」
「そうか。なら、まずピンで適当に留めて、縫ってけ」
「りょーかい! 任せて!」
そんな会話の末。レイはおじさんの案内の元、ピンが沢山刺さったピンクッションや、様々な色の糸や大きさの針などがある、地味な場所へと案内される。
そして。
「じゃあ、俺は別の作業してっから、わかんねぇことがあったら呼んでくれ」
そうぶっきらぼうに告げるおじさんを横目にレイは、「はーい!」と一言。すぐさま、作業へと取り掛かった。
だが、そう言えば――
(……仮縫いってなにするんだっけ? 普通に縫っていけばいい感じ?)
レイは内心で訝しむ。ここは、おじさんに確認すべきなのだろうか?
しかし、ついさっきおじさんはこの作業場から出て行ったばかり。
「まあ、なんとかなるでしょう!」
レイはそう考えを纏めると、早速仮縫いとやらをはじめた。
数十分後。
「おぅ、ちゃんと進んでるか?」
用事が一段落したのだろうか。おじさんはそう声を掛け、レイの作業進捗を確認する。
しかし――
「……お前、何をしてるんだ?」
若干、声を低めにそう問いかけられてしまう。
その声から滲むのは、なんとも言えぬ怒りと呆れ。レイはそんなおじさんの声の変化に違和感を覚えながらも、何故そのようなことを聞かれたのか、わからない。
「え? 仮縫いしてるんだよ? 何言ってるの?」
だが、その縫い方はどう見ても、| Full Backstitch《本返し縫い》や、| Half-Backstitch《半返し縫い》と呼ばれるもの。
彼は無意識に、本縫いをはじめてしまった嬢ちゃんに、もう数え切れないばかりの呆れを覚えながらも、諭すように説明してやる。
「それは本縫いの領域だ。どこでそれを覚えてきた? いや。そんなことはどうでもいい。まず、ちゃんとピンで刺せ。それから、しつけ糸で基準線に合わせて緩く縫っていけ」
「何縫い?」
「|粗いなみ縫い《Basting Stitch》か、|なみ縫い《Running Stitch》辺りでいい。ちゃんと縫い代を取ってから仮縫いをしろ」
だが、ベイスティング・ステッチだの、ランニング・ステッチだの言われてもちんぷんかんぷん。
(このおじさん、何言ってるのかわかんないけど、まあ縫うなんて楽勝だし、これくらいなら聞かなくてもへーきだよね?)
レイはそう内心に投じると、「わかった!」そう言って、再び仮縫いをはじめた。
そこから十分後――




