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誰も知らない僕の本当の名前  作者: ユタカ
誰も知らない僕の本当の名前

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22/26

論理の罠と、死刑を祝う報道

『――さあ、まもなく東京高等裁判所で、あの「竹原家強盗殺人事件」の控訴審公判が始まります!』

拘置所の待機室。そこに置かれた小さなテレビからは、裁判所前から興奮気味に中継を行うレポーターの声が響いていた。

『第一審で無期懲役となった氏名不詳の老人ですが、検察側は「反省の色が全くなく、遺族を冒涜している」として死刑を求めています。自らを殺害した被害者の息子「竹原聖こうき」だと名乗る荒唐無稽な主張が、この第二審でどう裁かれるのか。世間からは「極悪人にふさわしい極刑を」という声が圧倒的多数を占めています!』

画面の下には「大根役者の老人に死刑は下るか?」という悪意に満ちたテロップが躍っていた。

真実など誰も求めていない。社会全体が「分かりやすい悪党」が死刑台に送られるという、極上のエンターテインメントの結末を待ち望んでいた。

やがて、重い扉が開き、僕は手錠をかけられたまま法廷へと引きずり出された。

傍聴席からは、第一審の時よりもさらに露骨な憎悪と嘲笑の視線が突き刺さる。

そして、第二審の公判が始まった。

証拠調べは早々に終わり、法廷は再び「被告人質問」の時間を迎えた。

検察側の席からゆっくりと立ち上がった木戸検事は、証言台に立つ僕の前に歩み寄り、冷たく、だがどこか楽しげな声で問いかけた。

「被告人。君は未だに、自分が竹原聖だと思いますか?」

「……はい」

僕は、掠れた声で小さく頷いた。

「なるほど」木戸検事は薄く笑い、眼鏡の奥の瞳をスッと細めた。

「では、仮にの話をしましょう。もしこの法廷に、君以外に『私が本物の竹原聖だ』と名乗る人が現れたら……君は、どうしますか?」

「え……?」

僕は戸惑い、顔を上げた。

僕以外に、僕を名乗る人? なぜ? 僕はここにいるのに。

大人の狡猾な「論理の罠」に対し、十歳の少年のまま止まっている僕の思考は完全に停止してしまった。どう答えるのが正解なのか、全く分からない。

「……分かり、ません……」

怯えたようにそう答えた僕を見て、木戸検事は待っていましたとばかりに口角を歪めた。

「おかしいですねぇ?」

法廷全体に響き渡るよう、わざとらしいほど大げさに木戸検事は言った。

「もし貴方が本当に竹原聖なのであれば、誰が何と言おうと、堂々と『自分が竹原聖だ!』と声高らかに叫ぶのではないですか? なぜそこで『分からない』と口ごもるんです? まるで、自分の嘘がバレた時の言い訳を考えているように見えますが」

「あ……違う、僕は……っ」

「嘘をついているから、ボロが出るんですよ」

何も言い返せず、黙り込んで俯く僕。傍聴席からは「やっぱり嘘じゃねえか」「ただのボケ老人だろ」と嘲笑が漏れる。

「裁判長! 質問を変えるよう求めます! 検察官は被告人を不当に誘導し、混乱させているだけだ!」

中田弁護士が血相を変えて立ち上がり、怒鳴った。

「結構です。では、質問を変えましょう」

木戸検事は余裕の笑みを崩さず、僕を氷のような目で見据えた。

「では、両親が倒れたところにいた『こうきくん』に問います。……なぜ、あなたはすぐに救急車を呼ばなかったのですか?」

その質問に、僕は息を呑んだ。

本当は、救急車を呼ぶという発想すら思い浮かばなかったのだ。血の海に沈む両親を見つけ、僕は必死に「魔法」を使おうとした。残された自分の命を全部あげてでも、パパとママを助けたかった。

……でも、力は発動しなかった。

僕の魔法は「命あるもの」にしか使えないからだ。

僕が駆けつけた時には、両親はもう既に亡くなっていたのだ。冷たくなっていく二人にすがりつき、いくら力を送ろうとしても何も起きない絶望の中で、僕はただ声を枯らして泣き叫ぶことしかできなかった。

でも、そんな真実をここで言えば、また「精神異常者の戯言」として処理され、今度こそ完全に中田弁護士たちの努力まで泥にまみれてしまう。それに何より、あの日両親を救えなかった無力感と絶望がフラッシュバックし、僕の心はすでに完全に折れていた。

言うべき言葉が見つからず、僕は震える唇を噛み締めた。

「……答えられません」

ただ一言、そう絞り出すのが限界だった。

「答えられない。……そうでしょうね。強盗に入り、ご夫婦をメッタ刺しにしておいて、救急車を呼ぶ泥棒などこの世にいませんから」

木戸検事のその一言で、法廷の空気は完全に決した。

誰の目から見ても、僕は「嘘が破綻し、言い逃れができなくなった惨めな殺人犯」に成り下がっていた。

その後、中田弁護士は必死に反論を試みたが、提出できる「新しい証拠」は何もなかった。DNAの再鑑定も、山川の動画も、社会の分厚い壁に阻まれて法廷に持ち込むことすらできなかったのだ。丸腰の弁護人に、この狂った法廷の暴走を止める力は残されていなかった。

そして、すべての審理が終わり、裁判長が重々しく口を開いた。

「主文。原判決を破棄する」

裁判長の無機質な声が、僕の命の終わりを告げる。

「被告人を――死刑に処する」

ワァァァァッ!! と、傍聴席から割れんばかりの歓声が上がった。

中田弁護士は絶望に顔を歪め、力なく被告人席の机に崩れ落ちた。

数時間後。

独居房の冷たい床に座り込む僕の耳に、看守たちが休憩室で見ているテレビの音声が、壁越しに微かに聞こえてきた。

『――速報です! 先ほど東京高裁にて、竹原家強盗殺人事件の被告人に、検察の求刑通り【死刑】の判決が下されました!』

『当然の結果ですね。最後まで子供のふりをして見苦しい言い訳を並べていたようですが、正義は下されました。これでようやく、亡くなられたご夫婦も無念が晴れ、浮かばれるでしょう』

『ええ。天国のご両親も、残された行方不明の息子さん・聖くんの無事を祈っているはずです。このニュースが、どこかで生きている聖くんに届くといいですね』

テレビの向こう側で、コメンテーターたちが満面の笑みで僕の「死」を祝福している。

僕は、膝を抱え、ただ静かに目を閉じた。

本当の「聖」はここにいて、両親を殺したのは別の男だというのに。社会の正義と平和は、僕という一人の少年の命を「見えないゴミ」として焼却炉に放り込むことで、完璧に守られたのだった。

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