9話:ドレス作ってもらえることになったよ! えっ、嘘!? 私が作るの!? それ、本気!?・前編
翌朝。いつものメイドから身の回りの世話を受けた後、レイはぐしゃぐしゃに丸め、ベッドの下に押し込んでいた金色のカーテンを引っ張り出すと、きょろり――ちらり。小さな体でそれを抱え、こっそりと屋敷から抜け出した。
目指す先は、たまたま見つけた路地裏の仕立て屋。少し迷子になりながらも、必死にそれらしき道を彷徨う。
だが、なぜか辿り着けない。もう目と鼻の先のはずにもかかわらず、どこをどう曲がっても壁や行き止まりばかりで、あの店の影すら見当たらない。
「どういうこと? ここだよね、ここ……? えっ、店が一日で消えるとかあるの!? いや、でもここはエトプリの世界かドッキリだから――えっ、まさかなんでもあり!?」
レイは訝しげに呟きながら、何度も路地をウロウロ、チョロチョロ。石畳を行き交いする。
そうして何度も何度も往復している間に、気づけば小一時間以上、迷子状態。
いい加減、苛立ちと不安が募ってくるというもの。
「もう! 早くしなきゃいけないのに意地悪やめてよ! もし私が“本当のレイ・ヴァーティン”だったら、いまごろ罵声でも飛ばしてるかも!」
そうプンスカと怒りを吐き捨てながら、再び狭い路地裏に踏み込んだ――刹那。視界の先に、見覚えのある看板が現れる。
「……へ? えっ、さっきまで壁じゃなかった?」
何が起こったのかわからず、間の抜けた声を洩らすレイ。
しかし、店が現れたのならば文句を言う理由は消え失せる。彼女は心底ホッとしながらも、急ぎ扉を開け放った。
「着いたー! 疲れた……」
相変わらず店の中は薄暗く、埃の匂いが漂っている。その奥には無愛想で可愛げの“か”のないおじさんが立っている。
そんなおじさんは、レイの姿を見るなり軽く目を見開くと、鼻を鳴らし皮肉を告げる。
「……本当に来やがったか。で、その布ってのは?」
どこか来ることを想定していなかったというような物言い。だが、その内心は関心が滲み溢れていた。
(偶然ではなく、必然的に来れたというわけか。面倒ごとには関わりたくないが、偶然が必然になっちゃあ──しゃあねえか)
そんな男の内心など知らぬレイは、どこか誇らしげにぺったんこの胸を張りながらも、「これ!」と言って、金色のカーテンを広げる。
それと同時。手以外の体はすっぽりと包まれ、考えなしにカーテンを開いたせいか――カーテンが軽く床を叩き、スノードームのように埃を舞わせ始めてしまう。
それを認めたおじさん。彼は、唐突に広げられたカーテンを見遣り――一拍。呆れ半分、目を丸くしながら眉間に皺を寄せる。
「……おい、これはどう見てもカーテンじゃねえか。しわくちゃだし一部シミがあるぞ? お前の言っていた生地はカーテンだったのか!?」
その態度からして難色を示しているのは明らか。けれどレイからすれば、ノープロブレム。ひょこり広げたとカーテンから顔を覗かせると、楽観的な態度で言い及ぶ。
「えっ? 大丈夫、大丈夫! 洗って染め直せばなんとかなりそうじゃない? ほら、織り目はちゃんとしてるし、素材も良さそうでしょ?」
何もかもを理解していないであろうレイ。そんな彼女に言葉を失いかけるおじさん。しかし、ここで何もせずに帰れ! と言ったところで、この嬢ちゃんが帰ってくれるはずもない。ゆえに彼は、一応確認はしてやった。という体裁を取るため、さらりと生地に手を滑らせた。
思いの外、手触りの良い生地。一定の厚みがあり、シミや色落ちなども染色し直せば、幾分まともな姿に甦らせることが出来るかもしれない。
(ふぅ……どうするか)
彼は僅かに頭を悩ませながらもチラリ。レイへと視線を投じ――重い息を吐き出した。
彼の眼前。そこには、目をキラキラと輝かせ、これでできるでしょ? やってくれるんでしょ? と期待の眼差しで見つめる嬢ちゃんが。
その瞳は純粋無垢であり、適当にあしらうのも良心が痛むというもの。彼は、再び内心で重く深い息を吐き出すと、そんな嬢ちゃんの期待に応えるべく、話を進めた。
「……ま、嬢ちゃんの言う通り、確かに素材は悪くはない。だから仕立てだけならば、可能かもな。だが汚れを落とさないと仕立て以前、話にならない。いいか、下手にやると色落ちや縮みで地獄を見るぞ」
まるで、レイの覚悟を確認するような物言い。彼女はそれを受け、ゴクリと唾を飲み――込むこともなく。楽観的な態度で意気込んだ。
「大丈夫! ちょっと洗剤入れてスイッチ押すだけ――って、それは洗濯機か。ここって洗濯機あるのかな? いや、あるよね? うーん。大丈夫! なんとかなる、と思う!」
「洗濯機? また変なこと言い出しやがって……。ま、いい。まずは洗い場に案内する。一ヶ月もねえんだろ? 俺も多少は手を貸してやるが、お前がサボったら完成は無理だからな?」
その発言からして、おじさんが作るのではなく、レイ本人が作る前提。流石のレイも、口をポカーンと半開きにして硬直してしまう。
(え、待って!? 作ってくれるんじゃなくて、私が作るの!?)
内心、なんで? と困惑で埋め尽くされるが、どうして作ってくれないの!? などと言って心替えでもされればたまったもんじゃない。
彼女は内心でモヤモヤを募らせながらも、「ガンバリマス!」と不安満載なカタコトで宣言した。
(……本当に、大丈夫なのか?)
そんな嬢ちゃんの発言に、彼は内心で危惧感を覚えながらも、全責任をこちらが請け負うなど不利益でしかない。ゆえに、一ヶ月後にできなかったとしても、嬢ちゃんが悪いと指摘できるように動くべく、彼女を洗い場へと案内するのだった。




