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誰も知らない僕の本当の名前  作者: ユタカ
誰も知らない僕の本当の名前

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3/19

泥を啜る聖者と、ノイズ越しの再会

あの雨の夜から、季節は足早に過ぎ去った。

32歳の屈強な体を持つ僕は、シゲさんに段ボール集めや空き缶拾いのコツを教わり、なんとか路上での生き方を身につけていた。

ある日、ゴミ集めの途中で駅前を通りかかった僕は、ふと足が止まった。

交番の掲示板や電柱の至る所に、真新しいポスターが貼られていた。

『重要情報求む! 行方不明の男児と、関与が疑われる男』

そこには、僕が10年間見慣れてきた「僕の顔」の写真と、目撃証言を元に描かれた「今の僕」の似顔絵が並んでいた。

犯人として描かれた男の絵は、ひどく冷酷な目つきをしていて、自分のことなのに背筋が凍った。

「……こうちゃん、どうした?」

シゲさんが声をかけてくる。僕は慌てて顔を伏せ、フードを深く被り直した。

僕が探しているのは僕で、僕を捕まえようとしているのは僕のパパとママだ。

この街のどこにも、僕の居場所なんてないんだ。

そして、街中が浮き足立つクリスマス・イブがやってきた。

「おい、こうちゃん。今日はご馳走だぞ」

高架下の暗がりに、ホームレス仲間が集まっていた。誰かが拾ってきた車のバッテリーを繋ぎ、古いポータブルのワンセグテレビを囲んでいる。

「ほら、食え。安売りしてたケーキだ」

シゲさんが、少し形の崩れたショートケーキの切れ端を僕に差し出した。僕はそれを手掴みで口に運ぶ。甘いはずなのに、なぜか舌が痺れるように苦かった。

ざらついたノイズの混じるワンセグの画面では、煌びやかなクリスマス特番が終わり、ニュース枠へと切り替わっていた。

『――続いてのニュースです。市内で行方不明となっている竹原聖こうきくん(10)の失踪事件について、警察は公開捜査に踏み切りました。現場周辺で目撃された30代の男の足取りを追っています』

画面はそのまま、『失踪者捜索特別バラエティ』という派手なテロップが踊る番組が始まった。

スタジオには、疲れ果てた表情の僕の両親が座っていた。

『……視聴者の皆様からは、失踪からまだ日が浅い段階でのテレビ出演に、厳しいご批判があることも承知しております。ですが、ご両親の強い希望により、本日は生放送でお話を伺います』

リポーターの無慈悲な言葉が響く。

「視聴者からの批判がある中での出演……」という前置きに、スタジオの空気は重い。それでも両親は、藁にもすがる思いでカメラの前に立っていた。

「……こうき。こうき、見てる?」

画面の中で、母さんがカメラを凝視して叫んだ。

「お母さんよ。生きてるなら、もし見てるなら、お願い。連絡をください……!」

母さんはそのまま、耐えきれずに膝から崩れ落ちた。それを必死に支える父さんも、唇を噛み締め、今にも泣き出しそうな目で虚空を見つめている。

画面の端には「出演が早すぎる」「売名か」という心ないSNSのコメントが流れていた。

「……ひどいもんだな。親をこんな姿にさせて、関与してるって男は今頃どこで何をしてるんだか」

シゲさんの言葉が、ナイフのように僕の胸に刺さった。

口の中のケーキが、急に泥のような味に変わった。飲み込もうとしても、喉が固く閉まって、どうしても通らない。

僕はたまらずその場を立ち上がり、冷たい風の吹く川べりへと走り出した。

「ごめんなさい……お母さん、お父さん……僕はここにいるよ」

「……こうちゃん、どうした。腹でも壊したか?」

追いかけてきたシゲさんが、心配そうに僕の肩に手を置いた。

「シゲさん、僕ね……本当は、ハンバーグが食べたかったんだ」

脈絡のない言葉に、シゲさんは一瞬きょとんとしたが、やがて僕の頭を撫でた。

「そうか。来年のクリスマスには、うまいハンバーグ、奢ってやるよ。だからそんなに泣くな」

シゲさんの優しい嘘に、僕はまた声を上げて泣いた。

この時、僕はまだ知らなかった。

僕が自分の時間をもう一度差し出す日が、すぐそこまで迫っていることを。

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