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花暦の妃たち−寵愛を失った妃の宮で、花売り娘は後宮の季節を書き換える−  作者: 明石竜


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第二十章 花暦の秘密 後編

 今年の記録になると、違っていたのは内容だけではないと、しばらくして小鈴は初めて気づいた。

 頁のあいだの余白が、少しずつ変わっている。

 最初の頃の花暦は、どの行もきちんと整っていた。花の名があり、香りがあり、天気があり、置き場のことがある。字の並びは均一で、行と行のあいだも狭すぎず広すぎず、読みやすく整っている。けれどその整い方は、どこか隙がなかった。

 小鈴は一枚戻り、また今の頁へ戻った。

 やはり違う。

 曜様が花殿に来るようになったあたりから、行と行のあいだがほんの少しだけ広い。

 文字そのものが大きくなったわけではない。けれど、ひとつひとつの言葉の置かれ方が、少しだけ急いでいないように見えた。

 さらにめくる。

 昔の記述は、どこかで必ずきっちり閉じていた。けれど今の頁では、ときどきその閉じ方がやわらぐ。曜様、春の匂いがすると言う。

――その「と言う」のあとには、ただ事実が置かれているだけなのに、少しだけ音が残る気がした。

「……あ」

 小さく声が出た。

 蘭妃が目を上げる。

 小鈴は花暦を見つめたまま、もう一枚だけ頁を進めた。

白蘭の持ちや、替えられた花入れ。夜半にひらいた月下美人と、待つあいだ眠ってしまった曜様のこと。折れた梅の枝を水へ差した日のことまで、静かな字で並んでいた。

 筆圧が弱いわけではない。むしろ変わらず整っている。けれど、最初の頃のような張りつめた細さが、少しだけほどけている。字のはねも、止めも、ほんのわずかに丸い。

 小鈴は、頁の端を指で押さえたまま言った。

「蘭妃様」

「はい」

「花暦の字、少しだけ変わっています」

 蘭妃は何も言わなかった。

 否定しないところを見ると、自分では気づいていたのかもしれない。

「最初の頃の頁は、もっと……きれいに揃っているんです」

 小鈴は言葉を探した。

「今もきれいなんですけど、今の方が少しだけ、息がしやすい気がします」

 言ったあとで、変なことを言ったかもしれないと思った。

 字に息がしやすいも何もない。けれど、ほかに言い方が見つからなかった。

 蘭妃はしばらく花暦を見ていた。

 それから、ごくわずかに目を細めた。

「そうかもしれませんね」

 その返事が、思った以上に素直で、小鈴は少し驚いた。

「前は、書いておかなければと思っていました」

 蘭妃の声は低く、静かだった。

「忘れないために。取りこぼさないために。きちんと残さなければ、何もかも曖昧になってしまう気がしていたのです」

 小鈴は黙って聞いた。

「ですから、字もきっと、そのつもりで並んでいたのでしょう」

 蘭妃は花暦の古い頁へ目を落とした。

「抜け目のないように、こぼさないようにと」

 小鈴は、最初の頃の狭い余白を思い出した。

 花しか書かれていないのに、あれほど隙がなかったのは、蘭妃がたったひとりで季節を取り落とすまいとしていたからなのだ。

「でも」

 小鈴は今、自分の指の下にある頁を見た。

「ここからは、少し違います」

 蘭妃は小鈴を見た。

 小鈴は花暦をそっと持ち直した。

 薄い紙が、かすかに擦れる。

「曜様が来たり、杏華さんがいたり……その、わたしもですけど」

 言いながら少しだけ頬が熱くなった。

「誰かがいる日の頁は、言葉の終わりが少しやわらかいです。余白も、前より広くて……ひとりで急いで覚えなくてもいい、みたいに見えます」

 部屋の中がしんと静かになった。

 杏華が卓の向こうで、何も言わずに立っている気配がある。

 白蘭の香りは変わらず細く、窓から差す朝の光だけがゆっくり動いていた。

 蘭妃はすぐには答えなかった。

 けれどその沈黙は、言葉を拒むものではなく、静かに受け取っている時のものだった。

「あなたは、そういうところまで見るのですね」

 やがて蘭妃は、ほとんど吐息のような声で言った。

「花を見ている時と同じです。少しずつ違うところがあると、分かります」

 小鈴がそう返すと、蘭妃の口元がごく淡くやわらいだ。

「……そうですね」

 その一言のあと、蘭妃は花暦の新しい頁へ目を落とした。

「確かに、前ほど急いでいないのかもしれません」

「急がなくてよくなったんですか」

 問うと、蘭妃は少しだけ考えるような間を置いた。

「ひとりで残さなくても、よい日が増えたのでしょう」

 小鈴の胸が、静かに鳴った。その言葉の中に自分も含まれている気がした。

「……でも」

 小鈴は、膝の上で指先をそっと握った。

「わたしのことまでは、残さなくてもよかったのではないかと、思ったこともあります」

 自分の名があったせいで問題が起きた日のことを思い出した。

 残してほしくないわけではない。けれど、残してよいほど大事なことをしたのかと問われると、自信が持てなかった。

 蘭妃はその曖昧さごと受け取るように、しばらく何も言わなかった。

「小鈴」

 やがて、穏やかな声で名を呼ばれる。

「あなたは、花を置いて帰るだけではなかったでしょう」

 小鈴は顔を上げた。

「花入れを洗い、水差しを拭き、折れた枝を捨てずに残した。余った花びらにも居場所を作って、曜様が来れば少し明るくなるように花を選んだ」

 蘭妃の声はいつも通り穏やかだった。

「そういうことは、毎日見ていなければ、案外すぐに曖昧になります」

 小鈴は何も言えなかった。

 自分では、たいしたことではないと思っていた。

 花寮で覚えたことを使って、できることをしていただけだと。

 けれど蘭妃は、それを“その日にあったこと”として見ていたのだ。

「花殿の季節が変わったのは、花が変わったからだけではありません」

 蘭妃は花暦へ目を落とした。

「そこへ来る人が変わり、置かれるものが変わり、同じ花でも見え方が少しずつ違っていったからです」

 そして、ほんのわずかに間を置いた。

「その中に、あなたがいました」

 小鈴の喉が、きゅ、と細く締まった。

白蘭の香りが急に近くなった気がした。

 息を吸えば吸うほど胸の奥が熱くなるのに、うまく吐けない。

「だから」

 蘭妃の指先が、花暦の頁の端をそっと押さえた。

「小鈴の名も、残しておきたかったのです」

 声は静かで、少しも強くない。

 なのに、その一言は、花殿の朝のどの音よりもはっきりと小鈴に届いた。

 杏華が少し離れたところで、湯の入った茶器を卓へ置いた。

 小さな音がしたが、それさえ遠く聞こえる。

 小鈴はうつむきそうになるのを、どうにかこらえた。

 今ここで顔を伏せたら、きっと何も言えなくなる。

「……わたしは、花寮の下働きで、たまたま花殿へ来るようになっただけです」

「けれど、たまたま来た人が、そのまま季節になることもあります」

 小鈴は息を止めた。

 花の名のそばに、自分の名が置かれる。

 それはただ記録されるということではなく、花殿の季節の一部として覚えられているということなのだと、ようやく分かった。

 胸の奥が、痛いほどあたたかかった。

 小鈴は、膝の上で握っていた指をゆっくりひらいた。

 何か言わなければと思うのに、喉のあたりがつまって、すぐには声にならない。白蘭の香りが細く流れて、開いた花暦の頁が朝の光を受けている。そのどちらもが、今はひどくまぶしく思えた。

 蘭妃は急かさなかった。

 答えを待つというより、ただそこに置いてくれているような静けさだった。

 小鈴は一度だけ息を吸い、花暦の余白を見つめた。

 書けなかった日も、失われたわけではない。

 その一行が、胸の奥でまだ静かにあたたかかった。

 書けない夜があっても、残らないわけではない。誰かが覚えていれば、そこにいたことは消えないのだ。

「……蘭妃様」

 ようやく声が出た。少しかすれていた。

「わたし、ちゃんと分かっていなかったです」

 蘭妃は黙って小鈴を見ていた。

 そのまなざしに促されるみたいに、小鈴は言葉を続けた。

 小鈴はもう一度、花暦の頁へ目を落とした。

 曜様が来た日。杏華が茶器をひとつ増やした日。折れた梅の枝が二輪ひらいた日。どれも小さなことばかりだ。けれど、小さなことだからこそ、誰かが覚えていなければ、すぐに見えなくなってしまう。

「蘭妃様が、そうやって残してくれていたから……わたしも、あの日のことを今、ちゃんと見られています」

 言いながら、小鈴は自分の声が少しずつ落ち着いていくのを感じた。

 胸の奥はまだ熱いままだったが、さっきまでみたいに息ができない苦しさではなかった。

「だから」

 そこで一度、言葉を切る。

 ただ嬉しいとか、ありがとうございます、だけでは足りない気がした。

 花殿へ花を持ってくること。

 水を替えること。

 折れた枝を拾うこと。

 余った花びらを乾かすこと。

 そういう小さなことの先に、蘭妃がひとりで守ってきたものがあった。

 なら、自分が返す言葉はひとつしかないと思った。

 小鈴は顔を上げた。

 蘭妃の目を、今度はそらさずに見る。

「わたしも覚えます」

 声は大きくなかった。

 でも思っていたより、まっすぐ出た。

 蘭妃がわずかに目を見開く。

 それはほんの小さな変化だったけれど、小鈴にははっきり分かった。

「花のことも、その日にここへいた人のことも」

 小鈴は続けた。

「蘭妃様がひとりで覚えていなくてもいいように、わたしも覚えます」

 部屋の中が、しんと静まった。

 杏華が、卓のそばで手を止めていた。

 湯気の立つ茶器を置いたまま、何も言わずにいる。

 窓辺の白蘭だけが、朝の光の中でやわらかく香っていた。

 蘭妃はすぐには答えなかった。

 その沈黙は拒まれたからではなく、受け取るのに少し時間が要る時のものだと、小鈴には分かった。

 やがて蘭妃は、花暦の上に置いていた指先を、そっと離した。

「……そうですか」

 穏やかな声だった。

 けれど、その短い返事のあと、蘭妃はいつもみたいにすぐ視線を外さなかった。

「それは、心強いですね」

 その一言で、小鈴の胸の奥にあったものが、ふっとほどけた。

 心強い。

 たったそれだけなのに、まるで自分が花殿の外から来たよそ者ではなく、ここにいてよい者として受け取られたみたいに聞こえた。

 小鈴は思わず、少しだけ笑っていた。

 泣きたくなるほどあたたかいのに、泣くより先に笑ってしまうような気持ちだった。

「忘れません」

 小さく言うと、蘭妃の口元もごく淡くやわらいだ。

「では、安心して少し忘れられます」

 冗談とも本気ともつかない言い方だった。

 けれど小鈴には、それが蘭妃にしては珍しい、ほとんど甘い言葉に聞こえた。

 杏華がそこで、ようやく静かに咳払いをした。

「お茶が冷めます」

 いつもの落ち着いた声だったが、ほんの少しだけ、間の悪さをごまかすみたいな響きが混じっていた。

 小鈴ははっとして、あわてて姿勢を正した。

 蘭妃は何も言わず、卓の上の茶器へ手を伸ばした。

 朝の光は、まだ窓辺にやわらかく差している。

 花暦は開かれたままで、その余白の一行も、小鈴の胸の中に残ったままだった。

 部屋の中には、まだ白蘭の香りが満ちていた。

 窓辺へ置かれた花入れの水は澄んでいて、花弁の白さが朝の光を受けてやわらかく透けている。卓の上では茶の湯気が細くのぼり、花暦はそのそばに、ひらかれたまま置かれていた。

 小鈴はその頁から目を離せずにいた。

 花の名の下に置かれた小さな記述。

 そこに残っている誰かの気配。

 蘭妃が長い時間をかけて、ひとりで守ってきたもの。

 そのどれもが、今の小鈴にはまだ少しまぶしかった。

 蘭妃は茶器へ手を添えたまま、小鈴を見ていた。

小鈴は、花暦が前より少しやわらかくなっていたことが、花殿の時間そのものの変化のように思えた。

 蘭妃は何も言わなかった。

 けれど否定もしなかった。

 その代わりに、窓辺の白蘭へ一度だけ目を向け、それからまた花暦へ戻した。

 その視線のやわらかさ自体が、答えのように思えた。

「……最近は」

 不意に、杏華が言った。

 小鈴が振り向くと、杏華は茶器の位置を整えながら、こちらを見ないまま続けた。

「蘭妃様が花暦を書いておいでの時の顔が、少し違います」

 部屋の空気が、ほんの少しだけ止まった気がした。

 杏華はそれ以上、飾るような言葉を足さなかった。

 ただ事実を述べただけ、という声だった。けれど、長くそばにいた者の口から出ると、その短い一言は小鈴が思っていたよりずっと深く響いた。

 蘭妃はわずかに目を上げた。

「杏華」

 たしなめるほどでもない、柔らかい呼び方だった。

 けれど杏華は引かなかった。

「前は、もっと詰めるように書いておられました」

 杏華はようやく顔を上げ、卓の上の花暦へ目を落とした。

「書き終えるまで、誰も近づけないような顔で」

 小鈴は息をひそめた。

 それは、自分がさっき頁の余白から感じ取ったことと、確かに同じだった。

「今は違います」

 杏華の声は低く、いつも通り落ち着いていた。

「書きながら、ときどき窓の外をご覧になります。曜様がおいでになった日は、戻られたあとの庭をしばらく見ておられることもありますし……」

 そこで杏華はほんの一瞬だけ言葉を切った。

「小鈴が帰ったあとも、前ほどすぐには筆を置かれません」

 小鈴の胸が、また静かに鳴った。

 蘭妃は何も言わなかった。

 否定しないのが、かえって何よりの答えに思えた。


五冊を棚に戻して、小鈴は床の掃除を再開した。

手を動かしながら、見てきたものを整理する。

五冊ぶんの花暦は、蘭妃の五年そのものだった。

そして、その乾いた頁が少しずつ温度を持っていく流れの中に、自分の言葉も入りはじめているのだと、小鈴はようやく実感した。


        ☆


 その夜、花寮へ帰る前に、蘭妃がもう一つのことを話してくれた。

 縁側に二人で座って、秋の庭を見ていた。杏華は夕食の準備をしていた。今日は、曜様は来ていなかった。

「花暦には、書けないことの方が、じつは多いかもしれません。傷みかけた花びらを外してくれた最初の日のこと、水差しを替えてくれたこと、花びらの茶のこと、芍薬の置き場所を一緒に考えたこと。それは書いてあります。でも、そのときわたくしが何を感じていたかは、書いていない」

「なぜですか?」

「言葉にするのが怖かったのかもしれません。言葉にすると、本当のことになるから」

 本当のことになるから、という言い方が、小鈴の胸に静かに落ちた。感じていることを言葉にすることへの怖さ。書いてしまったら、それが本当になる。本当になることが、怖い。

「何が怖いのですか」

 聞いてから、踏み込みすぎたかと思った。でも蘭妃は答えた。

「失うことが、です。あなたのことも、曜様のことも、杏華のことも、この花殿でできた時間のことも。大事だと思うほど、失うことが怖くなる。だから最初は、近づけてはいけないと思っていました」

「近づけてはいけないと思っていたのに、今はこうして話してくださっている」

「あなたが、そうさせたのです」

 蘭妃が小鈴を見た。

「あなたは、引き算が得意と言っていましたね、花籠の作り方で」

「はい」

「でもあなた自身は、引き算をしない。誰かを遠ざけることをしない。気づいたら傷んだ花びらを外していて、気づいたら水差しを磨いていて、気づいたらここにいる。そういう人が来てしまったから、わたくしも近づけないままでいられなかった」

 小鈴は何も言えなかった。

 蘭妃が続けた。

「花暦に書けなかったことを、今日は話します。あなたに」

「はい」

「あなたが来てから、この花殿が変わりました。花が長持ちするようになったとか、庭が明るくなったとかではなく、もっと別のことが。わたくし自身が変わりました。来年のことを考えるようになった。来春の白蘭のことを、月下美人の来年の夜のことを、萩が来年どれくらい育つかを。以前は、明日のことしか考えていなかった」

「来年を、考えるようになったのですか」

「あなたが来年の約束を、自然にするから。来年も撫子を持ってきます、来年の月下美人を一緒に待ちましょう、来年の春は白蘭が咲く。そういう言葉を当たり前のように言うから、わたくしも来年がある気がしてきました」

 小鈴の目が、少し熱くなった。

 泣くのは違うと思って、庭を見た。秋の夜の庭に、萩の葉が風で揺れていた。月はまだ低くて、庭の隅に白い光が届いていた。

「花暦に、今日のことを書いて下さい」

小鈴の声が少しだけ掠れた。

「書けますか、今日のことは」

「書けます。あなたに言葉にしたから、今日は書けます」


 帰り際、くぐり戸のところで小鈴は伝えた。

「これからも、来ます。花が続くあいだは、と最初に言いましたが、もう花だけのためではありません」

蘭妃は少しだけ目を細めた。

「覚えています、その言葉」

「覚えていたのですか」

「花暦に書いています。花寮の娘、花が続くあいだは来ると言った、と」

 小鈴は少しの間、くぐり戸の前に立っていた。

 それから言った。

「これからは、わたしも一緒に書きます。蘭妃様の花暦に、わたしも書く。いいですか」

 蘭妃は少しの間、小鈴を見ていた。

 それから頷いた。

「いいですよ」

 それだけだった。

 でも、それだけで小鈴の心は満たされた。


 花寮への道を歩きながら、小鈴は空を見た。

 秋の夜空に、星が出ていた。後宮の中からでも、塀の上の空は見えた。小さな星が、たくさん出ていた。

 蘭妃が花暦に書けなかったことを、今日話してくれた。近づけてはいけないと思っていたこと、失うことが怖いこと、来年のことを考えるようになったこと。

 小鈴も、言葉にしていないことがある。

 花殿へ来るのが仕事ではなくなったこと、蘭妃の名前の呼ばれ方が少し変わった日から何かが動いたこと、月下美人の夜に「あなたがいてくれてよかった」と言われたときの、胸の中の動きのこと。

 それを言葉にするのは、まだ難しかった。蘭妃が言ったように、言葉にすると本当のことになるから、という怖さが、小鈴にも少し分かる気がした。

 でも今夜、蘭妃は話してくれた。

 怖くても、話せることがある。言葉にしたから、本当のことになる。それは怖いことでもあるけれど、本当のことになった方がいいことも、ある。

 小鈴は帰り道を歩きながら、今夜のことを帳面に書こうと思った。

 うまく書けないかもしれない。でも書く。蘭妃が花暦に書くように、小鈴も帳面に書く。二人で、同じ夜のことを、それぞれの言葉で残す。

 それが、これからの花暦の形だと思った。

 一人で書いていた花暦が、今日から少しだけ、二人のものになった。

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