9話:ドレス作ってもらえることになったよ! えっ、嘘!? 私が作るの!? それ、本気!?・後編
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そんなこんなで、洗い場に着いたレイ。彼女はおじさんの指示の下、作業を開始した。
しかし、慣れない作業に戸惑いの連続。それに、ゴーゴーと燃える竈のせいか、蒸し暑く、少し動くだけで汗まみれ。
「え、えっと、先にお湯は汲んでおくんだよね? あれ、さっき入れたお湯が……あちちち!」
レイは額に流れる汗を拭きながらも、洗剤のような粉末をドバッと適当に、大量投入してしまう。そのせいか、いや何が起こったのか。泡が異様に膨れあがり――洗い場は見るも無惨に泡の国へと早変わり。
それを認めたおじさんは、額に手をやりボソリ。
「おい、いくらなんでもこりゃ泡立てすぎだろ……」
どうしてこうなったのか。内心で嬢ちゃんのセンスの無さに呆れを覚えながらも絶句した。
そんなおじさんの小言に、レイはビクリと肩を跳ね上げさせながらも、帰れ! と言われるのは避けたいところ。ゆえに、必死の言い訳をドローし、盤面に叩きつける。
「えっ、あ、ごめんなさい! すぐ流すから!」
そして、有言実行。即座に泡まみれのカーテンを水洗いしようとした。だが、それは寸前で制止されることに。
「おい、ちょっと待て。布を漬ける前に余分な粉を洗い流さねえと色落ちするぞ? それに加えて、こんだけ泡まみれとくれば、洗っても泡まみれになって時間の無駄だ」
そんな彼の助言を受け、小動物のようにあわあわと忙しなく戸惑い続ける嬢ちゃん。
「えっ、マ!? あわわわ……す、すみません……!」
そんな嬢ちゃんに呆れを覚えながらも、この状況を放置すれば待つのは地獄。彼はそれを即座に理解すると、適当な桶を取り出し、余分な洗剤を丁寧に払い落としていく。
そんな洗い作業でも悪戦苦闘を強いられるレイ。けれど、その後もなんども失敗を経験することに。
洗浄後。
(洗い作業終わり! 今日の作業はこれだけ、かな?)
そんな達成感に満ち溢れていたレイ。だが、おじさんはまだまだ作業を続ける気満々。特に、彼女の体調や疲れ具合など気に留めることなく、速やかに次の工程へと取り掛かるべく問いかけてきた。
「なんとか泡は消えたが、ちょっと生地がふやけてるかもしれねえな。今度は染め直しの方だが、色味はどうする?」
だが、色味をどうするかなど事前決めていない。というより、そんな考えなど一切なかった。ゆえに、困り眉で問い返す。
「え、えっと……どういうのがいいと思う?」
「は? 何も決めてなかったのか?」
「うん……。だって染色するとか思ってなかったし……」
「はあ――お前、詰めが甘いってよく言われないか?」
彼は何度目か。呆れを含んだ溜め息を吐き出しながらも、洗浄を終え、火の傍に干したばかりのカーテンへと視線を投じ――数拍。提案を口にした。
「……バーガンディで深みを強調するのはどうだ?」
(バーガンディ? なんだっけそれ?)
暗く深みのある臙脂色など、レイの脳内辞書にはない言葉。ゆえに内心でコテンッと小首を傾げながらも、仕立てのプロがそう言っているのだから間違いないだろうと結論づけると、理解しないまま首を縦に振り話を進める。
「裾は?」
「……そう、だな。裾に向かってグラデーションを入れ、装飾を施す部分は少し落ち着いた色調。例えば、お前のその髪と同じ黒なんてどうだ?」
「ふむふむ。あんまりイメージ湧かないけど、ならそれで!」
その態度からは、一切何も理解できないことが窺える。とはいえ、本人がそれで良いと言うならば、ドレスを着る当事者でもない彼がとやかく言う筋合いもない。ゆえに、嬢ちゃんの無知など意図的に無視を決め込み、確認を取る。
「わかった。面倒い工程を踏むことになるが問題ないか?」
「面倒臭いってどんな感じ?」
「染色温度と量を少しでもミスるとムラが出る。そこにグラデーションを入れるんだ。その調整なんかが必要になってくる」
そう言って彼は、鍋や計量道具を取り出し、順に説明を加えていく。けれど、どの道具も初めて見るものばかり。そのためレイは、キョトンと目を瞬かせながらも問いかけた。
「ね、計量カップとかないの?」
「計量カップ……? なんだそれ?」
「んとね、水とか測るやつ!」
「ああ、それならこれだ」
そんな会話のキャッチボールの末、出てきたのはメモリなどが一切ない|ピューターメジャーカップ《変な水入れ》。
(これが……計量カップ?)
レイは内心で不安を覚えながらも、洗い場と同じ場所に用意された染色作業を行うスペースに移動し、おじさんに軽く口頭説明を受ける。
「このカップで3分のい……いや、染色剤を1杯分入れろ。そんでから、染色剤を入れる温度は100――いや、アスト硬貨くらいの泡が浮かんできてから入れろ。火加減、間違えんなよ?」
しかし彼は、作業を任せたこと自体が間違いだったとすぐさま理解することに。
「うわっ、染料が変な色に固まってるんだけど……!?」
絶叫にも似た驚嘆の声をあげる嬢ちゃん。だが、そもそものところ、お湯の温度を間違えている。それは見ただけでもわかる初歩的なミス。
しかし――
(えっ、なんで!? 私、ちゃんとおじさんの言った通りにしたよ!? アスト硬貨とか意味わかんないけど、ちゃんと泡出てから入れたよ!? それに、ちゃんと染める用の洗剤、計量カップで測ったし!)
レイからすれば、おじさんが嘘をついたしか思えない。とはいえ、今はおじさんのせいでしょ!? などと文句を言う暇もない。
なんせ、鍋の中はぐずぐずと溶けきることのなかった染粉の塊が、金色のカーテン生地の上をぬめぬめと漂い、早くどうにかしなければいけないのだから。
「お前、どんな分量で、どのタイミングで染粉を入れたんだ?」
おじさんは、うんざりしきった様子で眉を顰めながらも、レイから木べらを奪い取り確認する。
「言われた通り、この計量カップで100杯は流石に入れすぎって思ったから3杯入れたよ?」
そう言って、自分は何も間違っていないと主張する。
しかし、彼からすればそんな指示をした覚えはない。
(はあ……。この嬢ちゃんがちょっと抜けてそうだから、言葉を言い直したのが間違いだったか。いくらガキでもこんな凡ミスするとは思わないだろ普通……)
彼は嬢ちゃんのバカさ加減に、ほとほと呆れを覚えながらも、毎度このような失敗をされては溜まったものではない。ゆえに、呆れ半分、苛立ち半分を胸中に抱えながらも、これ以上の失敗は勘弁してくれと注意を促した。
「大体、こんな一気に染粉を入れるのが間違いだ。もう少しずつ様子を見ながら――」
しかし、その注意を全部告げることなく、別の異変に気づいてしまう。
「……って、なんか焦げ臭くないか?」
彼は鼻を啜りながら臭いの元に視線を向けると、そこにはぐつぐつと茹だる鍋が――
それに気づいた彼は、すぐさま適切な指示を嬢ちゃんへと飛ばした。
「おい! そっちの火が強すぎる!」
しかし、急に火が強いと言われても対処法がわからない。
「こんな時どうすればいいの!?」
レイは焦ってかがみ込み、小さなつまみを探そうとする。だが、それっぽい部品が見当たらない。授業や家で使っていた、あの馴染みのガスコンロとはまるで勝手が違うのだ。
「最初に道具くらい把握しとけ。……くそっ、次から次へと仕事増やしやがって」
おじさんはそう毒づきながらも、慣れた様子で火加減を調整する。そんなおじさんの横顔をチラと見上げつつも、レイは小さくぽつり。
「染める作業ってこんなにも大変だったんだ……」
呆然とした態度で呟くのだった。




