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第3話 叱る資格のない母親

第3話 叱る資格のない母親


冬祭りの朝、貧民街の屋根には指ほどの雪が積もっていた。マレナは台所の小さな暖炉へ薪を一本足し、大麦粉を水で溶いた薄いパンを焼いていた。生地には昨夜の豆をつぶして混ぜたが、塩が足りず、焦げた匂いばかりが強い。窓辺の小菊は枯れ、欠けた鉢には茶色い茎だけが残っていた。


ルカは月織りのコートを着て、壁に掛かった鏡の前に立っていた。袖口はマレナが二度折って縫い、裾も歩きやすい長さへ直してある。銀色の布は朝の光を受けて青く輝き、襟元の雪の結晶は本物の霜のように見えた。ルカは右を向き、次に左を向いてから、背中を見ようとして同じ場所を何度も回った。


「お母さん、後ろも銀色に光っている? 変な皺はついていない? 昨日、ちゃんと椅子に掛けたよ」


「皺はないわ。けれど、食事中は脱ぎなさい。豆をこぼしたら、洗い方が分からないもの」


「今日は絶対にこぼさない。みんなに見せたいから、このまま食べる。腕を伸ばしておけば大丈夫だよ」


ルカは袖を汚さないよう両腕を横へ広げ、木の匙だけを口へ運ぼうとした。三口目で豆が一粒落ち、銀色の胸元を転がる。ルカは声を上げ、布巾で何度も同じ場所を拭いた。染みは残らなかったが、食事が終わるまで眉を寄せたままだった。


広場では、朝から冬祭りの準備が進んでいた。雪を踏み固めた道の両側には赤い実のついた柊が飾られ、露店では焼いた林檎、蜂蜜菓子、肉入りのパイが売られている。大鍋からは香辛料を入れた果実酒の湯気が上がり、鐘の音に交じって楽師たちの笛が聞こえた。マレナは茶色い外套を羽織り、ルカと手をつないで人混みへ入った。


「お母さん、焼き林檎を食べてもいい? 半分ずつにするから、一個だけでいいよ」


「今日はお祭りだから、一人一個にしましょう。でも、昼食のパンも残さず食べるのよ」


「僕の分を買ったら、お母さんのお金がなくならない? 角兎と戦ったお金は、まだある?」


マレナは財布の中の銀貨へ指を触れた。それは薬草採取の報酬ではなく、以前に盗んだ宝石を売って残った金だった。息子へ買った物の一つ一つに嘘が混ざっていることを、今までは考えないようにしてきた。彼女は銀貨を使わず、銅貨で小さな焼き林檎を一つ買った。


「お母さんは、甘い物を食べると歯が痛くなるの。今日は半分もらえば十分よ」


「それなら、大きいほうをお母さんにあげる。僕はコートをもらったから、小さいほうでいいんだ」


二人は焼き林檎を分け、広場の端に置かれた木箱へ座った。林檎は中まで熱く、ルカは口を開けたまま何度も息を吹きかけた。蜜が指へ垂れると、コートにつかないよう慌てて舐め取る。その仕草を見るたび、マレナの目には、穴の開いた靴で店を追い出された少女の姿が浮かんだ。


昼になると、保育所の子どもたちが雪像作りを始めた。ルカも友達に呼ばれ、銀色のコートを脱いで広場の長椅子へ置いた。上から自分の古い毛糸の帽子を載せ、風に飛ばされないよう袖を背もたれへ挟む。マレナは少し離れた炊き出し場で、温かなスープを受け取る列に並んでいた。


「お母さん、雪竜を作るよ! 角を二本つけるから見ていて!」


「見ているわ。手袋を濡らしすぎないでね。冷たくなったら、すぐに戻ってくるのよ」


ルカは友達と雪を集め、何度も転びながら大きな塊を作った。マレナはスープを二杯受け取り、長椅子へ運んだ。しかし、子どもたちは雪竜を作った後、そのまま人形劇の舞台へ移ってしまった。ルカもコートを置いたことを忘れ、友達の後を追った。


夕方、広場に冬祭りの灯がともった。紐につるした小さな魔石が橙色に光り、降り始めた雪を照らしている。マレナは人形劇を見終えたルカを見つけ、冷えた手を握った。ルカは毛糸の服一枚で、月織りのコートを着ていなかった。


「ルカ、コートはどうしたの。朝から着ていた銀色のコートよ。どこへ置いたの?」


「長椅子に置いた。雪竜を作るときに脱いで、それから……取りに戻るのを忘れた」


マレナはルカの手を引き、広場の端まで走った。長椅子には雪が薄く積もり、毛糸の帽子だけが落ちていた。銀色のコートはどこにもない。椅子の下や屋台の裏を捜しても、雪の上には大勢の足跡が重なっていた。


「どうして置いたままにしたの。あれがどれほど高い物か、分かっているでしょう。大切にすると言ったのは、あなたじゃない!」


「ごめんなさい。すぐに見つける。僕、一人でも全部捜すから。暗くなっても帰らないから、一緒に捜して」


ルカの顎が細かく震え、頬へ落ちた涙が冷たい風ですぐに乾いた。マレナは、もう一度叱ろうとして口を開いた。けれど、あれはルカの物ではないという言葉が喉の奥に引っかかった。失くした責任を息子に負わせる前に、盗んだ責任が自分にあった。


二人は屋台を一軒ずつ回った。焼き菓子屋、玩具屋、果実酒を売る老人にも尋ねたが、銀色のコートを見た者はいなかった。人形劇の舞台裏では、役者たちが衣装を畳んでいた。濡れた布と化粧用の香油が混ざった匂いの中まで捜したが、コートは出てこなかった。


「衛兵さんに聞こうよ。落とし物は広場の衛兵さんに届けるって、保育所で教わったよ。僕が自分で話すから」


「待って。もう少し、二人で捜しましょう。衛兵所は、その後でいいわ」


「暗くなったら、拾った人が帰ってしまうよ。早く届けを出したほうがいいよ」


広場の向こうには、冬祭りのために設けられた衛兵の詰め所があった。落とし物を届ける人々が列を作り、書記官が一人ずつ品物の特徴を帳面へ書いている。何を失くしたのか、どこで手に入れたのか、所有者だと証明できる物はあるか。その質問が聞こえるたび、マレナの足は遅くなった。


自分で作った物ではない。買った物でも、冒険で得た物でもない。店の名を答えれば、盗難品と同じ刺繍だと分かってしまう。マレナはルカの手を握ったまま、詰め所の手前で立ち止まった。


「お母さん、どうして行かないの? 僕がなくしたから、衛兵さんに怒られるの? だったら、僕が一人で謝るよ」


「違うの。あなたが怒られることではないわ。あのコートは……届けを出せないの」


「どうして? 僕のコートでしょう?」


マレナは答えられなかった。代わりにルカの毛糸の帽子を深くかぶせ、茶色い外套を脱いで息子の肩へ巻いた。自分は薄い灰色のワンピースだけになり、雪が首筋へ入った。ルカは外套を返そうとしたが、マレナは襟元の紐を強く結んだ。


夜になっても、二人は捜し続けた。広場の明かりは一つずつ消え、屋台を片づける木槌の音が響いている。雪像の雪竜は片方の角が崩れ、足元には色のついた紙や串が散らばっていた。マレナは何度も同じ長椅子へ戻ったが、置かれているのは白い雪だけだった。


「お母さん、ごめんなさい。僕、ちゃんと大切にできなかった。お母さんが冒険で働いて買ってくれたのに」


「もう謝らなくていいわ。なくしたのは、あなたのせいではない。最初から、あなたが責任を負う物ではなかったの」


「でも、僕の名前を内側に縫っておけばよかったね。そうしたら、拾った人が返してくれたかもしれない」


マレナは足を止めた。息子の名前を縫うことを、一度も考えなかったわけではない。だが盗難品だと気づかれたとき、名前から自分たちを捜されることを恐れていた。ルカへ渡したと言いながら、堂々と彼の物だと示すことさえできなかった。


雪の中を歩き続けたルカは、やがて足をもつれさせた。マレナは息子を背負い、外套ごと体を抱えた。背中へ回された手は冷たく、古い毛糸の服からは、朝にこぼした豆の匂いがした。ルカは母親の肩へ額をつけ、眠りかけた声で呟いた。


「また冒険を頑張ったら、同じコートを買える? 今度は絶対になくさないよ」


「同じ物でなくていいの。次は、なくしても衛兵さんへ届けられる物を渡す。あなたの名前を、きちんと縫える物にするわ」


貸家へ戻ると、朝の粥が鍋に残っていた。火の消えた台所は冷え、表面は白く固まっている。マレナは薪を入れ直し、粥へ少しの水を足して温めた。ルカは椅子に座ったまま、毛糸の上着の袖を両手で引っ張っていた。


二人は塩気のない粥を食べた。ルカは何度も謝ろうとしたが、マレナはそのたびに明日の朝食の話をした。干し豆が少し残っていること、パン屋で端切れを安く売る日であること、小菊の鉢へ新しい花を植えたいことを話した。どれもコートとは関係のない話だったが、ルカはやがて匙を置き、寝台へ入った。


息子が眠ると、マレナは床板を外した。中から黒い仮面、怪盗用の外套、盗品を包むための布袋を取り出す。仮面の嘴には細かな傷があり、黒い外套には屋根瓦の赤い粉がついていた。怪盗「夜鴉」として盗んできた夜の数だけ、汚れが重なっている。


マレナは仮面を暖炉へ入れた。黒い塗料が熱で浮き、鳥の顔がゆっくり崩れていく。続いて外套も押し込み、火箸で奥へ入れた。焦げた布の匂いが台所へ広がったため、息子を起こさないよう窓を少し開けた。


短剣と鍵開け道具は、床へ残した。どちらも人の屋敷へ忍び込むためだけの道具ではない。モンスターから素材を奪い、ダンジョンの扉や宝箱を開けるためにも使える。今まで避けてきた訓練を受ければ、盗賊として正当に稼ぐことができる。


「もう、人からは盗まない。この手で稼いだ物だけを、あの子に渡す」


黒い外套が炎の中で縮み、最後に残った留め具が床へ落ちた。マレナはそれを拾わず、短剣と鍵開け道具を布で磨いた。明日の朝、冒険者ギルドの訓練場へ行くためだった。寝台ではルカが寝返りを打ち、短い袖から出た手を布団の中へ引っ込めた。


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