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正解圏外 – The Outside of the Answer – 灰歴のアリア編  作者: 咲凪すず


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【1部】第7話「守るということ」

人は、一人で生きているわけではない。

家族がいて、知らない誰かがいて、

同じ街に住む人がいて、

顔も知らない誰かが作った仕組みの中で生きている。

では、その仕組みは、誰のためにあるのだろう。

目の前の一人を助けたいと思う気持ちは、きっと間違いではない。

だが、目の前の一人を助けたことで、別の誰かが助からなくなるとしたら。

それでも同じ選択ができるだろうか。

個人の選択は、美しい。

だが国家の選択は、いつも美しくない。

それでも、誰かが決めなければならない。

国家とは、何だろうか。

仕組みのことだろうか。

権力のことだろうか。

それとも――

これは、

「国家は誰を守るのか」

という問いの話である。

外壁の上を、白いフレームが等間隔に巡回していた。

白と金の装甲、直線的な四肢、背部に浮かぶ発光リング。

都市管理フレーム《REGULUS》。

それは兵器ではない。都市の手足――正解を実行するための装置だ。

雨ではなかった。

空から降っているのは、灰色の粉だった。

外縁のさらに外、荒野寄りの集落でマナ流の乱れが起き、避難民が都市壁へ押し寄せている。

その報せは、下層旧都市にまで降りてきていた。

アリアは都市壁の検問区画を見上げた。

巨大な門は半分まで閉じられ、白い発光線が幾重にも重なって境界線を描いている。

内側と外側を分ける光の壁。

門の外には、人がいた。

座り込む人。

咳き込む人。

子どもを抱いたまま動かない母親。

荷物だけを抱えて立ち尽くす男。

疲れ切って声も出ない人々。

門の内側には、人がいた。

武装した兵。

整列するフレーム。

忙しく動く救護員。

そして、まだ壊れていない都市。

「……閉めるんですね」

アリアが言った。

隣で、真白の黒いロングコートの裾が、風に揺れた。

「都市は、壊れたくないからね」

静かな声だった。

「でも、あの人たちは」

「だから見ておくといい」

真白は門の外を見たまま言った。

「国家が、何をするのか」

外壁上の表示が切り替わる。

外縁避難民流入警戒。

都市内部マナ安定維持のため、一時封鎖を継続。

受け入れ対象は選別後、限定許可。

選別。

その言葉を、アリアはゆっくりと頭の中で繰り返した。

やがて門の中央が開き、数機のREGULUSが前へ出た。

白い機体群の中央に、一人の男が歩いてくる。

黒と白の軽装鎧。

裏地だけが青いロングコート。

派手さはない。だが、彼が歩いてくると、その場の空気が「判断の場」に変わる。

レオニスだった。

「外壁第二検問、現場指揮を引き継ぐ」

短い言葉。

それだけで兵たちの姿勢が変わる。

端末が彼の権限へ接続され、REGULUSの視線が揃う。

外側から怒号が飛んだ。

「ふざけるな!」

「子どもがいるんだぞ!」

「中に入れろ!」

「ここで待てって言うのか!」

レオニスは怒鳴り返さなかった。

ただ外側の群衆を見渡し、次に内側の都市を振り返る。

その視線は、人だけでなく、救護班の数、検疫区画の容量、配給量、マナ安定値――すべてを同時に見ているようだった。

「受け入れ枠は二十七」

彼は言った。

「優先順位は、重症、幼児、妊婦、都市技能保持者。

検疫区画を超える流入は認めない」

ざわめきが起こる。

安堵と絶望が同時に広がる音だった。

アリアは思わず前に出た。

「二十七……ですか」

レオニスはアリアを見た。

初めて見る顔を見るような目だった。

「そうだ」

「残りの人は、どうするんです」

「外部仮設線へ回す。水と簡易薬剤は配る。夜明けまで持たせる」

「持たなかったら?」

ほんの一瞬、間があった。

「その可能性を知った上で決める」

レオニスは言った。

「それが国家だ」

その言葉は冷たく聞こえた。

だが彼の声には、逃げがなかった。

選別が始まった。

白い端末が脈を読み、救護員が札を付ける。

青札は内部。

灰札は外部待機。

札一枚で、人の生きる場所が変わる。

幼い男の子が青札をもらった。

その祖父は灰札だった。

「おじいちゃんも一緒じゃないといやだ」

子どもが泣いた。

母親がレオニスにすがる。

「お願いします。父ももう長くないんです。一人では……」

「内部収容は一名のみだ」

レオニスは即答した。

「中で感染拡大が起きれば、今いる二十七人も救えない」

「でも――」

「君は一人を増やしたい」

レオニスは静かに言った。

「私は、その一人を入れた結果、何人減るかまで決めなければならない」

アリアは言葉を失った。

目の前の一人。

その先にいる見えない多数。

先日の事故では、目の前の人を助けるために最適行動が拒否された。

だが今ここで行われているのは、一つの選択ではない。

何十人分もの結果を背負う判断だった。

そのとき、警告灯が赤く点滅した。

外縁側に停められていた避難用運搬車の一台から、急激なマナ漏出が発生した。

車体後部のコアがひび割れ、青白い光が噴き出している。

「暴走予測!」

「崩壊まで二分三十秒!」

群衆が一斉に崩れた。

門へ押し寄せる者。

逃げようとする者。

泣き叫ぶ声。

転ぶ人。

白いREGULUSが壁のように並ぶ。

中央演算の表示が現れる。

推奨行動:門完全閉鎖。

外部区域切り離し。

内部優先保全。

アリアの背筋が冷えた。

先日の事故と同じだった。

最適行動。

正解。

レオニスは表示を見上げ、数秒だけ沈黙した。

閉じれば都市は守れる。

だが外の人間は見捨てられる。

彼は言った。

「門は閉じるな。半開維持」

兵が驚く。

「第二線のフレームを後退、第三線を検疫壁へ変更」

「救護班は青札優先のまま維持」

「俺が外へ出る」

「中央推奨は――」

「知っている」

レオニスは遮った。

「だが、切り捨てるなら、誰を切るかは画面ではなく俺が決める」

次の瞬間、青い展開輪が走った。

フレーム《コンコルディア》。

巨大でも神々しくもなかった。

ただ、現実を支えるための形をしていた。

レオニスは外へ踏み出す。

「退避路を一本だけ作る!」

「動ける者は左へ! 救護対象は右!」

「全員は守れない。だから順番を決める!」

非情な言葉のはずなのに、人々はその声に従った。

その声が、逃げではなく引き受ける声だったからだ。

暴走車の下敷きになっている老人がいた。

先ほど灰札を渡された祖父だった。

母親が叫ぶ。

「父さん!」

レオニスは一瞬だけ視線を向けた。

助けに行けば暴走処理が遅れる。

遅れれば門前全体が巻き込まれる。

「君!」

不意に呼ばれ、アリアは顔を上げた。

「外へ出るな」

レオニスは言った。

「だが、そこで選べ。中の二十七を守るか、目の前の一人を取るか」

「……そんなの」

答えは出ない。

だが、時間は止まらない。

アリアは門脇の補助機構へ走った。

可動板を無理やりずらす。

「三十秒だけなら通せます!」

「担架なら入ります!」

救護員が迷う。

レオニスは一瞬だけ考え、決めた。

「開けろ!」

祖父が担架で引き込まれる。

同時にレオニスがコンコルディアで暴走コアの収束方向を外側へねじ曲げる。

青白い閃光。

衝撃。

地面が焼ける。

だが、壁は残った。

静寂。

祖父はまだ息をしていた。

母親と子どもが泣きながら手を握っている。

アリアはその場に座り込んだ。

助かった。

でも、全員ではない。

レオニスが戻ってきた。

装甲の一部が焼けている。

「今のは規則違反です」

アリアは言った。

「そうだ」

「あなたも、わたしも」

「そうだ」

レオニスは端末を受け取り、被害数を確認した。

「内部被害は最小。外部待機者は増加。仮設線を再構築する」

「どうして門を閉めなかったんですか」

レオニスは少しだけ目を伏せた。

「閉める方が正解だったかもしれない」

「だが、それで守られる内側の人間は、外を見捨てたことを知らないまま生きる」

「俺はそれを国家だと思わない」

アリアは黙って聞いた。

「国家は全員を守れない」

レオニスは続ける。

「だから、誰を守れなかったかを知っている者が決めなければならない」

「数字で切ることはできる。だが、数字にした責任まで画面に渡すな」

風が吹いた。

灰の粉が白い壁に積もる。

アリアは門の外を見た。

助からなかった人もいる。

順番に間に合わなかった人もいる。

国家は正しくない。

きれいでもない。

それでも。

「国家って……仕組みのことじゃ、ないんですね」

レオニスは答えなかった。

代わりに、外を見たまま言った。

「仕組みで済ませた瞬間、人は守られなくなる」

アリアは門の内側と外側を見た。

壁の向こうにも人がいる。

壁のこちらにも人がいる。

その間に立って、どちらも全部は守れないと知りながら、それでも決める者がいる。

それが国家なら。

国家は、正解じゃない。

選び続ける責任だ。

そしてアリアは思う。

人は、自分で決める。

でも国家は、一人の決断では終わらない。

守ることと、切り捨てることを、同じ手で引き受ける。

それでも決める者がいるなら。

国家は、誰が決めるのか。

その問いだけが、アリアの中に残った。


第7話「守るということ」了

国家は、正しいことをする場所ではない。

国家は、決める場所だ。

誰を守るのか。

誰を後にするのか。

どこまでを守るのか。

何を諦めるのか。

その全部を、誰かが決めている。

多くの人は、国家を仕組みだと思っている。

ルールがあって、制度があって、機械のように動くものだと思っている。

けれど本当は違う。

仕組みは、決めない。

仕組みは、責任を取らない。

仕組みは、恨まれない。

決めるのは、人だ。

責任を背負うのも、人だ。

恨まれる場所に立つのも、人だ。

国家とは、システムの名前ではない。

責任の置き場所の名前だ。

正解があれば、誰も悩まない。

正しさだけで決められるなら、誰も苦しまない。

それでも決めなければならないとき、

人は何を基準に決めるのだろう。

正解か。

正しさか。

選択か。

それとも、別の何かか。

この物語は、まだその答えを出さない。

ただ一つだけ、確かなことがある。

正解があっても、

人は選ぶ。

そして国家もまた、選んでいる。

守るものを。

守れないものを。

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