反撃の狼煙と、形勢逆転の二手
死刑判決が下された数日後。
中田弁護士は即座に最高裁判所への【上告】手続きを行い、司法記者クラブで会見を開いた。
フラッシュの嵐の中、マイクを向けられた中田弁護士の顔は、疲労でゲッソリと削げていた。しかし、その両目だけは異様なほどの熱を帯びてギラついていた。
「――弁護側は、第二審の死刑判決を不当とし、最高裁へ上告しました」
淡々と語り出した中田弁護士に対し、記者たちからは嘲笑交じりの質問が飛んだ。
「中田先生、まだあの大根役者の老人が『被害者の息子』だと主張するおつもりですか?」
「世間からは『悪あがきはやめて罪を認めさせろ』という声が殺到していますが!」
その瞬間、中田弁護士はバンッ!と両手で机を叩き、立ち上がった。
「悪あがきだと……!? ふざけるな!!」
マイクがハウリングを起こすほどの怒号に、記者たちがビクッと肩を揺らす。
「彼は、竹原聖だ! お前たちのような腐ったメディアがどれだけ彼を化け物扱いしようと、真実は一つしかない!! 私は絶対に諦めない。この狂った社会の目を覚まさせ、お前たちに真実を叩きつけてやる!!」
そう吐き捨てると、中田弁護士は唖然とする記者たちを残し、嵐のように会見場を後にした。
「せ、先生! あんなこと言って大丈夫なんですか!?」
控室に戻るなり、高橋さんが青ざめた顔で詰め寄った。
「またSNSで大炎上しますよ! 事務所に火をつけられかねません!」
「構わん。世間に媚びてあの子を見殺しにするくらいなら、刺し違えてでも真実を叫んでやる」
中田弁護士はネクタイを乱暴に引き結び、奥歯をギリッと噛み締めた。
一方その頃。
東京拘置所の屋上に設けられた金網張りの運動場では、冷たい風が吹く中、僕とクニちゃんが肩を並べて歩いていた。
僕が死刑判決を受けても、クニちゃんの態度は全く変わらなかった。
「……ニュース見たぜ、こうちゃん。あんたの弁護士のオッサン、すげえ気迫だったな」
「先生が、テレビに……?」
「ああ。腐ったメディアに真実を叩きつけてやるって、カメラに向かって吠えてたぜ。あんなイカれた、もとい、熱い弁護士がついてるんだ。こうちゃんは絶対死なねえよ」
クニちゃんは僕の曲がった背中を優しくさすりながら、ニカッと笑った。
「俺はもう助からねえけどよ、こうちゃんが外に出るまでは、俺がここで毎日一緒に歩いてやるからな」
「……ありがとう、クニちゃん」
世間からの凄まじいバッシングと、最高裁という高すぎる壁。
僕の命の炎は消えかかっていたが、檻の中のクニちゃんの優しさと、外で泥まみれになっている中田先生たちの存在だけが、僕の心をかろうじて繋ぎ止めていた。
そして、事態は急転直下で動き出す。
中田弁護士が会見で放った怒号は、当然のように大炎上を引き起こした。しかし、その「狂気とも言える熱意」が、強固な社会の壁に、僅かな亀裂を入れたのだ。
事務所の電話が鳴った。受話器を取った中田弁護士の表情が、驚きに変わる。
相手は、都内でも有数の権威を持つ民間医療・鑑定機関の所長、『澤井』という女性だった。
『会見、見させてもらったわ。バカな弁護士ね。でも……私はそういう命懸けのバカ、嫌いじゃないわ』
電話越しの澤井の声は、世間のバッシングなど微塵も恐れていない、力強いものだった。
『うちの機関で、もう一度DNA鑑定を引き受ける。……あんたと心中してあげるわよ、中田先生』
「ほ、本当ですか……ッ!?」
中田弁護士は震える声で叫び、すぐに澤井の元へと飛んでいった。
今回のDNA鑑定は、検察に「コンタミネーションだ」「証拠の不備だ」と二度と言わせないための、完璧な包囲網が敷かれた。
採取から検査の全工程に複数の第三者立会人を置き、一切の編集が不可能な形で高画質のカメラによる録画が行われた。澤井の指揮のもと、科学の粋を集めた「絶対に覆せない真実」が、ついに形になろうとしていた。
そして、朗報はもう一つ。
高橋さんが事務所で留守番をしていた時のことだ。
カラン、と来客を告げるドアベルが鳴り、疲れ切った顔の男が入ってきた。
「……山川、さん?」
高橋さんが息を呑む。その後ろには、顔をぐしゃぐしゃにして泣いている山川の娘と、頬に青あざを作った見知らぬ女子高生が立っていた。
「……証言、します。あの動画も、出します」
山川は、絞り出すような声で言った。
話を聞けば、山川の娘が、自分の親友である女子高生を殴ったのだという。
ニュースで僕が「死刑判決」を受け、コメンテーターやクラスメイトに嘲笑われているのを見た娘は、ついに罪悪感に耐えきれなくなった。そして親友に「あのお爺ちゃんは、私を助けてくれた魔法使いなんだ」と泣きながらすべてを打ち明け、信じようとしない親友と取っ組み合いの喧嘩になったのだ。
殴られた親友は、娘の痛切な涙を見て真実を悟り、「二人で弁護士のところへ行こう」と背中を押してくれたらしい。娘の決意を前にして、山川もついに逃げ続けることを諦めたのだった。
「ごめんなさい……ごめんなさい……ッ! 私のせいで、お爺ちゃんが死刑に……!」
泣き崩れる娘を抱きしめながら、高橋さんもボロボロと涙をこぼした。
「大丈夫……! 大丈夫よ、間に合うから……!」
完璧な環境で行われた『絶対に覆せないDNA鑑定』。
そして、治癒の瞬間を収めた『動画』と、山川親子の『証言』。
ついに、すべてのピースが揃った。
事務所に戻り、高橋さんから報告を受けた中田弁護士は、手の中にある二つの「最強の武器」を見つめ、静かに、しかし確かな炎を宿した目で笑った。
(……これで、勝てる)
腐りきった社会の常識を打ち砕き、死刑台から少年を奪い返す。
中田弁護士の「形勢逆転」の最後の大勝負が、今、始まろうとしていた。




