8話:変なおじさん登場! なんか仕立て屋っぽいんだけど、これっていわゆる棚からぼたもち!?
今回は区切ろうにも難しかったので、いつもより文字数多めです。すみません
ギィィィと不穏を煽るように、錆びた蝶番が鳴る扉。レイは、不安を覚えながらも、小さく声を発した。
「こ、こんにちは……」
けれど今は店主が不在なのだろうか。店はしんと静まり返り、人の気配は皆無。それに加え、路地裏に位置する店だからか薄暗く、仄かに埃と黴の混ざった匂いが充満している。
(えっと……もしかして、誰もいない?)
そう思いながらも、抜き足差し足忍び足。恐る恐る店内へと足を踏み入れた。
全体が見渡せないほどの暗がり。唯一見えるのは、大理石の硬い床のみ。
その床を慎重に進むと、コツン、コツンと音を反響させ、冷気というのだろうか、ひんやりとした風が足に纒わりついてくる。
(えっと……ここ、ほんとにお店? 立地じゃないから、潰れた感じ?)
そんな疑念を抱きながら、薄暗い店内を見渡していると、どこか奥のほうで床を踏むかすかな足音が響く。
――直後。
「……誰だ?」
店内の奥から変わった装飾が施された、燭台を片手に持つ男が、姿を現した。
レイはその声に驚きながらも振り返り――
「あっ、えっと……」
言葉を詰まらせてしまう。
レイの眼前。淡い栗色の髪と瞳を持ち、カルマパーマというのだろうか。前髪が6:4くらいに分かれ、緩く後ろに流れるような髪型をしているその男。
その表情は無愛想で、気さくな感じには見えない。
にもかかわらず、なぜだか懐かしさを覚えてしまう。
(……なんで私、この人を知ってるような気がするんだろ? 見た感じ、30代? でも、八歳児がこんなおじさんと知り合いなわけないよね?)
内心で訝しみながらも、20代後半のおじさんと知り合うことなど現実的に不可能。
ゆえにレイは、気の所為でしょ〜! と軽く流し、怪しげなおじさんの出方を窺った。
そんな彼女の視線に気づいたのか。それとも来客を確認するためか。おじさんもレイへと視線を投じ、一拍。
「なんだ、ただのガキか」
鼻を鳴らすようにわずかに口角を上げた。
そんなおじさんの言動に、レイはムッと眉間に皺を寄せながらも、これ以上の悪名を広げるのは得策ではない。ゆえに、愛想笑いを浮かべながら穏やかな口調で問いかける。
「えっと……ここってなんのお店ですか?」
「そんなことも知らないで来たのか? そうだな――
仕立て屋、ということにしといてやる」
一瞬、不自然な間を設けながらも紡がれたその言葉。それだけでも怪しさ満載だと言うのにもかかわらず、“しといてやる”とはどういうことなのか。
本来ならば、そう考えるべきだったのかもしれない。だが、“仕立て屋”と聞けば、それどころではない。
これは、願ったり叶ったりの棚からぼたもち。これを逃せば本気でドレスを自作する羽目になってしまう。ゆえにレイは、そんな違和感などかなぐり投げ捨て、願ったり叶ったり! 若干、興奮を覚えた様子で復唱する。
「えっ、仕立て屋!? それほんと!?」
グイッと顔を近づけ、キラキラと瞳を輝かせる彼女。そんな突然の奇行に走るレイに、おじさんは失笑とも苦笑とも取れぬ引き攣り笑いを浮かべると、若干戸惑い気味に肯定を示す。
「あ? ああ、そうだ。それがどうした?」
「えっと、実はドレスが欲しいの! 既製品ないかな!?」
「ほお……。既製品はないが、なぜだ?」
「なんで既製品ないの!? 普通あるもんじゃないの!?
え、あ、そんなことより、えと……もうすぐ社交界レビュー? があるっぽくてね! ドレス! 作って欲しいの!」
(……社交界レビュー? デビューじゃなく、レビュー、か……)
彼は内心で訝しむも、論点はそこではないのは明らか。
「なるほどな」
そう短く答えると、足の爪先からてっぺんまで。穴が空きそうなほど見つめ、顎に手を添え考えを巡らせる。
(どこぞの貴族の娘か……。それにしては見るからにデビュタントまであと数年といったところ……。いやそもそも、この店は公にしていない。なんなら来れる客も限られている。どうやって来た?)
そんな疑念を覚えながらも、偶然とはいえ現に、“ドレスが欲しい”とこの店に来ている。それだけで興味深い対象となり得るというもの。ゆえに彼は、微かに口角を上げると、探るようにして問いかけた。
「で、そのデビュタントはいつだ?」
「えっとね、もう一ヶ月もないの!」
瞬間。
「は?」
彼は、頭を抱えたくなる衝動に駆られてしまう。
(おいおい、一ヶ月もないだと? 仕立てするには、採寸やコルセットの調整。それから、フィッティング工程、デザインや生地、装飾選びとか、やるべきことが山ほどあるんだ。にもかかわらず、それを一ヶ月以内でやってくれは、流石の俺でも賭けになるんだが?)
内心で呟かれたその言葉。できるとすれば、神か超現象的存在の関与でくらい。ゆえにおじさんは諭しにかかる。
「無理だ、いや。無茶をいうな。採寸や布の選定から始めなきゃならんのに、それじゃ到底間に合わん。仕立てってのは嬢ちゃんが思っているほど簡単じゃない。諦めな」
けれどレイからすれば、この仕立て屋が最後の綱。ここで簡単に諦めてしまえば女が廃ってしまう。
「じゃ、じゃあ、布を持ってきます! 最初からあるやつ使えば時短できるよね? あっ、あと! 私も家庭科で習った程度だけど、お手伝いできると思う! 教えてくれれば私も縫えるはず! だからお願い!」
それを受けた彼は、家庭科? と小さく首を傾げながらも、はあ……。深い溜め息を落としながら冷たく返す。
「あのな? ドレス作りっていうのは、一朝一夕で出来るもんじゃないんだ。家庭科が何かは知らないが、足を引っ張るだけだろ? 他所をあたってくれ」
その言葉は最もで、素人のレイがプロ相手に手伝えることなどたかが知れている。だが、ここを拒まれれば本当に自分で作るしかない。
ゆえに、必死の猛アピールを繰り返す。
「そこをなんとか! どうしてもドレスが必要なの! 絶対、間に合わせなきゃいけないの!」
だが、返ってくるのは無理という拒絶の言葉。
そもそも一ヶ月という納期など普通に考えて有り得ない話であり、どれだけ金に困っていたとしても、その依頼を引き受ける職人など居はしない。もしいるならば、そいつは詐欺師か異能者だ。そんな気持ちしかなかった。
しかし、一切の工程を知らぬレイからすれば、悪嬢である本来のレイ・ヴァーティンの根回しだとしか思えない。
(なんで!? 工場の機械でガガガってやって、ピャピャじゃないの!? ここまで本来のレイは根回ししてたの!? 流石に酷くない!?)
彼女は、どこにもぶつけられない苛立ちを内心に吐き出しながらも、悔しさを堪えきれず。僅かに涙を浮かべながらも、唇を噛み絶対にそれを流しはしない。
「どれだけ頼まれて――」
そんなレイを認めたおじさん。彼はそれでも、無理だと突っぱねようとした。けれど、そのことばを最後まで紡ぐことはなかった。いや、違う。最後まで紡げなかったのだ。
その言葉を告げようとした刹那。なにか不穏な影――否、不気味な残滓が、彼の鼻腔を刺激した。
それは、彼自身がよく知るはじまりの罪の香り。
(……こいつ、厄介な相手に目をつけられているな。その相手は今すぐに特定は不可能だが……まるであいつみたいだ)
だが、自身の勘違いの可能性も現状、有り得る話。彼は、手伝いながらもその理由を探るか。それとも、突っぱね続けるか。ほんの少し考え――ようとした。
しかし、もう心はとっくに決まっていた。いや、そうせざるを得ない。心が、本能が《そうすべきである》と必死に訴え続けている。
そのためおじさんは、鬱々とした息をひとつ。
「はあ――わかった。なら布を持ってきてくれ。まずはそこからだ」
投げやりな態度でそう提案した。
その態度はかなり渋々と言ったところ。もしかすると、翌日にはそんなこと言っていないと追い返される可能性すら感じられる。けれどその返答を聞いたレイは、パァッと顔を明るくさせ、満面の笑みを浮かべ安堵を示す。
「ほんと!? えっ、めっちゃ助かる! ありがとう!」
その態度は既に依頼を受けてもらえると思っている者のソレ。彼は眉間に皺を寄せつつも、「期待すんなよ」と一言。ぶっきらぼうな態度を貫いた。
だが、レイの中ではドレス作りの第1歩をようやく進められそうなところ。ゆえに、そんなおじさんの態度に不信感を抱くことなく。
「明日! 絶対持ってくるから!」
念を押すようにして再度宣言すると、深々と感謝を示すように頭を下げ店を後にした。
◇◆◇
「はあ……あの嬢ちゃん、本気で変わってたな……」
レイが出ていった扉を見つめながらも、ぽつりと独りごちるおじさん。その態度は、呆れが大半を占めている。
とはいえ、その扉をずっと見つめていたとしても何かが変わるわけもない。
(俺が協力するかしないか、それは明日になれば考える。それにしてもあの嫌な臭いが気になるところだが……。いや、余計なことに首を突っ込む方が面倒くさくなりそうだ。それに、たまたま迷い込んで来た可能性も否めない。あまり期待せずに待つとするか)
そんな本音を内心で吐露すると、キラリ。一瞬だけ、栗色の瞳を金色に光らせながらも、コツンッ。店の奥へとその姿を消し去ってしまうのだった。
◇◆◇
店を後にしたレイ。彼女は、荒れ果てた看板を再度振り返る。消えかけの看板は、やはりなんど解読しようとも読み取れない。だが、おじさん曰く、どうやら“仕立て屋”に間違いらしい。
彼女は一抹の安堵を覚えながらも、帰り際。おじさんから聞いた、大通りに繋がる石畳の道を戻る。
「これでドレスのメドが……って言っても、まあ……。うん、まだ確定じゃないけど……。あのダッサイカーテン、色がうるさいだけでなんか良さそうな生地だし、多分……大丈夫ってなるよね? うん、多分大丈夫!」
喝を入れるように小さくガッツポーズをしながらも、大通りをズンズン進んで行くレイ。
その足はほんの少し急ぎ足で、早めに屋敷へと戻らなければいけないと、焦りを覚えていた。
しかし、不意に視界の端に映った誰かを認めた瞬間。その足が自然と停止してしまう。
(ん……?)
まるで、雪のようにキラキラとした銀髪を持つ長髪の青年。その歳は恐らく、レイと比較して――凡そ5歳ほど年上と言ったところ。だが、その顔があまりにも整いすぎているせいだろうか。何故か、視線を逸らせない。
(めっちゃイケメンじゃん!? えっ、アイドル!? アイドルかな!? 握手してもらう!?)
内心で、興奮を覚えながらも、カツンッ――
その足を1歩、踏み出そうとした。だが、それと同時に、先ほどのおじさんと同様の懐かしさを覚えてしまう。
(……?)
どうして、名も知らぬ彼を見て懐かしさを覚えるのか。何故、足を止めてしまったのか。レイは自身のことが何もわからないまま。端正な顔立ちの青年を見つめ続ける。
そんな彼女の視線が煩わしかったのだろうか。それとも偶然か。不意に青年の視線がレイへと投じられる。
見つめ合う赤と青の瞳。だが、そこからときめきの炎が燃え上がることもなければ、声をかけ合うこともない。
ただの通行人AとBでしかないそんな一瞬のできごと。
にもかかわらず、やはり気になってしまう。
(なんで私、あの人のこと知ってるような気がしたんだろ?
ここってエトプリの世界なんだよね? いや……えっと。もしかしたらエトプリの世界観を模したドッキリ説もまだ捨てきれないんだけど!)
レイは内心で悶々と疑念を覚えながらも、30秒ほど考えてもわからない。ゆえに、理解できないことを考えるだけ無駄だと脳内ゴミ箱に放り捨て――ハッ!
「早く帰らなきゃじゃん!」
そう言って、慌てて屋敷への帰路を辿るのだった。




