第18話《異能無き格闘》
「《感覚操作》―――視覚」
相対した瞬間、異能が発動した。
不意打ちが過ぎる、そう思いながらも身構えるが―――何もない。
「‥‥‥何をしたんだ?」
僕のその一言に、彼女は驚愕の表情を見せる。
「‥‥‥貴方、効いていないの?」
効いていないって‥‥‥そう言われても、何も思い付かない。戦場では悪手になるが、全身を観察する。
‥‥‥うん、確かに異常はない。
体に一切の不調は見られず、何をしたかったのか疑問に思う。
「‥‥‥本当に効いていないのね。相手を間違えたかしら」
「―――質問だけど、貴女の異能はどんな能力だったんだい?僕には通用しない以上、種明かしはしても良い気がするけど」
僕のその言葉に、幾らか考え込んだ後に、覚悟を決めたのか答える。
「私の異能は《感覚操作》。私が視認した対象の五感を操る能力よ。なぜか貴方には効かなかったけれど」
‥‥‥なるほど。《感覚操作》は他人の体に作用する能力。だけど、僕の《無の支配者》はあらゆる異能による干渉を防ぐ力がある。特に、対象が僕本体であれば更にその効果は強まる。
幾つか試した範囲だと、咲夜の強化魔法というものも一切受け付けないし、回復系の異能も効き目が薄い。ただ、僕の肉体に触れていればある程度は効くようになっていた。
「教えてくれてありがとう。それじゃあお返しに―――僕の異能は《無の支配者》。現状は異能をある程度無効化する能力だよ」
僕がそう言うと、彼女は驚いたかのような表情を見せる。
「‥‥‥それって《異能無効化》と同じような力、なの?」
《異能無効化》。それは世界最強クラスの力を持つ三十人の異能使いの中の一人が保有している能力だ。
「アレほど絶対的な力じゃないけどね。けど、この程度なら無効化出来るよ」
「‥‥‥そう。なら―――」
瞬間。目の前に迫る拳を見て、クロスブロックでかろうじて受け止める。
「―――重っ!?」
腕にかかる衝撃は生半可なものではなく、気を抜いたらいけないと心底思い知らされる。
「‥‥‥重いとは失礼ね。女に重いは禁句よ、神城くん?」
「どこで僕の名前を‥‥‥?」
女は重いと言われるのがダメなのは知っている。だけど、それ以上に気になるのは何故僕の名前が知られているかだ。
学園に在席している以上、知られるのは時間の問題だ。だけど、恐らくノーマークだと思われる僕を調査する意味はあるのかと、そんな風に思える。
「貴方、胸ポケットに学生証を入れたままじゃないの。それを見れば名前程度なら分かるわよ」
‥‥‥それは盲点だった。言われてみれば確かに、とはなるけど自分自身でさえ入れていたことを忘れていた。
「なるほど―――ねッ!」
全力で腕を押し出し、二メートル程後退することに成功する。
‥‥‥今の一手で判明したのは相手の得意分野が僕と同じ格闘だということ。
グローブが付けられているだけなのに加え、暗器が仕込まれている様子もない。それならば、格闘を得意としていると判断してもいいだろう。
そう考えていた時、目の前に拳が迫ってきた。
「考え事をする時間もないか‥‥‥!」
左腕で攻撃を受け流し、カウンターの回し蹴りを放つ。
だが、それを簡単に受け止められてからそのまま掴まれ―――。
「甘いッ!」
地面に叩きつけられる。背中に衝撃が走り、肺から空気が吐き出された。
「ガハッ‥‥‥」
痛みに呻きながらも、思考を回転させる。
未だに掴まれている足をどうにかしないと体勢を立て直すことすらできない。掴まれている足は動かせる気配がしない。なら、どうするか―――。
「【飛】!」
右腕を引き絞り、頭目掛けて掌底を放つ。衝撃波が飛翔するが、その一撃を察知したのか僕の足を放して両腕でガードされた。
「―――助かった」
足を放された瞬間に腕の力で起き上がってなんとか立ち上がり、ガードの上からキックを入れて数歩よろけさせる。
「‥‥‥そうだ、一つ聞きたい事があったんだ」
両腕を構え、いつ攻撃されても対処出来るようにし、そのまま話を続ける。
「何かしら?」
「貴女の名前。一方的に知られているなんて不公平じゃないか?」
「‥‥‥一理あるわね。それじゃあ、自己紹介をしましょうか。私は寿 帆楼。精々足掻いてみなさいな」
足に力が入るのが見える。それを捉えた瞬間、半歩右足を下げてから回し蹴りを放った。
「甘いッ!」
間合いの一歩手前で寿は止まり、蹴りは空を切る。そして、距離を詰められてからの掌底が放たれるのと同時に―――地面についていた足に力を入れ、空中で回転蹴り。
「なっ―――」
予想だにしない追撃に反応が遅れたのか、その一撃は頭部にクリーンヒットする。
「セアッ!」
着地と同時に掌底を放つが、よろめきながらもブロックされた。
間合いが少し開き、僕は息を吐く。
そこそこに厳しい動きを通したからか、少し疲労を感じてしまう。
―――状況を整理しよう。
まず、身体能力は大幅に劣っている。それに、経験も同じだ。さっき一撃入れられたのは僕が予想もつかない動きで攻撃したからだ。一度見せた以上、択に持ち込むことは出来ても確実に決まるような技ではなくなっている。
唯一‥‥‥いや、二つ僕に有利なことがある。
一つ目は能力。寿の《感覚操作》は通用しないが、僕の《無の支配者》は使い道がある。
二つ目は天式体術。この体術から生まれた九つの技を上手く使いこなせば瞬間的なら寿の身体能力を越えて動けるし、致命の一撃を放つことも出来る。
この二点―――比重は体術の方がかなり大きいが、これをどう活かすか。それが鍵となるだろう。
「考えていても仕方ない、かッ!」
ストレートの一撃を左腕で流し、そのまま掴んで投げようとするが―――。
「―――ガッ!?」
地面に叩きつけられた。そして、そこに更に蹴りが迫る。
「クソっ、【反】!」
胴体に気を集中させて攻撃を受け止め、その衝撃をそのまま足に伝える。
腹の辺りが物凄く痛いが‥‥‥それでも隙が生まれた。
ダメージ反射による衝撃からか、僕の体にかかっていた体重が無くなる。それと同時に高速で起き上がり、その勢いを利用してヘッドバッドをぶつけた。
「‥‥‥さっきの飛ぶ打撃といい、今の得体の知れない攻撃といい‥‥‥随分と奇妙な技を使うのね」
「まあね」
‥‥‥腹が痛む。
【反】はダメージを反射する技だが、受けるなり流すなりして、威力―――エネルギーを保存する必要がある。だからこそ、さっきの場面では流せずに受けるしかなかった訳だが‥‥‥やっぱりキツい。
少なくない意識がそこに向けられ、集中力が落ちるのを感じる。
「―――ッ」
肘打ち。僕が一瞬だけ意識を反らした瞬間、攻撃してくるような―――いわば、殺気とも呼べる気配を感じた。
肘で打撃を弾き、そのまま引き絞ってから―――。
「グオッ!?」
「くうッ‥‥‥!」
互いの顔面に拳が当たり、痛みで声が出る。
すぐに拳を引き、【瞬】でバックステップを踏んで距離を大きく開く。
―――このままだとジリ貧だ。
打撃の命中数は五分五分、威力は僕の方が総じて低い。身体能力の差からして、耐久力にも大幅な差が生まれているだろう。
攻撃、防御の全てに天式を絡めることが出来ればほぼ五分にはなるんだろうけど‥‥‥流石にそれは消耗が激しいし、そこまで練度が高いわけでもない。
ならば、敗北は目の前に迫っていると言える。
「逆転の目は―――」
限りなく低い。と、そう言おうとした瞬間に破裂音が鳴り響く。
方向からして―――咲夜の方か?
「嘘‥‥‥」
寿が唖然としている。彼女は咲夜たちが戦っている方向を見ていて、隙だらけに見えるけど、攻撃する気にはなれなかった。
「‥‥‥中々やるだろう、僕の師匠は」
「中々、なんてものじゃないわ。彼に―――伊吹君相手にこれだけの時間打ち合えている。いえ、対等に渡り合っている―――いくら彼が手加減していたとしても、そんなことを出来る人が学生?冗談も大概にしてちょうだいな」
伊吹―――それがあの人の名前なのか。
「彼、何者?」
寿が僕にそう聞いてくる。
「天音咲夜。ちょっとよく分からない所があるけど、僕の師匠だよ」
伊吹がどれだけ強いのかなんて想像でしか分からない。だから、それに対応している咲夜がどれだけ凄いのかなんてのも分からない。
―――だけど、アイツはアイツだ。どれだけ凄かろうと、咲夜ならきっとやってのけるんだろう。そう、思う。
だからこそ、そう言うしかないんだ。
「‥‥‥そう。それと、戦いを止めて悪かったわね。それじゃあ―――」
視界から寿が消える。
彼女の再出現に合わせて拳を放ち―――衝突。
「ぐうッ‥‥‥!」
「―――再開しましょうか」
痛みが僕の腕を襲う。ジーン、と形容するのが正しいのだろうけど、そんな生易しい音ではない。もっと重く、力強い音。それが、感覚として伝わってくる。
そんな痛みに呻く暇もなく、次の一撃が迫ってくるだろう、そう思って―――。
「【反】」
腹に衝撃。だけど、気によってその力を溜め込み―――反射する。
「くっ‥‥‥」
あまりダメージを覚えているようには見えないけど、少なからずダメージは負ってるはずだ。いや、彼女自身の攻撃力をそのまま反射しただけだから問題なく耐えられているだけか?
そう考えると、反撃の一手として【反】は優秀だろうが、寿との戦いにおいては有効とは言えない。僕みたいに【撃】によって自身の肉体の限界を超えた威力を出せるわけでもなく、ただ高い肉体強度から放たれる一撃というだけで彼女自身の耐久を抜くような威力ではないのだ。
「厄介な‥‥‥」
そもそもの身体能力からくる不利を覆すための小細工が天式体術だ。だけど、それが通用しないとなると―――勝ち筋がない。
実際には通用するし、勝ち筋もあるかもしれない。だけど、それを今の僕が思いつく筈もなく、結局のところ無いに等しい。
「―――考え事はしない方がいいわよ?」
反応が遅れた。やらかした、と思うのも一瞬で、直ぐにバックステップを踏んで攻撃を避けようとする。
軽い衝撃が走るが、後退したためダメージは極めて低い。
「セアッ!」
全身を低くして足に力を込め、一気に加速する。それによって生まれた推進力を力に変え、一撃。
だが、それすらもあっさりとガードされ、カウンターを喰らわないために後退する。
「‥‥‥やっぱり無理があるんじゃないかこれ」
あまりの能力差に軽い絶望を抱く。単純な殴り合いだからこそ、その差が響いているのだ。
「なら、降参をオススメするわよ」
僕のつぶやきが聞こえたのか、そう話しかけてくる。
―――当然、諦める訳にはいかない。
「流石にそれはないかな」
「‥‥‥でしょうね」
そう啖呵を切ったはいいものの、結局のところ状況は好転していない。
―――考えていられる暇も全くない。だけど、考えなきゃいけない。ここから勝てる方策を。
「グウッ‥‥‥!」
一撃を貰う。ガードを抜かされ、胴体に衝撃が来た。
反を使う余裕もなく、更に次の攻撃が迫りくるが、なんとか回避して距離を取る。
「【飛】!」
それと同時に飛ぶ打撃を放ち、追撃を防ぐ。
二歩、三歩と間合いをを開き、辛うじて息を整える隙を生んだ。
―――厳しい戦いになってきた。いや、それは最初の時点でなんとなくは感じていたことだ。
技量ではギリギリ対抗出来ているかどうか。天式体術によって無理矢理対抗できるようにしている部分もあるから基本的には劣っていると考えてもいいだろう。
だけど、それ以上に―――身体能力が足りない。【撃】の一撃ですら寿の通常攻撃と同等程度、つまり有効打が無いに等しい。そして、速度が劣るから反応が間に合わず、攻撃も防御も上手くいかない。
こう考えると、中々に詰みと言える状況だ。
だからこそ、この戦いを越える為の一手が欲しい。だけど、今の僕じゃ絶対に不可能だ。結局のところ。詰みなのは変わらな―――く、ない。
いや、ある。今思い付いた。
勝利のための最善策―――僕が、僕たちが勝利するための勝算が。
僕の力だけじゃ勝てないのは明白。なら、それでも勝つにはこうするしかない。だけど、その策すらも運に頼らないといけない。それでも―――やるしかないだろう。
今から始まるのは先の見えない耐久戦。
勝つんじゃない、負けないための戦いだ。
《答え合わせ其の一》
どうやって四人の誘拐に成功したのか。その答えの一部として、《感覚操作》によって悠斗を除く三人の五感を僅かに鈍らせ、不意打ちを決めやすくした。
《感覚操作》
ランクCの異能であり、自他問わず五感を操る力を持つ。しかし、自由自在に操れるわけもなく、相手の力量、その中でも異能への抵抗力が高いと効力は薄い。




