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誰も知らない僕の本当の名前  作者: ユタカ
誰も知らない僕の本当の名前

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24/26

覆る常識と、崩れゆく殺意のシナリオ

『――おはようございます。今朝のトップニュースです。本日、最高裁判所にて、あの竹原家強盗殺人事件の異例となる最終審理が行われます』

朝の拘置所。配膳を待つ間の静寂の中、テレビからはワイドショーのキャスターの少し呆れたような声が流れていた。

『第一、第二審と死刑判決を受けている氏名不詳の老人ですが、中田弁護人が「彼こそが行方不明の竹原聖だ」という新証拠を提出したとのことです。コメンテーターの皆様、これは死刑を長引かせるための悪あがきでしょうか?』

『ええ、間違いないでしょうね。あの大根役者の老人が十歳の少年だなんて、まだそんな馬鹿げた主張を法廷に持ち込むのかと、正直呆れていますよ』

世間はまだ、今日下されるであろう「極悪人の死刑確定」という結末を疑っていなかった。

しかし、その絶対的な常識は、開廷からわずか一時間で粉々に打ち砕かれることになる。

最高裁判所の法廷。

異例の事実審理として証言台に立ったのは、あの山川と、その娘だった。

「……この老人は、間違いなく私の顔の火傷を『魔法』で治してくれました。これは、父がその時に撮影した映像です」

娘の震える証言と共に、法廷の大型モニターにあの日の「治癒の瞬間」の動画が流された。僕のシワだらけの手から淡い光が放たれ、娘の顔のケロイドが嘘のように消え去っていく、あまりにも鮮明で細工のしようがない映像。

さらに、権威ある民間医療機関の澤井所長が自ら証言台に立ち、複数人の監視カメラと立会いのもとで行われた『被検体と竹原夫婦のへその緒のDNAが99.999%一致した』という完璧な鑑定書を叩きつけた。

「科学的、かつ物理的な絶対の証明です。この被告人は、行方不明の竹原聖本人に他なりません」

澤井所長の凛とした声が響き渡った直後、法廷は蜂の巣をつついたような騒ぎとなり、裁判長はたまらず木槌を鳴らした。

「……本件証拠の取り扱いについて、直ちに合議を行います。これより、一時閉廷とします!」

この一時閉廷の間に、外の世界の空気は劇的な転換を迎えていた。

法廷から飛び出した記者たちによって「魔法の動画の存在」と「完璧なDNA鑑定」が速報で流されると、各局のテレビ番組は予定を急遽変更して特番を組み始めた。

『――そ、速報です! 法廷で流された映像は、専門家の分析でもCG等の加工痕跡は一切見られないとのことです!』

『DNAの再鑑定も、あの澤井所長が直々に行った完璧なもので……ええっ!? じゃあ、あの老人が、本当に十歳の聖くんだというんですか!?』

SNSのタイムラインは、大混乱と戸惑いの声で埋め尽くされた。

『嘘だろ、マジで本物だったの?』

『じゃあ今まで私たち、両親を助けた被害者の子供を死刑にしろって叩いてたってこと……?』

『意味わかんないけど……もし本当なら、なんで両親を刺したんだよ!?』

「あの爺さんは何故か分からないけど、本当に聖くん本人なのではないか?」

世間から漏れ出したその小さな疑念は、瞬く間に日本中を飲み込む巨大なうねりへと変わっていった。

数時間後。再開された最終審理。

裁判長は、重々しい面持ちでマイクに向かった。

「……裁判所は、弁護側から提出されたDNA鑑定書、および映像データ・証人喚問の内容を精査した結果、これらを真正な証拠として【受理】します」

「よしっ……!!」

中田弁護士が拳を強く握りしめ、傍聴席の高橋さんが両手で顔を覆って泣き崩れた。

ついに、司法が僕を「竹原聖」だと認めた瞬間だった。

しかし――。

検察席に座る木戸検事は、動揺するどころか、氷のように冷たい目でゆっくりと立ち上がった。

「結構です。被告人が竹原聖であるという前提を受け入れましょう。……しかし、それが一体何だと言うのですか?」

木戸検事の言葉に、法廷が水を打ったように静まり返る。

彼は証言台に座る僕の前に歩み寄り、冷酷に言い放った。

「君が竹原聖だとしても、事件の客観的な事実は何も変わりません。現場に残された凶器のサバイバルナイフには、間違いなく君の指紋がべったりと付着していた。そして君は、両親が血を流して倒れているのを見つけながら、公共医療機関や警察等への連絡を一切しなかった」

木戸検事は眼鏡を押し上げ、僕を指差した。

「この事実は、紛れもなく君を『犯人』だと告げている。魔法で両親を生き返らせようとした? 救急車を呼ぶ発想がなかった? そんなものは言い訳に過ぎない。君は何らかの理由で自らの両親を刺殺しようとした。その事実に変わりはない!」

木戸検事の恐ろしいまでの執念。

僕が誰であろうと、「状況証拠」という法の刃は、まだ僕の首に突きつけられたままだった。

「異議あり!!」

中田弁護士が立ち上がり、声を張り上げる。

「検察官の主張は完全に破綻しています! 第一審で検察が主張した犯行の動機は『見ず知らずの老人による金品目的の強盗』でした! しかし、被告人が実の息子であると証明された今、彼が両親を殺害する【動機】がどこにも存在しません!」

中田弁護士の鋭い反論に、裁判官たちが顔を見合わせ、ざわめきが広がった。

確かにその通りだ。身元不明の強盗犯のシナリオは完全に崩れ去った。十歳の息子が、突然自分の両親をサバイバルナイフでメッタ刺しにする理由など、どこを探しても見つからない。

「検察は、強引に有罪へ結びつけようとしているだけだ! 動機なき殺人を立証することは不可能です!」

激しい法廷での応酬の末、裁判長は深く息を吐き、木槌を手にした。

「……本件は、被告人の身元が判明したことにより、事件の前提となる『動機』および『事件の経緯』について根本的な見直しが必要となりました。このまま判決を下すことは不可能です」

裁判長は法廷全体を見渡し、厳かに宣言した。

「よって本法廷は、検察・弁護側の双方に事実関係の再調査を命じ、再度【一ヶ月間の休廷】とします」

カーン、と木槌の音が響く。

その日の夕方。

日本中のニュース番組は、この歴史的な大逆転劇一色に染まっていた。

『死刑判決、事実上の白紙です! 法廷はあの老人が「竹原聖」本人であることを認めました!』

『しかし謎は深まるばかりです。彼が聖くんだとすれば、凶器のナイフに指紋が残っていたのはなぜか。そして、なぜ両親を刺したのか……。いや、もしかすると別に「真犯人」がいるのではないでしょうか!?』

メディアの論調は完全に手のひらを返し、狂乱に近い熱狂を帯びていた。

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