斜めに曲がった手紙と、残された大人たち
彼が拘置所の病室で静かに息を引き取ったという報せを受けた日。
薄暗い中田法律事務所の中には、中田弁護士と高橋さんの、声を殺した嗚咽だけが響いていた。
「……私の、力不足だ。あの子を、冷たい檻の中から出してやれなかった……ッ」
「先生のせいじゃありません……っ。私たちが、もっと早く証拠を見つけていれば……!」
前代未聞の「超能力裁判」で敗訴し、世間を騒がせた極悪人の肩を持った捏造弁護士。メディアの報道は彼らを容赦なく叩き、二人は完全に社会から抹殺されると覚悟していた。
事務所の看板を下ろし、夜逃げ同然でこの街を去るしかない。そう思っていた。
しかし、彼らに向けられた世間の声は、予想とは少し違っていた。
『メディアは叩いていますが、私は傍聴席で見ていました。あなた方の戦いは本物でした』
『どんな圧力にも屈せず、たった一人のために巨大な司法と戦い抜いた、勇敢な弁護士に敬意を表します』
真実を塗りつぶそうとするメディアの狂騒の中でも、あの裁判で「本当は何が起きていたのか」を感じ取り、中田たちの命懸けの覚悟に心を打たれた人々が確かに存在していたのだ。
事務所のポストには、少しずつだが、彼らを賞賛し励ます手紙が届き始めていた。
そんなある日のことだった。
高橋さんが、郵便物の束の中から一通の封筒を見つけ、息を呑んで立ち尽くした。
「……先生。これ……」
震える手で差し出されたその茶封筒の裏には、ひどく震えた、子供が書いたような拙い字で、こう記されていた。
『差出人:竹原 聖』
「……あの子だ。亡くなる前に、看守に頼んで出してもらったんだ」
中田弁護士は弾かれたように立ち上がり、急いでその封筒を受け取った。ペーパーナイフを使うのももどかしく、手でビリビリと封を破り開ける。
中に入っていたのは、一枚の古びた便箋だった。
そこに長文は書かれていなかった。目も見えづらく、ペンを握る力も残っていなかったシワだらけの震える手で、時間をかけて一生懸命に書かれたであろう文字。
ひどく斜めに曲がった、不器用で、けれど温かい文字で、たった一言だけ。
『ありがとう』
「……あ、あぁ……ッ」
中田弁護士の目から、大粒の涙がボロボロと溢れ出し、便箋に染みを作った。
高橋さんもその文字を見た瞬間、両手で顔を覆ってその場に泣き崩れた。
世間から化け物と罵られ、名前を奪われ、たった一人で死の恐怖と戦っていた十歳の少年。彼を無実の罪から救い出すことはできなかった。
それでも彼は、泥まみれになって戦い続けてくれた大人たちを恨むことなく、最後の命を燃やして、心からの感謝を遺してくれたのだ。
「すまない……っ」
中田弁護士は、その便箋を胸に強く抱きしめ、子供のように声を上げて泣き叫んだ。
「すまないっ……! 聖くん……! すまない……ッ!!」
薄暗い弁護士事務所に、後悔と、そして救えなかった少年への深い愛情に満ちた叫び声が、いつまでも、いつまでも鳴り響いていた。




