【3部】第23話「遺物」
動かした。
だから。
壊れているのは、機体だけじゃない。
進む。
NOMADは前へ出る。
——出た、はずだった。
振動が遅れて来る。
視界の奥で、床が砕ける。
機体は今、踏み込んだのか。
それとも、もう踏み込んでいたのか。
アリアは操縦桿を握ったまま、前を見る。
LOG:
「推進入力:受理」
「挙動反映:遅延」
直後。
「推進入力:未確認」
「……未確認?」
握っている。
入れている。
それでも、記録が揺れる。
NOMADの足が石床を擦る。
火花。
遅れて、音。
さらに遅れて、衝撃。
順序が崩れている。
遺跡の奥は、
さっきまでと同じ構造のはずだった。
だが。
同じものが、同じ形で、
——成立していない。
崩れた柱。
裂断された壁。
旧文明の配線が露出し、なお微光を保っている。
動いている。
壊れている。
両方が、同じ形で存在している。
通路の奥で、灯りが点く。
次の瞬間には消えている。
いや。
消えたあとで、点いたようにも見える。
視界の輪郭が揺れる。
残像が残る。
残っているのではない。
今の動きと、少し前の動きが、同じ場所に重なっている。
アリアは制動を入れる。
機体は止まらない。
半歩、前に出る。
そのあとで、止まる。
さらにそのあとで、わずかに後ろへ滑る。
一つの入力に対して、動作が一つではない。
LOG:
「制動:成功」
「推進:継続」
「位置:維持」
「……維持じゃない」
距離は変わっている。
動いている。
だが、表示は固定されたまま。
言葉は続かない。
訂正できない。
何が正しいのか、基準がない。
空間が開ける。
広い。
天井の高い施設跡。
崩落した足場。
重なった構造。
中央には巨大な円環。
半ば埋もれながら、なお動いている。
床面の導線が脈打つ。
遺物。
そう呼ぶしかない。
眠っているはずなのに、
内部の光だけが巡る。
死んだ設備の中で、時間だけが生きている。
アリアは一歩進める。
今度は、動かない。
応答がない。
出力はある。
入力もある。
だが——無反応。
「……動け」
一拍遅れて。
機体が横へ滑る。
前ではない。
意図でもない。
進行と無関係な動き。
床を削る。
位置がずれる。
補正を入れる。
通らない。
右腕だけが上がる。
操作していない。
LOG:
「入力:なし」
「右腕動作:実行」
「……入力してない」
機体が勝手に動いている。
違う。
“別の時間の動き”が、混ざっている。
中央。
影がある。
一人。
そう見える。
次の瞬間、二人。
さらに、いない。
空白。
そのあとで、影だけが戻る。
細い輪郭。
子どもにも、大人にも見える。
立っている。
歩いている。
しゃがんでいる。
全部が同時にある。
LOG:
「対象:1」
「対象:識別失敗」
「対象:過去記録照合中」
視線が合う。
合ったあとで、背を向けている。
その次には、別の位置にいる。
移動していない。
位置だけが入れ替わる。
ノア。
名前だけが浮かぶ。
LOG:
「識別候補:NOAH」
「時系列整合:失敗」
ノアが手を上げる。
上げた姿。
上げる前。
下ろした後。
全部が重なる。
行動が繋がらない。
それでも、何かが起きる。
遺物が明滅する。
床の導線が走る。
機体が沈む。
膝が落ちる。
立て直す。
立ち上がらない。
推進だけが噴く。
滑る。
加速。
距離が飛ぶ。
視界が回る。
ノアが増える。
違う。
時間が裂けている。
灰剣端末が光る。
触れていない。
命じていない。
それでも、起動している。
「……勝手に」
違う。
“振る前”に、反応している。
右腕展開。
マナ収束。
刃が生成される。
一本ではない。
二本。
三本。
位置がズレる。
維持できない。
消える。
別の位置に現れる。
LOG:
「灰剣展開:成功」
「灰剣展開:失敗」
「座標:未確定」
振る。
機体は振らない。
刃だけが先に走る。
遅れて腕。
さらに遅れて、感触。
順序が崩れる。
ノアが裂ける。
ように見える。
次の瞬間、無傷。
さらに遅れて、床が裂ける。
LOG:
「命中」
「対象変化なし」
「環境損傷」
「……違う」
当たっていない。
当たっている。
どちらも成立している。
ノアが近い。
遠い。
同時にある。
回避。
入力はある。
機体は動かない。
影が分裂する。
中央が空白。
衝撃。
遅れて音。
LOG:
「回避成功」
「被弾なし」
間。
「損傷:左肩」
「……通ってない」
入力が、動作になっていない。
灰剣端末に触れる。
反応しない。
先に記録だけが出る。
LOG:
「入力:未接続」
直後。
「再構成:開始」
刃が三箇所に出る。
肩後方。
前方空間。
腕先。
どれも不安定。
どれも灰剣。
どれも成立していない。
変換が壊れている。
座標が固定されない。
時間が固定されない。
跳ぶ。
つもりだった。
機体は別の方向へ滑る。
遺物中央へ。
ノアとすれ違う。
斬れる。
——刃がない。
先に火花。
遅れて腕。
さらに遅れて刃。
LOG:
「攻撃未発生」
「命中履歴あり」
「……未発生?」
まだ起きていないことが、記録されている。
アリアは息を吐く。
ここで、理解が生まれる。
敵じゃない。
速さでもない。
順番が壊れている。
「……動いてない」
動いているのに。
出来事が繋がっていない。
その瞬間。
光が走る。
円環が回る。
回ったあとで、回り始める。
ノアが増える。
警告が重なる。
LOG:
「正常」
「停止」
「未接続」
「継続」
操縦桿が重い。
軽い。
脚が勝手に動く。
腕が止まる。
推進が暴発。
回転。
上下が消える。
衝撃。
遅れて回転。
「……入力できてない」
言葉になる。
動作がズレているんじゃない。
入力が成立していない。
ノアはそこにいる。
同時にいない。
攻撃ではない。
存在が異常。
時間が壊れている。
アリアは操縦桿から片手を離す。
LOGが警告する。
無視する。
正しく動かそうとするほど壊れる。
なら。
使わない。
前を見る。
円環の奥。
通路。
戦う位置じゃない。
進む位置。
ノアはいる。
だが、塞いでいない。
戦闘そのものが、成立しない。
最小の操作。
姿勢でもない。
攻撃でもない。
ただ、前に重心を預ける。
一歩。
遅れて動く。
灰剣が勝手に出て、消える。
振らない。
当てない。
進路だけを選ぶ。
ノアの横を抜ける。
掠めたようで、触れていない。
衝撃はない。
あったかもしれない。
結果が繋がらない。
奥へ。
滑り込む。
背後で光が崩れる。
回る。
戻る。
残像だけが残る。
振り返らない。
意味がないからじゃない。
判断が信用できないから。
進む。
それだけが残っている。
壁が脈打つ。
設備が生きて、死んでいる。
LOGは喋る。
「方向:不明」
「位置:再計算中」
「権限:確認不能」
聞かない。
「……いい」
正しい操作はない。
正しい戦い方もない。
それでも。
進むことだけは選べる。
NOMADは軋みながら前へ出る。
入力でもない。
許可でもない。
ただ。
選んだから。
背後。
時間が重なる気配。
ノアは、いる。
ずっと前からいたのかもしれない。
分からない。
それでも。
アリアは、進む。
第23話「遺物」了
正しい入力は、消えた。
だから。
選ぶしかない。




