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第8話 全員で帰るための魔法

第8話 全員で帰るための魔法


春の終わり、夜明け前の冒険者ギルドに警鐘が鳴った。北の鉄鉱山で崩落が起き、地下へ入っていた冒険者六人と鉱夫四人が戻っていないという。救助隊を募集する声が食堂まで届き、眠っていた冒険者たちが一斉に椅子から立ち上がった。卓上には冷めた豆のスープと、かじりかけの黒パンが残された。


マレナは貸家で朝食を作っていたところを呼び出された。薄緑色のシャツの上へ革鎧を着け、マジックバッグへ支柱、縄、回復薬、魔石を詰めていく。窓辺には青い勿忘草が咲き、椅子の背では洗ったルカの靴下が乾いていた。ルカは眠そうな顔で、母親のバッグからはみ出した縄を中へ押し込んだ。


「今日は、いつ帰ってくるの? 夕食までには帰れる?」


「分からないわ。帰れない人を迎えに行く仕事なの。エッダさんの家で待っていてちょうだい」


「お母さんも帰れなくなったら、誰が迎えに行くの?」


マレナの手が、バッグの留め具の上で止まった。以前なら、絶対に帰るとすぐに答えていただろう。守れない約束をして、息子を安心させたつもりになっていた。彼女は帰還用の魔石をもう一つ取り出し、内側の袋へ入れた。


「帰るための準備を全部してから行くわ。でも、絶対とは言えない。だからガレスたちと離れず、危なくなったら仕事をやめて帰ってくる」


「分かった。帰ってきたら、豆のスープを温めるね。今度は水を入れすぎないようにする」


ギルド前には、ガレス、ティナ、エリオが装備を整えて待っていた。ガレスは大盾のほかに折り畳み式の支柱を背負い、ティナは回復薬の瓶を色別の布で包んでいる。エリオの眼鏡は片方の留め金が壊れ、細い糸で耳へ結ばれていた。受付のロッタは救助対象の名簿と、鉱山の古い見取り図を広げた。


「地下三層から魔力障害が発生しています。通常の帰還石は使えません。崩落が続いているため、救助できても徒歩で戻れるとは限りません」


「私の集団帰還魔法なら、魔力障害の外側へ出口を固定できます。ただし、十人を一度に運んだ経験はありません。私たちを合わせれば十四人になります」


「置いてくる者を選ぶ話はするな。全員を運ぶ方法は、地下へ着いてから考える。まずは生存者を見つけるぞ」


救助隊は雨上がりの街道を北へ進んだ。道端には白い野苺の花が咲き、濡れた土と馬糞の匂いが混ざっている。鉱山へ着くと、入口の木枠は片側へ傾き、割れた荷車が道を塞いでいた。地面からは細かな振動が伝わり、坑道の奥で石が崩れる音が続いていた。


地下へ入ると、空気が急に冷たくなった。マレナは壁へ残された靴跡と、落ちている鉱石の向きを調べた。大きな崩落を避けた者は、東側の旧坑道へ逃げた可能性が高い。彼女は見取り図へ印をつけ、先頭に立った。


「ここから感圧式の罠があります。盗掘者を防ぐために、昔の鉱山主が仕掛けたものです。崩落で位置がずれているので、私が踏んだ場所以外には足を置かないでください」


「救助に来て、自分たちが罠へかかったら笑い話にもならないな。解除には何分かかる?」


「三分ください。以前なら見つけるだけで半日かかりました。話しかけなければ、二分で終わるかもしれません」


マレナは砂の下から鉄板を見つけ、毒針のばねを外した。解除が終わった直後、坑道の奥から岩蜥蜴が三頭現れた。ガレスが盾を構えると、マレナは味方の行動間隔を短くする疾風の魔法を唱えた。続けて岩蜥蜴へ遅延魔法をかけ、次の攻撃へ移るまでの時間を長くした。


ガレスが一頭を盾で押し返し、マレナは二頭目の足元へ蜘蛛糸の罠を置いた。糸に捕らえられた岩蜥蜴が動けない間に、エリオが崩れかけた天井を凍結させる呪文を唱え始める。詠唱そのものを短くすることはできないため、マレナは近づく三頭目へ短剣の柄を打ち込んだ。敵が止まっている間に呪文が完成し、天井の亀裂が厚い氷で覆われた。


「あと五分は持つ。それ以上は保証できない。生存者を見つけたら、ここへ戻らず別の道を使おう」


「五分あれば十分です。ガレス、次の角を右へ。ティナは魔力を使いすぎないでください。回復薬は私のバッグの左側です」


「今度は蜂蜜入りを用意したでしょうね。前の薬は三日間、舌に苦みが残ったのよ」


「甘い瓶には赤い紐を結びました。飲みすぎると、回復する前に虫歯になりますよ」


地下三層の休憩所で、十人の生存者が見つかった。二人は脚を負傷し、一人は頭から血を流している。壊れた木箱を燃やして暖を取っていたが、煙が充満し、咳をする者が増えていた。マレナたちが入ると、壁際に座っていた男が顔を上げた。


男の名はドランだった。以前、マレナがギルドで仲間を募集したとき、財布を盗む女とは組めないと大声で罵った冒険者である。今は左脚を木材に挟まれ、自分で抜け出すこともできなかった。マレナを見ると、口元をゆがめた。


「よりによって、怪盗が助けに来たのか。俺たちの荷物を奪って逃げるつもりじゃないだろうな」


「金目の物を持っているなら、自分で抱えていてください。今から木材をどけます。助かりたいなら、三分だけ私の指示に従って」


「俺を置いて、先にほかの者を連れていけばいい。お前に借りを作りたくない」


「あなたを置けば、帰還に失敗したとき、もう一度ここへ来なければなりません。二度手間になるので連れて帰ります」


ガレスが行動短縮を受け、木材を持ち上げては支柱を入れた。次の動作へ移る間隔が短くなったため、崩落する前に三本の支柱を立てられた。ティナは治療を続け、マレナは回復間隔が空かないよう疾風の魔法を重ねた。エリオは壁へ冷却魔法をかけ、岩の膨張を抑えた。


ドランの脚が抜けると、マレナはマジックバッグから添え木と包帯を出した。重傷者二人はガレスと鉱夫が背負い、残りは一本の縄を握って進む。最後尾にはマレナが立った。追ってくる岩蜥蜴へ遅延魔法をかけ、蜘蛛糸の罠で通路を塞いだ。


「マレナ、前へ来い。最後尾では崩落に巻き込まれるぞ」


「罠の解除と設置は、後ろからではないとできません。私が三回縄を引いたら止まり、二回なら進んでください。反応がなければ、戻らず出口へ向かって」


「反応がなければ、お前を置いていけという意味か?」


「全員で帰るための手順です。今は言い争う時間がありません」


一行が地下二層へ上がったとき、大きな揺れが起きた。天井から岩が落ち、出口へ続く通路を塞いだ。後ろからは岩蜥蜴の群れが近づき、別の道を探す時間もない。マレナは全員を広い場所へ集め、床へ集団帰還の魔法陣を描き始めた。


「通常の帰還石が使えない場所だぞ。十四人も運べるのか?」


「出口ではなく、鉱山前に置いた帰還陣へ直接つなぎます。魔力障害を越えるため、いつもの三倍の魔力が必要です。全員、円の中から出ないでください」


マレナは魔法陣の中央へ魔石を置き、呪文を唱えた。白い線が外側から順に光ったが、十人目の足元で止まった。マレナの指から魔力が抜け、膝が床へつく。マジックバッグから予備の魔石を出しても、十四人全員を包むには足りなかった。


「十人なら運べます。負傷者と鉱夫を先に送ります。私は残って、もう一度魔法陣を作ります」


「二度目の魔力が残っていないだろう。置いていく者を選ぶなと言ったはずだ」


ガレスは自分の盾にはめていた防御用の魔石を外し、魔法陣の中央へ置いた。エリオも杖の先にある魔石を取り外した。ティナは回復用の魔力をマレナの背中へ流し込む。救助された冒険者たちも、灯りや武器に使っていた小さな魔石を差し出した。


「この杖は高かったんだ。帰ったら、ギルドへ弁償を頼むからな。今は使え」


「私の魔力も持っていきなさい。でも、全部は駄目よ。転送先で治療を続ける分は残すから」


「俺の魔石も使え。怪盗に命を預けるのは気に入らないが、ここで潰されるよりはましだ」


ドランが腰の短剣から赤い魔石を外した。マレナは受け取る前に、返せない可能性があると伝えた。それでも彼は、命が残れば新しい短剣を買えると答えた。十四人分の魔石が中央へ積まれ、魔法陣の線が再び光り始めた。


岩蜥蜴が姿を現し、ガレスの盾へ爪を立てた。マレナは詠唱を止めず、片手だけで遅延魔法を放った。エリオが敵の足元を凍らせ、ガレスが最後の一頭を円の外へ押し返す。ティナはマレナの背中へ手を当てたまま、残った魔力を送り続けた。


「全員、隣の人の腕をつかんで! 荷物を落としても拾わないでください。帰るのは、品物ではなく人です!」


白い光が坑道を満たした。足元が一瞬なくなり、冷たい風が全員の体を包む。次に地面へ足が着いたとき、頭上には明るい空が広がっていた。鉱山入口の帰還陣に、十四人全員が立っていた。


直後、地下から大きな音が響いた。帰還があと少し遅ければ、一行は崩落へ巻き込まれていた。救助を待っていた家族たちが駆け寄り、泥と汗にまみれた者を抱きしめる。近くの草地では赤い雛罌粟が咲き、冷たい風の中で細い茎を揺らしていた。


ドランは地面へ座り、添え木を巻かれた脚を伸ばした。失った短剣の魔石を確かめるように、空になった台座を指で触っている。マレナが近くを通ると、彼は視線をそらさず頭を下げた。額には鉱山の黒い粉がつき、髪には石の欠片が残っていた。


「助けてくれて、ありがとう。お前が夜鴉だったことを理由に、何をしても盗む女だと決めつけた。今日のことは、忘れない」


「信用してくださいとは言いません。返済も監督処分も終わっていません。次の仕事でも、同じように全員を連れて帰ります」


「それを続けるなら、いつか俺のほうが勝手に信用する。だが、次は怪我をする前に助けてくれ」


「それは自分でも足元を見てください。私はあなた専用の罠係ではありません」


町へ戻る頃には、日が暮れていた。ギルド食堂では救助された者のために、根菜と鶏肉のスープが用意された。マレナの器には大きな人参が三切れ入り、黒パンにも山羊乳のバターが塗られていた。ティナは魔力を使い切ったため、匙を持ったまま卓上へ額をつけている。


「寝るなら先に食べてください。冷めると脂が固まりますよ。魔力回復薬もあります」


「蜂蜜入りなら飲むわ。でも、その前にスープの鶏肉を一切れちょうだい。今日は私が一番魔力を使ったもの」


「皆が使いました。ガレスは盾の魔石、エリオは杖の魔石、私は帰還陣です。鶏肉は自分の器から取ってください」


帰宅すると、ルカは台所の椅子で眠っていた。卓上には水を足しすぎた豆のスープがあり、鍋の底には具がすべて沈んでいる。マレナが肩を揺らすと、ルカは目を開け、最初に帰れなかった人のことを尋ねた。マレナは全員帰ってきたと答え、自分の椅子へ腰を下ろした。


「お母さんも、置いてこられなかった?」


「置いてこられなかったわ。皆が魔石と魔力を貸してくれたから、一緒に帰れたの」


「じゃあ、貸してもらったものを返さないとね。返済帳に描く?」


「魔石はギルドが補償してくれる予定よ。でも、忘れないように描いておきましょう」


ルカは返済帳の新しい頁へ、十四人の人間を描いた。人数を間違えて十五人になったため、一人を鉱山の外で待っていた受付係ということにした。マレナは薄いスープを温め直し、底に沈んだ豆を二つの器へ分けた。今夜の帳面には盗んだ物ではなく、全員を連れて帰った記録が残った。


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