【1部】第5話「選ばれる器」
人は、選ばれたいと思う。
必要とされたい。
向いていると言われたい。
ここにいていいのだと、許されたい。
この都市には、正解がある。
どこで生きるべきか、何をするべきか、
誰がどの役割に向いているのか。
正解は、人を選ぶ。
選ばれた者は、正しい場所へ行く。
選ばれなかった者は、別の場所へ行く。
それはきっと、合理的で、正しくて、間違いが少ない。
だから多くの人は、選ばれようとする。
正しい器に入ろうとする。
けれど、もし。
どの器にも合わなかったら。
そのとき人は、
間違った存在になるのだろうか。
それとも――
器に選ばれなかった人間にも、
まだ選べる何かが残っているのだろうか。
下層旧都市は、昼でも少し暗い。
白い上層都市から落ちてくる光は、ここへ来る頃には濁った色になる。搬送レールの影が石壁に格子のようにかかり、人の流れの上を、白い機体が静かに通り過ぎていく。
REGULUS。
都市の正解を実行するための機体。
運び、守り、直し、必要なら排除する。
迷わない機械。
「やっぱり、威圧感がありますね」
アリアが言うと、隣で真白が小さく笑った。
「綺麗だよ。迷いがない」
「迷いがないのが、綺麗なんですか?」
「この都市では、たぶんね」
機体が通り過ぎると、人々は何事もなかったように歩き出した。
慣れているのだ。あれが、この街の“正しい手足”だと。
通りの先に人だかりが見えた。
簡易壇上と、市壁管理局の旗。
そしてスクリーンに表示される文字。
生活支援フレーム運用候補者 選定試験
壇上に並ぶ少年少女。腕や首に測定帯を巻かれ、順番に数値を測られていく。
「判断速度、優」
「空間認識、良」
「ストレス耐性、基準内」
数値が表示されるたび、周囲がざわつく。
それは試験というより、選別に近かった。
「ノア・セイル」
灰色の髪の少年が一歩前へ出る。
測定帯が光り、端末の数値が変わる。
係員が端末を見て、事務的な声で言った。
「判定、不適合。推薦進路を事務補助区分へ修正」
ざわめき。
ノアは何も言わなかった。
ただ一度だけ、拳を握って、それから静かに壇上を降りた。
アリアはその背中を追いかけた。
「待ってください」
少年は止まらない。
「待ってください!」
二度目でようやく振り返る。
「……何ですか」
「大丈夫ですか、とは言いません」
「言わないんだ」
「大丈夫ではなさそうでしたので」
ノアは少しだけ笑った。
笑ったが、目は笑っていなかった。
「運用者になれば、上層に住めるかもしれなかった」
「上層に?」
「配給も違う。医療も違う。壁際の仕事に行かなくていい」
少しの沈黙のあと、ノアは言った。
「父さん、壁際作業で死んだんだ」
「……」
「REGULUSの運用者は、選ばれた人間だって言われてる。
あれに乗れれば、もう落ちない側に行けると思ってた」
そして、少しだけ笑う。
「でも、フレームが僕を選ばなかった」
その言葉が、アリアの中に引っかかった。
フレームが、人を選ぶ。
それが、この都市の当たり前なのだ。
その後、アリアたちはノアの母ミレイナのいる解体ヤードへ行く。
そこには、継ぎ接ぎだらけの旧式フレームがあった。
白い都市の機体とは違う。
欠けたリング、色の違う腕、途切れた発光ライン。
正解からこぼれ落ちた機体。
「都市じゃ廃棄扱い。でも、こっちじゃまだ働く」
ミレイナが言う。
「これがないと、水も運べない。怪我人も運べない。
正規便は、正しい順番でしか来ないからね」
ノアは機体を見上げて言った。
「もう、これも手放そう」
「何言ってる」
「僕は選ばれなかった。なら、こんなの持ってたら余計に……」
「余計に何だい」
「システムに逆らってるみたいで」
ミレイナはしばらく黙って、それから言った。
「逆らってるよ」
「……」
「でもね、ノア。生きるのは、正しい順番じゃ来ないんだ」
そのとき、警報が鳴った。
搬水管路損傷。二次崩落率七二パーセント。退避せよ。
ミレイナの顔色が変わる。
「あそこ、子どもが集まる時間だ……!」
ミレイナは機体に走る。
だが入口に、白いGuardianが降り立つ。
未登録改造機体を検知。起動を禁止します。
現場対応は管理局が引き継ぎます。
「いつ来るんだい!」
防壁展開班到着まで推定十一分。
「十一分も待ったら死ぬ!」
ノアは震えていた。
「僕は運用者じゃない。適合しなかった。
こんなの、動かせるはずない」
そのとき、ミレイナが叫んだ。
「乗るな!」
全員が驚く。
「ノア、乗るな。
あんたは今日、落ちたばっかりだ。
ここで失敗したら、あんた壊れる」
ノアは固まる。
「……でも、子どもが」
「分かってるよ!」
ミレイナは歯を食いしばって言う。
「だから言ってるんだ。
あんたの人生まで壊して助ける価値があるか、
それを決めるのはあんただ。あたしじゃない」
沈黙。
アリアが静かに言う。
「ノアさん」
ノアは顔を上げる。
「器に、選ばれたかったんですね」
「……」
「でも、人は器に選ばれるために生きるんじゃありません」
「……じゃあ、何のために」
「選ぶためです」
アリアは、継ぎ接ぎのフレームを見上げる。
「その機体は、あなたを選ばなかったかもしれません。
でも――」
そして、はっきり言う。
「器に選ばれるな。器は、選ぶために使え。」
ノアの呼吸が止まる。
真白が小さく言う。
「三十秒だけ、道を作る」
Guardianのセンサーが乱れる。
「ノア」
ミレイナが言う。
「選びな」
ノアは、ハッチに手をかけた。
「僕は……」
そして、言う。
「落ちない側に行きたかった。
でも、今は違う。
落ちる側にいる誰かを、助けたい」
ノアは乗り込む。
機体が軋みながら立ち上がる。
正規品じゃない。適合者でもない。
それでも、進む。
――この都市では、正解に選ばれた機械が人を救う。
でも今、選ばれなかった人間が、選ばれなかった機械で、誰かを救いに行く。
それはきっと、正しくはない。
でも。
それは、誰かが選んだ行動だった。
(救助シーン)
救助後、Strayは押収される。
ノアは言う。
「僕、運用者じゃなくて整備士になる」
「はい」
「人に合わせる機械を作れたらいい。
選ばれた人だけじゃなくて、誰でも使えるやつ」
「いいと思います」
「それ、あなたの答え?」
「違います」
アリアは言う。
「それは、あなたが選んだ答えです」
最後、上層都市を見上げながら。
アリア(モノローグ)
「正解は、人を選ぶ。
でも、選ばれなかった人にも、選ぶことは残されている。
人は、選ばれるために生きるんじゃない。
選ぶために、生きるのだ。」
第5話「選ばれる器」了
この都市では、器が人を選ぶ。
向いている者が選ばれ、
向いていない者は、別の場所へ行く。
それはきっと、正しい仕組みだ。
間違いを減らし、失敗を減らし、
多くの人を守るための仕組み。
正解は、いつも多くの人を守る。
けれど正解は、時々、
誰か一人を器の外へこぼす。
器に入れなかった人。
選ばれなかった人。
正解の外へ落ちた人。
それでも、その人たちの手が、
誰かを救うことがある。
選ばれなかった機械。
選ばれなかった人間。
正解ではなかった選択。
それでも、確かに救われた命がある。
人は、選ばれるために生きるんじゃない。
人は、選ぶために生きるのだ。




