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誰も知らない僕の本当の名前  作者: ユタカ
誰も知らない僕の本当の名前

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最後の魔法と、少年の眠り

一ヶ月の休廷期間が明け、最高裁判所での最終審理が再開された。

中田弁護士も高橋さんも、そして僕自身も、今日こそ「竹原聖」としての無実が証明され、すべてが終わるのだと信じていた。

しかし、法廷の空気は異様だった。

検察席に座る木戸検事は、焦るどころか、勝利を確信したような底知れぬ薄笑いを浮かべていたのだ。

静まり返る法廷で、裁判長が重々しく口を開いた。

「本法廷は、一ヶ月の休廷期間中に、弁護側から提出された新証拠――すなわち『魔法』と呼ばれる超常的な治癒能力の映像、およびDNA鑑定書について慎重な協議を重ねました。

……第一審において、凶器であるナイフには被告人の指紋が明確に残されており、被告人が殺害の実行犯であるという前提は動きません。その上で、弁護側は被告人が細胞の再生や老化を引き起こす『超常的な能力』を持っていると主張しました」

裁判長は冷酷な目で僕を見下ろした。

「自らの細胞を急激に変化させられるほどの異常な能力を持っているのであれば――『自らのDNA配列を操作し、行方不明の竹原聖のDNAに偽装した』という可能性も、科学的に否定できません。

被告人は極刑を免れるため、自らのDNAを被害者の息子と同じものに書き換えた。そう考えるのが最も自然な判断です」

「――は……!?」

中田弁護士が、信じられないものを見るような顔で立ち上がった。

「何を言っているんだ!? DNAを自分で書き換えるなど、そんな理屈が通るわけないだろう!!」

「よって、当法廷は『DNA鑑定結果』の証拠採用を【撤回】し、却下します。同様に、映像と証言も却下します」

カーン、と。

無情な木槌の音が、僕の命の終わりを告げた。

「ふざけるな……! ふざけるなァッ!!」

中田弁護士が血を吐くような声で絶叫し、高橋さんがその場に泣き崩れる。僕が誰であろうと、この国は僕を「殺人犯」として殺すと決めたのだ。最初から、結果は変えられなかった。

数時間後。

世間のメディアは、この前代未聞の裁判結果を一斉に報じた。

しかし彼らは「被告人がDNAを操作できる超能力者だったから」という裁判所の狂った論理を隠し、ただ「DNA鑑定は却下された」「凶器は本人のものだった」という結果だけを切り取り、僕を再び『死刑になって当然の極悪人』として消費した。

超能力を持つ、名も無き高齢者。

彼が自分の命を犠牲にして人を救おうとしたことや、その心を十歳の少年のまま置き去りにされたという真実を伝える報道は、どこにもなかった。

夕方。

絶望と疲労で限界を迎えた僕は、裁判所から戻る護送車の中でついに意識を失った。

急激な細胞の老化に耐えきれなくなった僕が運び込まれたのは、冷たい独居房ではなく、拘置所内にある「病舎(医務室)」だった。

点滴に繋がれ、重い瞼をゆっくりと開けて天井を見つめていると、突然、病室の重い扉がバンッと乱暴に開かれた。

「おい、しっかりしろ! 田中、ストレッチャー入れるぞ!」

「ぐっ……あぁぁぁっ!!」

看守たちに慌ただしく運び込まれてきたのは、お腹を抱えてもだえ苦しむ、見慣れた大男だった。

「クニちゃん……!?」

「急性胃穿孔か、腸の破裂か……とにかく血圧が下がりすぎてる! 外部の救急車を呼べ、間に合わんぞ!」

白衣を着た拘置所の医師が怒鳴る。クニちゃん(田中)の顔は土気色になり、額からは滝のような脂汗が流れていた。あんなに元気に僕を励ましてくれていたのに、突然の発作で命の危機に瀕しているのだ。

看守と医師が応急処置の準備のために一瞬ベッドから離れた隙に、クニちゃんは薄れゆく意識の中で、隣のベッドにいる僕に気づいた。

「……こ、うちゃん……。お帰り……」

クニちゃんは、血を吐きそうなほどの激痛に耐えながら、無理やり口角を上げて笑おうとした。

「……聞いたぜ。……ダメ、だったんだってな。よく、最後まで……立ってたな。偉い、ぞ……」

自分が死にそうになっているのに、彼はそれでも僕を励まそうとしてくれた。

「俺が、先にあの世に行って……道案内、してやるから……。……だから、泣くな……っ」

「クニちゃん……っ」

クニちゃんの大きな手から力が抜け、ベッドの端にだらりと垂れ下がった。

(……助けなきゃ)

僕は、点滴の針が刺さったままの自分の手を、ゆっくりと持ち上げた。

パパとママが倒れていたあの夜、僕の力は発動しなかった。命が失われた後では、魔法は使えなかったから。

でも、クニちゃんは生きている。今なら、僕の命をあげることができる。

僕は軋む体を引きずるようにしてベッドから身を乗り出し、冷たくなっていくクニちゃんの手を、シワだらけの両手でしっかりと握りしめた。

「ありがとう、クニちゃん。僕と、友達になってくれて」

僕が微笑んだ瞬間。

僕の両手から、病室の暗闇を打ち払うような、眩しくも優しい「淡い光」が溢れ出した。

「な……んだ、これ……! こうちゃん、手が……光って……」

驚きに見開かれたクニちゃんの目に、温かい光が映り込む。光は彼の体に吸い込まれ、それと同時に、彼を苦しめていた致命的な臓器の破裂が、激痛とともに嘘のように塞がり、治癒していった。

「痛く、ない……。嘘だろ、体が……」

信じられないというように自分のお腹をさするクニちゃん。

しかし、その代償として、僕の体からは急速に熱が奪われていった。

残されていた最後の命の火が、すべてクニちゃんの中に吸い込まれていく。手足の感覚がなくなり、視界が白く霞んでいく。けれど、不思議と苦しくはなかった。

「おい、こうちゃん……? どうした、おい!! お前、手が……!!」

僕の体がベッドに崩れ落ちるのを見て、クニちゃんが血相を変えて叫んだ。戻ってきた医師と看守たちが、信じられない光景に立ち尽している。

「……よかった」

僕は、薄れゆく意識の中で、掠れた声を絞り出した。

「今回は……生きてる人に、魔法、使えた……」

「やめろ! お前、俺なんかに何したんだよ!! 死ぬな、こうちゃん!!」

泣き叫びながら僕の手を握り返すクニちゃんの顔が、もうよく見えない。

でも、その大きな手から伝わる温もりだけは、しっかりと僕の心に残っていた。

ああ、パパ。ママ。

やっと、二人のところへ行けるよ。

僕は最後まで、パパとママの、自慢の「聖」でいられたかな。

「……こうちゃん!! 聖ッ!!」

僕の本当の名前を呼んでくれた、ただ一人の友達の悲痛な叫び声を最後に。

ピーーーッ、と、心電図の長く冷たい音が病室に鳴り響いた。

社会から極悪人と罵られ、死刑判決を受けた氏名不詳の老人。

彼は、死刑台へと送られることなく、自らの意志で命を使い切り、静かに息を引き取った。

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