第10話 狭い個室の独り言
廊下を歩く音がする。
コツコツコツと刻まれる、規則正しい音。
一定のリズムで響きわたるそれに、私は顔を顰めた。
足早に歩を動かすと、それに合わせて音もピタリと一致する。
だから私は、溜息一つ吐いて、特に用事も無いのにトイレへと駆け込んだ。
出来るだけ自然に、そこが目的地だったと感じさせるように。
……そうして、私はトイレの扉を開け、中に入る。
そこで丁度足音も止み、思わず一息吐いてしまう。
全く馬鹿げていると思いながらも、そうせずにはいられなかったから。
何が私をそうさせているか。
それは有り体に言えば、不安からくるものであった。
とその前に、である。
こんな所に馬鹿みたいに突っ立っていたら、私は間抜け全開である。
今はこのトイレに誰もいないみたいではあるが、それでも誰か来る可能性があるであろう。
なので私は、個室の中にするりと入り込む。
中は清潔に清掃されており、木製でお洒落なボックス型で様式木製便座だ。
トイレの癖に生意気な、とはここを初めて見て思った私の印象。
貴族が大半の学校だけあって、やはり金の掛け方は伊達ではないものがある。
そんな事を考えつつ、私は先程までの事象を思い出すのであった。
……私に何があったか、と言えば一言で答えられる。
尤も、一言で答えられるからといって、一言で済まされることではないのであるが。
まぁ、言いたい事を諸々抑えて、あえて一言で言えば……。
――私、ストーカーされているのだ。
はい、笑えない。
私を笑わせようと言うのなら、気持ち悪さではなくてウィットに富んだ物にしてもらいたい。
そしてマジでやっているのなら、今すぐ両親の顔を想い浮かべるが良い。
私から送れるのはたったの一語、変態! の罵声のみである。
もしこれで興奮してしまう人種なら、手遅れという他ない。
敢えて唯一自分を慰めるなら、奴はトイレには入って来なかった事だけ。
女子トイレは、神聖にして犯すべからず、なんてところだろうか。
流石は不落城女子トイレ!
……あんまり慰めにはならないなぁ。
と、そんなこんなで私は困っている。
世の中には特異な性癖の人はいるだろうが、魔法少女に興奮してしまう類の人物もたまたまこの学院にいたのだろう。
夕日の教室でも、一人っきりの食堂でも、何か変な視線を感じると思ったら、そういうことだったのだ。
全くもって巫山戯た話、もしそうだとしても堂々と話しかけてきたら、それこそ少しは相手をしてやれるものを。
お付き合いはお断り、という大原則はあるのだけれど。
ポジティブシンキングをするのであれば、私ってばモテるようになったんだ、わぁい! が関の山であるが、それすらも精神的に嬉しくない私としてが、本当にどうしようもないのだ。
というか、そこまで行ったら失笑すら起こりえないだろう。
あーっ、もう!
何か単純に気持ち悪くて何とも言えない!!
もしかしたら内気な後輩君が密かに私を見守っている、というのであっても、その実が分からないのであれば、気持ち悪さに変わりはないのだ。
つまりは、正体不明だからこそ、本気で怯えなくてはならない、と言えるのだろう。
だからと言って、犯人を逆に追跡するのもナンセンス。
逆上して、何してくるか分からないという恐ろしさがあるから。
だったらどうする? とウンウン唸りながら考える。
「うー、何なの、本当に……」
あんまりの状況、素敵過ぎて涙が出てきてしまいそうだ。
無論血涙で、人にはあまり見せられるものではないが。
「どうしようか、困るわ」
怖いから、あまり触れたくないがどうにかしたい。
なら、私はどうするべきか?
自分一人では、到底解決できそうにない問題であるが。
「自分一人では、ね」
なら、一人じゃなければ良いんじゃない、と脳内審議会で意見が上がる。
が、仮に巻き込むにしても人選がかなり難しい。
真っ先にリセナが浮かんだが、解決しても彼女は目立つから新しい噂でも立ってしまうだろう、故に却下。
フェルディナンドも一瞬脳裏に浮かんだが、即座に思考ごと破棄する。
あいつに借りを作るのは癪だし、これ以上頼っていたら本当に人生の墓場行きが確定してしまう。
なので無理、と即決した……は良いものの、である。
この時点でもう既に手札が無くなった。
誰かを頼るなんて元々無理があったか、と溜息を吐いてしまう。
あー、とダウナーな気分になりながら、私はおもむろにパンツを下ろした。
ここはトイレで、私はトイレに来たのだから、例え最初の目的と違っても、することと言えば一つであろう。
嫌なものも、文字通り水に流してしまおう。
そう思い、チョロチョロと出すものを出し始めた時……ふと、一人の顔が頭に過ぎった。
やたらとフレンドリーで、恐らくは私に協力してくれそうな奴。
「んー、でもねぇ」
彼に借りを作るほうが、フェルディナンドを頼るよりも怖い気がする、と思うのだ。
というか、協力してもらったら、それはそれで彼の弱みに付け込んだ悪い奴、と自己評価してしまうのが辛いところ。
けど、恐らくはリスクは一番低い奴であるのだ。
恐らくではあるが、この中の選択肢で私が選べるのは実質一択だ。
それ以外を選んだら、後日惨禍に見舞われるし、将来的に危ない。
尤も、安牌な選択をしたとしても、私に向けられる感情が少々重くなる、もしくは期待を持たせてしまうことになる。
それはよろしくない、大変によくない。
だが、一人で立ち向かうのは、危なさが多分に含まれる。
私はまだ、魔法使いとしては見習いも良いところ。
知識はあっても、行使できるだけの経験は些か不足気味。
戦えるであろうが、判断力に欠ける分、自分にも相手にも危険が付き纏う。
誤って殺害でもすれば、それこそ私はお尋ね者だ。
……今のうちに、何か軽い護身魔法を身に付けておくことにしよう。
と、それはさて置き、いずれにせよ、今の私には協力者は不可欠だといえる。
「よし、決めたわ」
一人では動かない、協力が仰ぐ。
で、その相手は……。
「実質、後ろめたくても彼一択なのよね……」
あー、気が重い、なんて感じつつも、何だかんだで決めてしまった。
今のしつこく付き纏われたままなのは、まっぴら御免と言えるから。
「さて、彼にどう頼み込むかも、ある意味で問題ね」
ひとつ頷き、私はトイレットペーパーをクルクルと巻き取って、濡れた処の水気を拭き取ってから立ち上がった。
もはや決めたら、後はどれだけ気まずくても決めてしまった方が良い。
この状況が、何時までも続く事の方が、よっぽど憂鬱なのだから!
「そうよ、やってやるわ。
見事に解決してやるんだから!」
そうして、少しでも居心地の悪い学園生活を、マシと言える状態まで改善しよう。
半ばヤケで、私はトイレの中で宣誓した。
この状況、少しでも何とかすると!
「とと、いけない、いけない」
少しお腹が冷えてきた。
あれあれと小さく呟きつつ、私は太腿辺りにあった下着とスカートをスポッと穿く。
「これでよしっ」
一部の隙もない自身の姿に頷きつつ、私は個室の扉を勢い良く開けた。
「あ、アスキス、さん?」
――生徒がいました、同じクラスの娘で、私をおかしな目で見てます。
――独り言、大半を聞かれてたみたいです。
くっころ、そんな言葉が浮かぶくらいに、私は赤面してしまう。
お、おのれ!? 何でこんなことに!
私は素早く洗面所に魔力を通して水を出し手を洗うと、早急にトイレから退去した。
無敵の城塞と信じて疑わなかった不落城女子トイレは、内からの攻撃に弱かったようである……。
因みに余談ではあるが、教員室で先生にストーカーの相談をしたら、今は注目されて少し過敏になってるのね、と簡単にあしらわれてしまった。
保健室のリール教諭曰く、学生の揉め事の大半は貴族の子供同士の争いであり、巻き込まれたくないとのこと。
それを言った彼女も、言い終えるやいなや、私何も関係ナーイ、とか言い出す始末。
……何て頼りにならない教師たちなんだ!
罵詈雑言を頭に並べたのは、ある意味でお約束であった。
更新、遅れてすみません。
せめて一ヶ月に一回は更新できたらなぁ(遠い目)。




